「恵さん、今度の息子たちの結婚式ですが、あなたたちには出席しないでいただけますか?」
私は一瞬、何を言われたのか分からなかった。息子たちの結婚式は、親として人生で最も大切な場のひとつだ。それを欠席しろと言われている。私は思わず声を荒げた。
「は?何を言っているんですか?息子たちの式は一生に一度の大事な場ですよ。怪我をされたくないんです」
「私にとっても娘の大事な式です。出席する権利はあるはずです。どうしてあなたにそんなことを言われなければならないんですか?それに、怪我ってどういうことですか?私たちはそんなことをするつもりは全くありません」
私は必死に冷静さを保とうとした。相手は息子の婚約者、ナツキさんの母親だ。ナツキさんは有名大学を卒業し、今は大手の劇場コンセルンで働いているという優秀な女性だ。義理の家族になるのだから、良い関係を築きたいと思っていた。
「ナツキさんはとても素敵な方ですよ。有名大学を卒業して、今や大手の劇場コンセルンで働いてらっしゃる。自慢の娘さんですね」
「そうよ。自慢の娘よ。そんな素敵な娘さんのご両親ですから、どんな方たちなのかとても興味があったんです。それで、先日の顔合わせで会ってみたら、本当にがっかりしましたよ」
私は息を呑んだ。まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。
「私たちが何か失礼なことをしましたか?もしそうでしたら、謝ります」
「あなたたちの存在自体が失礼なんですよ」
「意味が分かりません」
「あなたたち二人は塾を経営されているそうですね」
「はい。ずっとやっておりますが……」
「個人経営でやってる塾なんて、大したことないでしょ。稼ぎも知れてるわ」
「そうですね。細々とやってるだけなので……」
「そんな人たちが親族になるだなんて、信じられないわ」
「どうしてですか?」
「低所得者なんて、どうしようもないクズよ。うちがどういう家か知ってる?夫は建築会社を経営してるのよ。大手との仕事だってどんどん決まってるわ。これから会社はさらに大きくなっていく予定なの。そんな私たちとあんたたちが親族になんてなっていいわけがないでしょ」
「会社の規模や稼ぎは関係ないと思います。結婚するのは息子さんとナツキさんですよ」
「私はそうは思わないわ。もちろん、これは私だけじゃなくて夫も同じ気持ちよ。あんたたちのような人間と、どうして同じ式に参列しないといけないのよ」
私は必死に言葉を選んだ。
「もし私たちが嫌だというのであれば、今後一切連絡を取らないということでいいじゃないですか。ただ、式にだけは参列させてもらいます。私たちにとっては大事な一人の晴れ舞台なんです。それを見られないなんて、悲しすぎますから」
「そんなのは関係ないって言ってるの。あんたたちは自分の娘に恥をかかせていいと思ってるの?」
「私たちの存在は恥でも何でもないです。そう思ってるのは、あんたたちだけよ」
「どうしてあんたたちから、ナツキさんみたいな素晴らしい子が生まれてきたのかしら」
「きっとすごく努力をされたのね。それも含めて、本当に素敵な人だと思うわ。ナツキさんはとてもいい子ですよ」
「それは分かってるって言ってるでしょ。それじゃあ、式には不参加って言っておきなさい」
「ナツキさんが悲しみます」
「どうせなら、嫌われる理由を伝えておきなさいよ。ナツキさんのためにも、あんたたちとは距離を置いた方がいいと思うからね」
電話を切った後、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。信じられなかった。低所得者だから結婚式に来るな。そんな理由で、人を排除しようとする人間がいるなんて。
三十分後、今度は夫が相手方の父親から電話を受けた。
「恵さんから話を聞いただろう」
「ええ、しっかりと聞かせてもらいましたよ。恵さんの話を聞く限り、納得はしてないようですが」
「当たり前でしょ。娘の式に参列するなと言われたんですよ。しかも、私たちが低所得者だからなんていう、わけの分からない理由でね。せめてちゃんとした理由なら、考えることもなくはないですけど。そんなことを言われて、誰が納得するんですか」
「暑くならないでくれ。こっちはお互いの子供たちのためを考えて言ってるんだ」
「どこがですか?」
「今回の式だが、かなりのVIPが来ることになってる。私の人脈から、有力者の人たちが参列してくれることになった。さらに、劇場コンセルンの社長さんもわざわざ式に来てくれるんだよ。社長さんがナツキさんのお祝いをしたいと言ってね。話を聞く限り、こういうことは滅多にないらしい。きっとナツキさんのことを、社長も期待してるんだろう。だからわざわざ時間を割いて参列してくれるんだ」
「だったら、親の私たちがいないと変じゃないですか?」
「そこはナツキさんがうまくやってくれるさ。ナツキさんだって、身内の恥を晒したくはないだろう」
「あなたたちが所得で人を見る人間だってことは、よく理解しましたよ。ですけど、ナツキさんをあなたたちと同類にしないでもらえますか?それはひどい侮辱ですよ」
「私たちは家族のことを第一に考えてる。息子たちを一番に考えてるんだ。その愛情が君たちには伝わらないのか?」
「当たり前でしょ。あんたたちの狙いはもう分かってるからな」
「狙いって何ですか?」
「どうせ娘を大手で働かせて、そしてうちの息子が社長になったら、二人の稼ぎを当てにして生活をするつもりだろう。そんなことは絶対に許さないからな」
「そんなつもりはありません。私たちは今の仕事を楽しくやらせてもらってます。そこまでの利益があるわけじゃないですが、生活に困ることはありませんので、できるだけ長く続けさせてもらいますよ」
「それならいいがな。低所得者の言ってることは信用できない」
「あなたたちのことだって信用できないですよ。何か狙いがあるんじゃないですか」
「そんなものあるわけないだろう。とにかく、式には絶対に来るな。低所得者は息子夫婦に関わるんじゃない」
「勝手なことを言わないでください」
そう言って、夫も電話を切った。
翌日、私はナツキさんに電話をした。彼女に正直に話すべきだと思った。
「ナツキさん、ちょっと話があるんだけど、いいかしら?」
「はい、どうかしたの?」
「準備は順調なの?」
「ええ、もちろんです。シ太さんと二人で話し合って、とてもいい準備ができてますよ。お母さんを泣かせちゃうと思うから、覚悟しててくださいね」
「私のことはいいのよ。自分たちのためにやってちょうだい」
「これが私のためでもあるんです。二人には本当に感謝してるんですから。しっかりとご恩返しをさせてもらいますからね」
「……実は、式のことなんだけど、ちょっと困ったことになってるの」
彼女の声が急に真剣になったのを感じた。
「え?どうかしたんですか?」
「実は、向こうのご両親が、私たちが式に参列するのをよく思ってないらしくて」
「は?なんでですか?喧嘩でもしたんですか?」
「してないわよ。いきなり一方的に、参列するなって言われちゃって」
「なんでですか?」
「私たちが低所得者だから……らしいわ」
「何それ?意味わかんないんですけど」
「私も理解はできないわ。でも、あちらはそういう所得を大事にされてるみたいで」
「確かに、お父さんは会社の社長をしてますけど、それならなんで私との結婚を許したんですか?向こうが言うところの低所得者の娘なのに」
「それはきっと、あなたが大手企業の社員だからじゃないかしら。そういうところは評価してるのよ」
「最低です」
「それでね、式をどうしようか悩んでるの」
「ちょっと待ってくださいよ。行かないなんて、なしだからね」
「でも……私たちのせいであなたたちに迷惑をかけるのは本意じゃないわ。たった一度の式が、最低の思い出になるなんて良くないじゃない」
「私はお母さんに来てほしいですよ」
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど……それに、式にはたくさんのお偉いさんが来るんでしょ?」
「うん。その話は聞いてます。社長も参列してくれるって言ってましたから」
「ほら、これってあなたへの期待の現れじゃない?会社の将来を担う人の結婚式だから、社長が自ら参列しようってわけよ」
「いや、そんなことはないと思いますよ。私なんて、まだ半人前ですし、大きな成果を上げてるわけじゃないですから」
「どうして参列するか、聞いてないの?」
「分からないです。私が結婚することだって、知っててびっくりしたんですから」
「知り合いとかじゃないのよね?」
「うん。業界内では有名人ではあるから、私は知ってましたけど。でも、もしかしたらお母さんたちに会いたいからかも」
「え?どういうこと?」
「社長がお母さんたちの仕事のことを知ってたみたいで、色々と聞かれたから。でも、さすがにそれで式に来るのはやりすぎだと思いますけど」
「そうかしら……まあでも、社長が来るのは確定だからね」
「どういう理由であれ?」
「やっぱり社長さんの前で、身内の恥を晒すのは良くないわ。お母さんたちは恥じゃないって言ってくれてるけど、変な揉め事を見せることになったら、それは良くない」
「お母さんたちは恥じゃないですよ」
「違うのよ。変な揉め事を見せることを言ってるの。私たちは後で動画とか写真とかを見せてもらえれば、それでいいわ。あなたたちが幸せになることの方が大事だから」
「でもこれ、シ太さんにも説明しておいた方がいいですよね。ちょっと待っててください。まだ決めないでください」
「何かあるの?」
「色々と、こっちでもシ太と相談してみますから」
「うん。分かったわ」
それから一ヶ月が経った。私は、相手方の両親に連絡を入れた。欠席することを伝えるために。
「お久しぶりです」
「何かしら?」
「結婚式の件で、お話があって連絡をしました」
「まだそんなことを言ってるの?しつこいわね。あんたたちは参列禁止って言ってるでしょ。結婚を認めただけでもありがたく思いなさい。絶対に来るな」
「娘のことは認めてくれてたんじゃないですか?」
「あんたたちのことを聞いて、ちょっと迷ったのよ。それでも、素晴らしい人だと思って、仕方なく認めてあげたの。でも、気持ち次第じゃ、認めない方向になっててもおかしくなかった。それだけ私たちは寛大な心の持ち主なのよ」
「まあいいです。今回は欠席すると伝えるため、連絡をしたんですよ」
「え?そうなの?」
「はい。絶対に行きません。このことをきちんとお伝えしておこうと思いまして」
「本当に?どうして急に?」
「子供たちのことを考えての決断です」
「なるほどね。それはいい決断をしたわね。あなたたちにも、親というものがあってよかったわ」
「そうですね」
「じゃあ、当日は欠席ということで。そうなりますね」
「もちろんですよ」
私はそう言って電話を切った。ナツキさんとシ太さんが相談して、式は私たち抜きで行うことになったのだ。その代わりに、ナツキさんが私たちに温泉旅行をプレゼントしてくれた。式欠席のお詫びだと言って。私たちはその好意に甘えることにした。
そして、結婚式当日。私たちは温泉旅館に向かう車の中にいた。
その時、携帯電話が鳴った。相手は、相手方の母親だった。
「ちょっと、電話に出なさいよ」
「何ですか?着信履歴があなたで埋まってて、びっくりしましたよ」
「今どこにいるのよ」
「どうしてそんなことを、あなたに言わないといけないんですか?それに、今日は式の当日のはずですよ。こんな時間に連絡してていいんですか?」
「そんなのいいから、今すぐに式場に来なさい」
「え?何を言ってるんですか?あなたたちが、私たちに来るなと言ったはずですよ。それなのに、どうして」
「ちょっと困ったことになったのよ」
「困ったこと?何があったんです?」
「劇場コンセルンの社長さんが、あなたたちを探してるの」
「社長さんが、どうして私たちを?」
「なんか、どうしてもあなたたちに会いたかったんだって。今日来たのも、それが目的だと言ってて。あと、知り合いにも聞いてるみたいよ」
「意味が分かりませんね。わざわざ私たちに、そんな大手の社長さんが会う理由なんてないですよ」
「ナツキさんが優秀だから、その親に会いたかったとかじゃないの」
「とりあえず、遅れるみたいって言ってるから、早く来なさいよ」
「いや、さすがにそれは無理ですよ」
「無理なわけないでしょ。今日だってナツキさんは実家から式場に来てるのよ。車を使えば、式が終わるまでには来れるはずよ」
「もちろん、社長さんにはちゃんと理由を説明しなさいよ。あなたたちに来るなと言われてたってことですか?バカ。そんなこと言ってどうするの?道が混んでたとか、寝坊したとか、とにかくそんなのでいいのよ」
「なんでそんなことをしないといけないんですか?別に私たちが欠席でも、社長さんは納得して帰ってくれますよ。そこまでして、私たちと合わせる必要はありますか?少なくとも、あなたたちにメリットはないですよね」
「あるに決まってるでしょ。あんたたちに興味があるのなら、何か話をするってことよ。その場には、絶対に私たちも同席させたいの。劇場コンセルンの社長さんと会話できる機会なんて、この先一生ないと言ってもいいくらいなんだから。同じ式に参列してるんですから、話せるでしょう?周りに取り巻きがたくさんいて、挨拶して話すなんて無理なのよ。だから、あんたたちを使って、私たちの会社を売り込むまたとないチャンスなの」
「そもそも、あんたの娘との結婚を許したのも、劇場コンセルンとコネができると思ったからよ」
「なんですって?」
「その狙いが成就しようとしてるんだから、今すぐこっちに来なさい」
「ですので、無理ですって。もういい加減、機嫌を直しなさいよ。娘の式に参列したいって言ってたじゃない」
「言ってましたけど、あなたたちに気を使って欠席したじゃないですか。それで、この話をしたら娘が欠席の代わりに温泉旅行をプレゼントしてくれたんですよ。だから今は旅館に向かってるんで、式場にはどう考えても式が終わるまでに着くのは無理ですよ」
「は?温泉旅行?」
「ええ。娘が言ってくれたので、お言葉に甘えようと思って。だから無理なので、社長さんにはその旨を伝えてください」
「あんた、なんて馬鹿なことをしてるの?こんなチャンスを潰すつもり?」
「私たちにとっては、それをチャンスだとは思いません。ですので、温泉を満喫させていただきますね」
「勝手にしろ、このバカが。そんなんだから、いつまでも低所得なのよ」
そう言って、相手は一方的に電話を切った。
十分後、今度はナツキさんから電話がかかってきた。
「ナツキさん、社長さんにもし両親が欠席した理由を聞かれたら、角が立たないような理由を言ってちょうだいね」
「分かりました。あなたたちに止められたので欠席してますよ。もし聞かれたら、そうお伝えしておきます」
「私の話は聞いてたかしら?」
「もちろんです。この説明をしても、うちには角は立ちませんから」
「私たちのことをちゃんと考えて発言してよ」
「どうしてですか?あなたのせいで、両親が式に出られなかったんですよ。そんな人たちのことを考える必要なんてないです。それに、欠席させたらこうなることくらい、考えたら分かりません。あんな大物があなたの両親に会いたいと思うなんて、誰が考えますか」
「理由はすぐに思いつきますけどね」
「どうしてよ?」
「うちの塾って、小さな塾ですけど、実はかなり優秀な人材を今までに排出してるんですよ」
「え?そうなの?」
「そうです。うちの塾から有名大学に進学した人が、数多くいるんです。うちの両親は学力を伸ばすことに関しては、本当に天才的なんです。実際、私もいい大学に進学できましたしね」
「あなたがすごいんじゃないの?」
「いいえ、それはないと言いきれます。私は凡人です。すごいのは両親ですよ。実際に、うちの塾に入れたいって親御さんがたくさんいます。大金持ちが大金を積んできて、子供の家庭教師になってくれとお願いされたこともあるみたいですよ。まあ、あの二人はそういうのは全部断ったそうですけど」
「とにかく、うちの両親もかなりの有名人ってわけです。だから、うちの社長も会いたいと思ったんじゃないですか?人材育成のノウハウを聞きたいみたいなことでしょうね。そんな社長としては、どうしても会いたいと思ってた人ですから、来ない理由はかなりしつこく聞かれるかもしれません。まあ、私としては隠し立てすることもないので、しっかりと本当の理由を話させてもらいますよ」
「ちょっと待って。そんなことをしたら、私たちの会社の評判が下がるのよ」
「そんなの知りませんよ。評判が下がるようなことをしなければいいだけです。どうして私が庇わないといけないんですか?家族じゃないですか。私の両親だって、大切な家族ですよ。その家族をあなたたちは式から排除した。そんなことをする人を、助けようなんて思いません」
「そんなに怒ってたの、前から?」
「だったらそう言ってくれればいいのに。そしたら、あなたの親も式に参列させてたわ」
「あなたたちの言動を知って、私はもう愛想を尽かしたんですよ。それはシ太も一緒です」
「え?シ太も?」
「そうです。どうやらシ太は前からあなたたちの傲慢さが嫌いだったようですから。これを機に、縁を切ろうということになりました」
「はあ……」
「とはいえ、今まで育ててもらった恩もあるので、この式だけはやろうかってことになったんです。多くの人たちも来てくれることになってましたからね。そして、うちの両親のために、また別日に式を上げるように、今は準備をしてるんですよ」
「嘘でしょ?」
「これは全て本当のことですよ。ですので、今後は私たちには関わらないようにしてください。この式が終わり次第、あなたたちは他人になりますから」
そう言って、ナツキさんは電話を切った。
それから二週間後。今度は相手方の父親から、私の携帯に電話がかかってきた。
「どうしてくれるんだ?」
「え?いきなり何ですか?まさかあなたから連絡が来るなんて、思いもしませんでした。奥様の方はブロックしてたんですけどね」
「そんなことはどうでもいい。あんたのせいで、こっちは大変なことになってるんだ」
「私たちはもう、そちらと無関係のはずですよ。私たちが何かするなんてことはありません」
「嘘をつくな。お前のせいで、多くの取引先が契約を破棄すると言い出したんだ。私たちがあんたらにひどいことをしたと、噂になってるらしいんだ。それで俺たちの悪評が広まってしまって、契約を打ち切られたんだよ」
「そういうことですか。どうやら劇場コンセルンの社長さんが、色々なところであなたたちの話をしていたようですね。実際に塾のOBたちから連絡をもらって、真実かどうか心配されましたからね。OBがみんな色々な方面で活躍してくれてるみたいで、中には不動産関係で働いてる人も多いみたいですよ。確か、その中にあなたが契約をしようとしていたところがあったとか聞きましたね」
「だから打ち切られたのか……」
「単に式の場でひどいことをしたくらいで、普通は契約を切るなんてことはないですからね。だって、あくまで家庭の話ですよ。相手があんただから、こんなことになったのか」
「そういうことかもしれません。未だにみんなお中元やお歳暮を送ってくれたり、何かあったら連絡をくれたりしますから、本当にいい生徒に恵まれたと思ってますよ」
「なあ、もうあの件は水に流してくれよ。俺たちは息子夫婦と縁を切られたんだ。これで決着はついたはずだろう。これ以上、俺たちをいじめないでくれよ」
「何を被害者ぶってるんですか?そうなってるのは、全部自業自得でしょ。あなたが最初から普通に私たちを式に参列させていれば、こんなことにはならなかったのよ。低所得者とか、そんなつまらないことで人を見下して。稼いでるお金はあくまでお金であって、人の価値とは全然別物ですよ。いい年して、まだ分かってないんですか?」
「だから、それは謝るから」
「言葉だけの反省は不要です。本当に反省するのであれば、痛みを受け入れてください」
「そんなことを言わずに、あんたの卒業生たちに、うちとの契約を考え直すように言ってくれ。うちとしては死活問題なんだよ」
「肩書きや収入なんかで人を見ているから、こんなことになるんです。私たちはそんなもので人を判断したことはなかった。それよりも心を大切にして、人と接してきました。その結果、卒業生の子たちとも学問を通して深い関係を築くことができました。そんな子たちだからこそ、あなたの暴言を許すことができないのでしょう。それはもちろん、私としても同じですけどね」
「どうしてそこまで……?」
「私たちは式をとても楽しみにしてましたよ。でも、それに関しては娘たちが別日にやってくれると約束してくれましたから、まだいいです。でも、一番許せないのは、私の娘をあなたたちの商売の道具に利用しようとしたことですよ。あなたたちは娘を使って、劇場コンセルンとコネを作ろうとしたんでしょ。ナツキさんはあなたたちのために劇場コンセルンに入ったわけじゃないんですよ。自分の目標のために、劇場コンセルンに入ったんです。どうしてそんな娘を利用しようとするんですか?そんなにコネが欲しいのなら、人を頼らずに自分でどうにかしてください」
「頼むよ。助けてくれって」
「嫌です。絶対に助けたりしません。それと、ナツキさんたちにも絶対に近づかないでください。今、あの二人は幸せな生活を送っています。お願いだから、二人を邪魔するようなことはしないでください」
「家族なのに、ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょ。低所得者は、娘夫婦に関わらないでください」
それが、私の最後の言葉だった。
その後、業界での評判が下がった相手方は、会社の負債が増えていくことに耐えきれなくなって、夫婦で凶暴し、建築資材の横流しという犯罪に手を染めたそうだ。もちろん、二人とも逮捕されて、会社は倒産。刑務所行きは免がれたものの、借金地獄は免がれず、二人とも体と精神をすり減らして働いているという。自分たちが低所得者になるなんて、きっと夢にも思ってなかっただろう。
ちなみに、その後私たちは無事に娘たちが開いてくれた式に参列することができた。身内や友人だけの小さな式だったけど、とても温かくて、私たちにとって最高の思い出になった。これからも二人が幸せな生活を歩んでいけるように、陰ながら温かく見守っていきたいと思う。



