母の電話で、私は家族の食事会に遅れていた。三つ星レストランの予約は取れているはずだった。でも受付で「あなたの名前はありません」と言われた。ありえない、母が予約したはずなのに。すると電話越しに母は冷たく言った。「あなたの名前なんて最初からなかったのよ」。やっと出た夫の渡るも、「お前の席は予約してない。他人は水道水で十分だ」と笑った。それだけじゃない。私はただ彼らの送り迎え要員で、食事が終わるま…

母の電話で、私は家族の食事会に遅れていた。三つ星レストランの予約は取れているはずだった。でも受付で「あなたの名前はありません」と言われた。ありえない、母が予約したはずなのに。すると電話越しに母は冷たく言った。「あなたの名前なんて最初からなかったのよ」。やっと出た夫の渡るも、「お前の席は予約してない。他人は水道水で十分だ」と笑った。それだけじゃない。私はただ彼らの送り迎え要員で、食事が終わるま...

お母さん、すみません。ちょっと困ったことになってしまって。

「あらあら。今日は家族での食事会だというのに。何があったの?こっちはもう店に入って注文をしてるところよ」

「すみません。私も今来たところなんです。仕事がちょっと立て込んでしまって」

「そうなの?」

「それで店に入ろうと思ったんですけど、予約リストの中に私の名前がないって言われてしまって。お母さんの方から受付の方に説明をしてもらえないでしょうか?お母さんが予約をしてくれたんですよね」

「私というか……分かってるわよ。元々は部長さんが予約を取ってたらしいの。でも急用ができていけなくなったから、部長さんが渡るにこのレストランで食事をしないかって提案をしてくれたのよ。本来の店は予約なんてできないから」

「そうなんですか」

「あなたは本当に何も知らないのね。ここのオーナーは本場フランスで腕を振るったすごい料理人だったんだから。その人が日本に帰国して店を出すってなったからすごい人気なのよ。味も確かで三つ星を獲得してるんだから、予約だって普通に取ったら三年待ちなのよ」

「でもそんな店を部長さんはどうして渡るに?」

「あの子が営業部のエースで、部長さんにとっても気に入られてるからよ。それで私たちも美味しいご飯を食べられる貴重な機会をいただいたってわけ。今日は三年待ちの三つ星レストランで家族で食事って、楽しみにしてたの。それなのにあなたは遅れてきて……」

「すみません。でも私の予約がされてないって言うんです。どうにかできないですか?」

「私にできるわけないでしょ」

「すみません。お母さんが予約をしてくれたと勘違いをしていました。もうそっちに着いてますよね。だったら渡るに受付に来るように言ってもらえますか?」

「どうして私があなたの伝言役なんてしないといけないの?それくらいは自分でやりなさいよ」

「どうしてそんなに突っかかってくるんですか?同じテーブルにいるんだから、声をかけるくらい」

「私はあんたの命令なんて聞く理由がないって言ってるの」

「命令とかじゃないですよ」

「とにかく自分でなんとかしなさいよ」

「わかりました」

三分後、渡るが電話に出た。

「ちょっと話があるんだけど、いい?」

「なんだよ」

「お店に入ったら私の予約がされてないみたいなの。だから今から受付に来て話をしてくれないかしら。多分、なんか手続き上のミスだと思うから」

「いや、ミスとかじゃないだろう。ここの店は味はもちろん、ホスピタリティも完璧なんだ。何か不備があるとか、そういうのはないと思うぞ」

「でも実際に私の分の予約がされてないの」

「そりゃそうだろ」

「え?」

「お前の席は予約してない。他人は水道水で十分」

「何を言ってるの?他人?」

「そうだよ。今日は家族での食事会だ。実際に部長は二人分しか予約してなかったからな。となると利用するのは俺と母さんだけ。そもそもお前の分の席なんてなかったんだよ」

「ねえ、どういうこと?お母さんがフレンチに行くって言ってくれたのよ。なのに予約を取ってないなんて」

「お前、今日は車で来てるだろう」

「ええ」

「俺は今日酒を飲むから運転ができないんだ。だからちゃんと今日はここまで電車で来てる。お前は俺たちの家までの送り要員だよ。つまり運転手っていうわけ」

「それ、本気で言ってるの?」

「当たり前だ。俺たちの食事が終わるまで、近くの公園で水道水でも飲んで時間を潰しとけ」

「信じられない。どうしてそんなことをするのよ。最近のあなたは変よ。結婚するまではとっても優しかったのに。結婚してから、お母さんと二人で私に対して厳しく当たってきて。どうしてそんなことをするのよ」

「俺は大手企業のエース営業マンだぞ。こんな俺と結婚ができるだけでもすごいことだろ。最近そのことへの感謝がないと思っててな。ちゃんと自分の立場を分からせないといけないと思ったんだ」

「何それ?意味わかんない」

「お前にとって俺はどれだけ偉大な存在かを理解しろと言ってるんだよ。俺ほどの男と一緒になるチャンスは二度とないぞ」

「それ、自分で言ってて恥ずかしくないの?」

「本当のことなんだから仕方ないだろ」

「それで私は外で待ってろって、本気で言ってるのね」

「当たり前だ。それがお前のやるべきことだ。ただ、この先俺がお前のことを認めるようなことがあったら、うまい飯屋にも一緒に入れてやるよ。俺は仕事の付き合いでいろんなところに顔パスで入れるからな。他の奴らじゃなかなか食べられない高級品だって、俺と一緒にいれば食べられるんだ。お前だってそっちの方がいいだろう」

「美味しいものは好きよ。でも高級品だからって良いとは思ってないから」

「強がるなよ。しょうもない父さんの料理しか食ってきてないんだろ。だったら何が何でも食いたいはずだ」

「なんですって」

「とにかく俺たちの食事が終わるまで外で待ってろ。そして俺たちが連絡をしたらすぐに迎えに来いよ」

「何様なのよ」

三分後、今度はお母さんから電話がかかってきた。

「どう、自分の立場は分かったかしら?」

「お母さんも渡ると同じ考えってことですね」

「そうよ。この家で生活をしていくのなら、嫁は立場が一番下だって理解しなさいよ」

「そういうことなら、同居の話は断っておけばよかったですよ」

「あなたが一人でかわいそうだからと渡るにお願いされたので、了承したんですけどね。そんなこと言っても遅いわよ。家から出て行くなんてことになったら、即、離婚させてやるから」

「そうですか」

「言っておくけど、渡るは天才なんだからね。大手で働いてお金だって稼いでるわ。正直私は渡るの前の恋人の方が結婚相手にふさわしいと思ってたの。でもなぜかあんたを連れてきて結婚するって言ってね。できれば私が前の子を連れ戻してあげたかったくらいよ」

「そうすればよかったじゃないですか」

「あんまり親が出しゃばるのは良くないと思ったの。私はあの子の幸せを願ってるからね」

「私はどうでもいいということですね」

「あんたは他人だから、どうでもいいに決まってるでしょ」

「ひどい言い方をしますね」

「こんな美味しい店で食べられないのは残念だけど、今回は我慢しなさいよ。私たちの言うことを聞いてたら、今度は連れてきてあげるかもしれないからさ」

「別にいいです」

「そんなこと言わないでよ。あんたの父親が作る料理の味なんて、美味しいものなんだから食べてみたいって思ってるでしょ」

「父の作る料理の味……」

「そうよ。あんな小汚い店の料理なんかよりも、ここのレストランの方が美味しいに決まってるんだから」

「私は父の料理を愛しています。父のことも心から尊敬しています。そしてこの店のことを悪く言うつもりもありませんよ。ただ、父を馬鹿にするのだけは許せません」

「バカになんてしてないわ。私は事実を伝えてるだけ」

「うちの料理なんて食べたこともないくせに」

「当たり前でしょ。もう店がなくなってるんだから。味がまずすぎて潰れちゃったのよね」

「違います。父が亡くなったから店を畳んだんです。そのことはもう説明したはずですよ。それなのにどうしてそんなひどいことを言うんですか?」

「ごめんなさいね。どうでもいいことだから忘れてた」

「もういいです。あなたたちと話すつもりはありません」

「それじゃ店の外で待ってなさいよ」

「いえ、店内に入らせてもらいます」

「はあ?そんなことしていいわけないでしょ。予約をしてない人間は入ることはできないのよ」

「この店は顔パスなんで大丈夫です」

「嘘も大概にしろ」

「嘘かどうか確かめてみましょうか」

十分後、一人の男が個室に現れた。

「吉田さん、お久しぶりです」

「とみちゃん、どうしたんだ?急に連絡なんて」

「すみません。間が空いてしまって」

「いやいや、そんなことは全然いいんだよ。とみちゃんから連絡が来たのは結婚の報告以来になるね。まさかあのとみちゃんが結婚するなんて、本当に自分は年を取ったんだなって思うよ」

「そうですね。だって吉田さんは私が小さい時から知ってますもんね」

「そうだよ。本当にあれから色々あったね。そういえば、例の約束はいつになったら実現するのかな?こちらとしてはいつでも動けるように準備はできてるよ」

「実は急で悪いんですけど、今からその約束を実行させてもらうことは可能ですか?」

「今?本当に今すぐってこと?」

「そうなんです。本当に申し訳ないんですが」

「いやいや、全然構わないよ。さっきも言ったけど、こっちはずっと待ってたんだ。でも、表向きはなしにさせてもらうつもりだよ。旦那さんはいらっしゃるのかな?」

「はい。旦那もいるので」

「分かった。もちろんそのつもりだよ。頃合いを見て店に来ればいいのかな?」

「それが、もういるんです」

「え?どういうこと?」

「ちょっと詳しくお話をさせてください」

十分後、お母さんが再び電話をかけてきた。

「あんた、どういう手を使ったの?」

「はい。何でしょうか?」

「どうしてあんたが店に入ってこれるのよ。しかも奥の個室に入っていったでしょ」

「そうですね。よく見てましたね」

「あそこは選ばれた人しか入れないところなのよ。普通に予約しただけじゃダメなんだから」

「そうだったんですか。まさかそんな気を使ってもらってたなんて知りませんでした」

「どうしてあんたがそんなところに案内されるのよ。というか、そもそも予約も何もしてないんだから入れるわけがないでしょ」

「顔パスで入れるって言ったじゃないですか」

「あんなの信じられるわけが……」

「実際にこうして入ってるんですから、嘘ではないですよね」

「あんた、もしかして身分を偽ったりした?え?自分のことをどこぞのVIPって嘘ついて入れてもらったんでしょ?そんなことをしていいと思ってるの?あんたのやってることは犯罪よ。警察に通報するわ」

「お好きにどうぞ。私はそんなことしてませんから。それに、予約をしてない人間は入れないって受付でしっかりと弾くようなところですよ。私が身分を偽ったりしたら、すぐに調べてバレるに決まってるでしょう。それくらいは説明しなくても分かりますよね」

「だったらどうしてあんたが入ってこれるのよ」

「このお店のオーナーさんと、私は知り合いだったんですよ」

「え?」

「ちょっと昔から顔見知りだったんです。それで結婚のご挨拶をさせてもらった時に、是非旦那さんと一緒に店に来てくれってご招待してもらってたんです。本来であれば事前にお伝えしておくのが筋なんですけど、ちょっと今回は先ほど連絡をして無理を言って入れてもらったんです」

「はあ。そんな話は聞いてなかったわよ」

「元々その提案を受けるつもりはありませんでした。お忙しいのは知ってたので、お気持ちだけを受け取るつもりだったんです。ですので二人には話してなかったです。それと、どうしてこんなことになったのかをオーナーさんにはお伝えをしました」

「はあ」

「だって事情を説明しないと分かってもらえないと思ったので。全てを理解した上でオーナーさんは私のわがままを受け入れてくれたんです。でも本当に素敵なお店ですね。高級感もありながら、ちょっと懐かしい気もします」

「何を適当なことを言ってるのよ。それよりもあんたって人は……」

「何を慌ててるんですか?」

「あんたのやったことが最低だからよ」

「そうですか。でもこれからは料理を堪能させてもらいますので、連絡は全て無視させてもらいます。家にも勝手に帰ってください。もし何か用があるのなら、私の食事が終わるまで外で待っていてください」

三分後、一人の男性が個室に姿を現した。

「初めまして。グラン場のオーナーの吉田です」

「え?オーナーさんですか?」

「突然すみません。とみちゃんから連絡先を教えてもらったので」

「とみと知り合いなんですか?」

「ええ、小さい頃からのね」

「どういう関係性なんでしょうか」

「彼女は私の師匠の娘さんなんですよ。私が料理を一から叩き込まれた、一番尊敬している料理人の一人娘だったんです」

「とみのお父さんの店で働いてたんですか?」

「ああ、若い頃はずっと師匠の下で働いて、色々と勉強させてもらっていた。師匠は料理に対してとても厳しくて、しんどいと思う時期もたくさんあったよ。でもまだ幼かったとみちゃんは、そんな俺にとって娘や妹のような存在で、癒しだったんだ。だから結婚の報告を受けた時は本当に嬉しくて、是非私の店で食事をしてくれとお願いをしていたんだ。それが今日叶ったというわけなんだ」

「だからあいつはVIPの部屋に入っていったんですね」

「そういうことだ。確かあなたは劇場食品の部長さんの紹介でこの店に来られたんですよね」

「はい。前から興味はあったのですが、部長が急遽来られないということで」

「うちの店はそちらの会社から色々と食品を下ろしてもらっているので、その関係で部長さんにも来ていただいてたんですよ。はい、存じ上げております。ただ、その関係も今日で終わりにさせていただきます」

「え?」

「申し訳ないですが、あなた方との関係はこれで終わりということにさせてもらいますよ。これから部長さんに連絡をさせてもらいます」

「いや、ちょっと待ってください。どうして急にそんなことになるんですか?」

「あなたがとみちゃんをないがしろにしたからですよ」

「いや、それはそうかもしれませんが、あくまでもプライベートなことじゃないですか?それで会社の取引をやめるなんて、そんなのはダメに決まってますよ」

「とみちゃんだけじゃなく、あなたは私の師匠のこともバカにしましたよね。しょうもない親父の料理だと言ったそうじゃないですか?」

「いや、それは違いますよ。こちらの店の料理と比べるとって話です」

「うちの料理は全て私が一から考えてシェフに作ってもらってるものです。そしてその私に料理を教えてくれたのは師匠ですよ。この店の内観だって、私にとって故郷でもある師匠のお店をイメージして作ったものです。それだけ私にとって師匠は大事な人だった。亡くなったと聞いた時は本当に辛かった。でも私は弟子として、師匠の味と魂を引き継いでいくという使命があると思って、この店を始めた。それほどまでに大事に思っている師匠を馬鹿にする人間に、私の作る料理を食べて欲しくはない。そしてその料理に関わって欲しくもない。だからうちとの契約は解除する」

「うちはそれなりに大手だというのは分かってるんですか?」

「脅すつもりですか?そういうわけではないですが、早まったことはやめた方がいいと思いまして」

「こちらにもプライドがあるんですよ。そして大事にしないといけない信念があるんです。それを失ってまで営業をするつもりはありません。この件は部長さんに全てお伝えしますので、あなた方は速やかに店からお引き取りをお願いします。あなたとこれ以上話すことはありません」

「そんな、ちょっと待ってくださいよ」

十分後、またお母さんから電話がかかってきた。

「ちょっと、あんた、これどうにかしなさいよ」

「すみませんが、食事中なんです」

「うるさい。こっちはそれどころじゃないの。あんたのせいで店から追い出されそうになって、渡るは契約を打ち切られたって慌ててるの。もしこれが部長さんの耳に入ったら、処分は間違いなしだって言ってるわ」

「そうですか。渡るの会社と契約をしてるのは知りませんでした」

「これがどういうことか分かってるの?あんたの夫が出世できるかどうかの瀬戸際なのよ」

「みたいですね」

「それが何ですか?」

「今すぐにオーナーさんに連絡をして、あんたの口から謝罪をしなさい。渡るが何度も連絡をしようとしてるんだけど、ブロックされてるみたいで」

「嫌ですよ。どうして私がそんなことをしないといけないんですか?」

「家族なんだから助け合うのは当然でしょ。どうしてそんなこともできないの?」

「私は他人なんじゃないですか?あれは取り消してあげるから」

「いい物差しですね。あなたのお気持ち次第で私は家族になったり他人になったりするんですか?そんな関係、私は嫌ですよ」

「これくらいのことで怒ってるんじゃないわよ。私が嫁いできたばかりの頃なんて、ずっとこんな調子だったんだから。シトさんに嫌がらせをされて、夫だって全く手助けをしてくれなかった。それでも私は我慢をするしかなかった。だって嫁ってのはそういうもんだって言われたから」

「だから私にも同じ仕打ちをしたんですね」

「そうよ。当たり前でしょ」

「当たり前じゃないでしょ。あなたはそういう仕打ちを受けて、嫌だったんじゃないですか」

「そりゃ嫌だったけど」

「だったら他の人に同じことをしちゃダメじゃないですか?こんなことは二度と起こらないように、自分で止めようとしないと」

「そんなの不公平じゃない。私はずっと耐えてきたのに。なんであんたは伸び伸びとやれるのよ」

「あなたはずっと自分がいびれる立場の人間を探してたってわけですね」

「そういうわけじゃないけど」

「いえ、あなたはそう言ってますよ。残念ですが、そんな人を手助けするつもりはありません。渡るのことはどうかお二人でなんとかしてください」

五分後、渡るから電話がかかってきた。

「とみ、母さんのお願いを突っぱねたらしいな」

「情けない人ね。困ってるのなら、自分からお願いしたらどうなの?もしかして、そんなことすると立場が危ういとか思ってたわけ?」

「夫として、嫁に頭を下げるわけには」

「あら、そう。だったらそのままでいれば?でもそのままでいたら、首を切られて頭が地面に落ちることになるわよ」

「別に首になるって決まったわけじゃない」

「あ、そう。私はどっちでもいいわ」

「俺のこと支えてくれよ。俺のことを愛してるんだろ。だったら……」

「あなたに対してはもう愛情は尽きた。もうそっちの家に帰ることもないから、離婚届けも後で送らせてもらうわね」

「は?離婚だと?」

「当たり前でしょ。あんたともう一緒に生活なんてできない。これでその家を出られるし、私としては最高の選択よ」

「ふざけるな。俺のことを裏切るつもりか?」

「え?裏切る?」

「俺が出世できないと思ったから、そんなことを言ってるんだろう。やっぱり女ってのはそうやって金や肩書きでしか男のことを見ないんだな」

「勝手な憶測で切れないでよ。私はそんなことで離婚って言ってるんじゃないわ。私のことをないがしろにして見下した。そして何よりも父を馬鹿にしたことが許せないのよ。私は誰よりも父のことを尊敬してるわ。店を切り盛りしながら、男手一つで私のことを育ててくれた父を」

「待ってくれ。離婚なんて言わないでくれよ。俺は誰よりもお前のことを愛してるんだ」

「愛してる相手に水道水を飲めとか、立場をわきまえろとか、そんなこと言えるわけないでしょ。あんたは私のことなんて何とも思ってないのよ」

「違う。本当に愛してるんだ」

「だったらあの発言は何よ」

「不安だったんだ。俺の元カノは、結婚の話までしていたのに、いきなり他に男ができたからって理由で俺のことを捨てたんだ」

「私はそんなことしないわよ」

「そんなの分からないだろ。だから俺はお前に逃げられないように……」

「私のことを支配しようとしたわけね」

「俺はお前と別れたくなかったんだ」

「バカじゃない。そんなやり方で、誰が一緒にいたいと思うのよ。私の父は誰に対しても愛を持って接してた。優しいだけの人じゃなかった。厳しいことだって言われたし、従業員の人に怒ったりもしてた。でも常に父は愛を持って私たちを見てくれてたわ。だから誰も父を裏切ったりしなかったし、裏切るなんてことを考えもしなかった。父は恐怖で人を縛ったりしなかったわ。愛でみんなを包み込んでくれたのよ。だから私は父のことを尊敬してるし、そんな大人になりたいと思ってる。でもあなたにはそんな考えはなかったみたいね」

「おい、待ってくれよ」

「さようなら。もう二度と私の前に現れないでね」

「俺と別れて幸せになれるのかよ」

「なれるわよ。むしろあなたといない方が幸せになれるわ。あんたこそ、ちゃんと自分の立場をわきまえた方がいいわ」

その後、私と渡るは離婚をしました。不貞があったということで、渡るは慰謝料も払わないといけなくなりました。また、今回の件で渡るは部長から激怒されてしまったそうで、出世レースからは完全に外され、営業部では窓際扱いされてるみたいです。生活ではアプリで知り合った女性と再婚をしたみたいですが、また同じように相手を支配しようとしたそうです。ただ私の時と違ったのは、さらに激しくなっていて、どうやら手も出してたみたいですね。結局、相手の女性が警察に駆け込んだことで逮捕されて、今は留置所にいるらしいです。恋愛をするとこじらせるタイプみたいなので、是非刑務所に行って二度と出てこないで欲しいです。

ちなみにお母さんは、今一人で生活してるみたいですね。なんでも私との離婚の原因がお母さんにあるって渡るから逆切れされて、暴れられたそうです。警察沙汰にはならなかったようですが、渡るを家から追い出して一人になったとのこと。自分が受けた仕打ちの仕返しみたいなことをしようとするから、家族も誰もいなくなってしまうんですよね。

一方の私は一人で生活をしています。吉田さんは離婚後の私を心配してくれて、またいつでも店に来てくれと言ってくれています。ですが、甘えてばかりはいられないので、ちゃんと予約を取って行かせてもらうことになりました。ですので、次に店に行けるのは三年後です。その時は今度こそ、父のように愛情で包み込んでくれるような人と行きたいなと思っています。

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