義母が私の部屋の荷物をすべて勝手に処分したと聞かされて、私は耳を疑った。「ゴミはゴミ箱に置いただけよ」と平然と言い放ったその言葉が、今でも頭から離れない。海外赴任から半年ぶりに帰宅した私を待っていたのは、自分の部屋が義両親の私物で埋め尽くされ、夫から「廊下で寝ろ」と言い渡される光景だった。生活費を払い、借金を返しながら必死に支えてきたのに、夫は「生活費程度で偉そうにすんな」と私の存在をまるで…

義母が私の部屋の荷物をすべて勝手に処分したと聞かされて、私は耳を疑った。「ゴミはゴミ箱に置いただけよ」と平然と言い放ったその言葉が、今でも頭から離れない。海外赴任から半年ぶりに帰宅した私を待っていたのは、自分の部屋が義両親の私物で埋め尽くされ、夫から「廊下で寝ろ」と言い渡される光景だった。生活費を払い、借金を返しながら必死に支えてきたのに、夫は「生活費程度で偉そうにすんな」と私の存在をまるで...

「ちょっと、勝彦、お母さんに注意してくれない?」
「はあ?何がだよ。母さんが何したんだよ」
「いきなりうちに来て、しかも私の部屋に入ってたのよ。いくら家族でも、もう少しデリカシー持って行動してほしいの」
「お前、俺の母さんに文句あるわけ?」
「別に文句じゃないけど、私にとって大切な宝物とかもあるし」
「お前のものなんて母さんが取るわけないだろ。人の親を犯罪者扱いする気か?」
「そういうわけじゃない。でも勝手に部屋に入られるのは嫌なの。来る前に一声連絡してほしいだけ」
「俺が買った家なんだから、何の問題もないだろ」
「私の家でもあるのよ」
「この家は俺が買って、ローンも俺が払ってるんだ。その俺がいいって言ってるんだから、口応えすんな」
「そんな言い方しなくてもいいでしょ。私だって生活費を払って貢献してるんだから」
「生活費くらいで偉そうにすんな。こっちがどれだけ金かけたと思ってんだ」
「感謝はしてるわよ。でも二人で力を合わせてる部分だってあるでしょ」
「生活費を払ってるだけのお前の力なんて、そこまで必要ないんだよ。そんなに嫌なら、お前だって家族を呼べばいいだろ」
「私のお母さんは三年前に亡くなってるわよ。知ってるでしょ?嫌味にしてもひどすぎるわ」
「ああ、そうだったっけ。すまん、すまん」
「お母さんのことを馬鹿にするのは許さないわよ」
「だったら俺の母親を盗人扱いするなよ」
「そんなことしてないって」
「とにかく母さんには好きにさせろ。俺は育ててくれた両親を心から尊敬してるんだ。あの家だって自由に使ってもらいたい。お前にとやかく言われる筋合いはない」
「せめて部屋には入らないでって言ってよ」
「お前が言えばいいだろ」
「聞いてくれるわけないでしょ」
「だったらお前が我慢しろ。何度も言うが、その家を買ったのは俺なんだぞ。そのことだけは絶対に忘れるな」

一週間後、冴子は義母と墓地で会った。
「おばさん、さっきお墓参りに来たら綺麗なお花が飾られてたんですけど、あれおばさんですか?」
「そうよ。あら、入れ違いになっちゃったのね。いつもありがとう」
「お彼岸でもないのに、わざわざお参りしてくださって」
「ちょっとお姉さんと話したくなっちゃってね」
「きっと母も喜んでますよ」
「冴子も美紀も偉いわね。ちゃんとお墓参りに来て」
「そんなことないです。実はしばらく来られなくなりそうなので、今のうちに来ておこうと思ったんです」
「そうなの?仕事の都合?」
「はい。ちょっと」
「大丈夫?頑張りすぎてない?」
「いえ、全然無理はしてないです。今の仕事はすごく楽しいので」
「それならいいんだけどね。あなたに余計なものを背負わせてないか心配なのよ」
「そんなことないです。私は何も背負ってないですから」
「ただ、母の代わりになろうとしてるだけです。母からいろんなものを受け継いだので」
「本当にお姉さんは幸せ者だったわ。あなたみたいな素晴らしい娘がいて」
「私はそんな大したことしてませんよ。おばさんだって、母のことを思ってるじゃないですか」
「私は本当にお姉さんに迷惑をかけっぱなしだったの。学生時代なんて怒られた記憶しかないわ。でもお姉さんは私を見捨てずに、ずっと姉妹でいてくれた。それが何より嬉しかったし、感謝してるの」
「色々あったんですね」
「だから、お姉さんの一人娘であるあなたのためなら、私は何でもするつもりよ。遠慮なく言ってね」
「はい、ありがとうございます」
「でも、そう言いながらあなたは何も頼んでこないわよね」
「どういうことですか?」
「家を買ったことだって後から聞かされたわ。事前に言ってくれてたら力になれたのに」
「さすがにそれはお願いできないですよ。図々しいことはできないです」
「私は全然そう思わないわよ」
「何か他で困ったことがあったら、お願いすることはあるかもしれません」
「本当に遠慮しないでね。私はあなたの力になりたいんだから」

三日後、冴子は義母に切り出した。
「お願いがあるんですが」
「あなたから?珍しいわね」
「実は来月から海外赴任が決まりまして」
「え、海外?」
「そうなんです。どうしても必要だということで、半年ほど海外で生活することになりました」
「半年も」
「それで、その間だけでいいので、勝彦の身の回りのお世話をしてもらえないでしょうか」
「あなた、家事を放棄するっていうのね」
「半年だけなんです。お願いできますか?」
「別にやりたくないって言ってるわけじゃないの。でもあなたは海外で楽しくやって、帰ってきたらまた勝彦の家で生活できるんでしょ?それって不公平だと思わない?」
「一応仕事なので旅行じゃないです。しっかり稼いで家計に貢献するためですから」
「どれだけ稼いでも入るのは少ないんでしょ。あんたは借金持ちなんだから」
「すみません。できるだけ早く返すつもりです。海外赴任で結果を残せば、出世してもっと稼げるようになります」
「そんなの高が知れてるわよ」
「なんとか頑張りますので」
「まあいいわ。でも、そんな風にお願いされると思ってなかったわ」
「どうしてですか?」
「この前は私のことを家から追い返そうとしたから。どの口が言ってるのかと思ってるわよ」
「あれは勝手に私の部屋に入ったからです。怒っただけで、追い返そうとしたわけじゃないです」
「その部屋だって勝彦が買った家の一部でしょ」
「だとしても、お母さんが勝手に入っていい理由にはなりません」
「私は勝彦の親なのよ」
「私は妻です。そこに差はありません」
「だったら私の言うことを聞きなさい。家には好きなように来てもらって構いませんから」
「ああ、そう。分かったわ。じゃあそうさせてもらうわ。別にあなたの部屋に入ったのも、掃除してあげようかなと思っただけだから」
「それこそ余計なお世話ですよ」
「広い部屋を独り占めすることが当たり前だと思わないことね」
「別にそんなこと思ってません。では、しばらくの間よろしくお願いします」
「ええ、あの子の世話を喜んでやらせてもらうわ」

半年後、冴子は海外から戻ってきた。自分の部屋に行くと、荷物がすべてなくなっていた。義両親の私物で埋め尽くされていた。
「ちょっと、これはどういうことよ」
「ああ、そこは母さんたちの部屋にしたから。お前が帰ってきたからって、すぐに戻れるわけないだろ」
「はあ?なんでそんなことになったの?」
「当然だろ。母さんたちは俺の世話をしてくれてたんだぞ。そのまま家に返すのは申し訳ないから、うちに寝泊まりしてもらってたんだよ」
「だったら来客用の部屋があるでしょ」
「母さんがそこは嫌だって言ったんだよ。お前の部屋が広くて居心地がいいってな」
「だから私の部屋を勝手に使わせたの?」
「そうだよ」
「最悪ね。でも私が帰ってきたんだから、私の部屋に戻してもらうわよ」
「そんなのダメに決まってるだろ。そこはもう母さんたちの部屋になったんだ」
「は?どうしてよ?」
「お前がいない間、母さんたちに世話になって、俺はやっぱり二人と同居したいって思ったんだよ」
「ちょっと待って。同居はしないって約束だったでしょ?」
「俺が買った家だぞ。誰を住ませようと自由だろうが」
「何よそれ。じゃあ私はどうしたらいいの?」
「知るか。部屋は余ってないから、適当に空いたスペースに荷物を置いておけよ」
「そんなの絶対に嫌よ」

冴子は義母に詰め寄った。
「お母さん、どうしてこんなことをするんですか?」
「あら、何?」
「私の部屋を勝手に取るような真似をしないでください」
「勝手に自分のものにしないでくれる?言っておくけど、家主である勝彦の許可はきちんと取ってあるからね」
「でも、一言私に言うべきだったんじゃないですか?」
「なに、そうしたら許可してくれたの?するわけないわよね」
「それはそうですけど」
「あんたの海外赴任中に、その部屋は私たちがもらったのよ」
「部屋に置いてあった荷物はどうしたんですか?」
「全部処分したわ」
「は?ふざけないでください」
「当たり前でしょ。とっくに処分終えてるわよ。ゴミなんだから処分するのは当然でしょ」
「そんなことしていいと思ってるんですか?」
「私は物を捨てるべき場所に置いただけよ。適材適所ってやつね。ゴミはゴミ箱に」
「自分勝手すぎますよ」
「もうあんたの荷物も捨てたし、部屋もないわ。これからは廊下で寝なさい」
「そんなことが許されるわけないでしょう」
「あら、反抗するつもり?残念だけど、この家にあんたの居場所はもうないのよ」
「別に反論なんてしませんよ。もう許さないと決めただけです」
「許さないなら、何をするつもり?あんたに何かできるとは思わないけどね」
「あなたたちの言い分はよく理解しました」
「だったら言いつけを守りなさいよ。家に帰ってきたんでしょ。まず部屋を掃除しておきなさい。私たちは今日は三人で仲良く外食して帰るから」
「そうですか。じゃあ皆さんでごゆっくり」
「ええ、素直ね。まあ、あんたにはそうするしかないわよね。家を追い出されないように必死なんだから」

三時間後、冴子は荷物をまとめて家を出た。勝彦から電話がかかってきた。
「おい、お前どこで何をしてるんだ?」
「え?何が?」
「仕事から帰ってきたんだろ。だったら家で俺たちの帰りを待っておけよ。本当に使えないやつだな」
「どうして私がそんなことしないといけないのよ」
「お前なあ」
「私はもうそっちの家には帰るつもりないから」
「は?」
「あんたたちのやったこと、私は許すつもりないわ。だからもう出て行かせてもらいます」
「おいおい、何を勘違いしてるんだよ。お前の方からそんなこと言っていいわけないだろう。俺の方から追い出すことはあっても、お前から出て行くなんて選択肢はないんだよ」
「どうしてよ」
「お前がこの家を出て、どこで暮らすんだよ。家族もいないし借金持ちだろう。俺たちの生活費を払うだけでカツカツだったくせに、この家を出て生活なんてできるわけないだろ。ちゃんと自分の立ち位置考えろ」
「だからこうして出てきたのよ。それだけのことをしても、私は出ていかないと思ってたんでしょ」
「これからは俺たちの専属家政婦として働けよ」
「嫌だって言ってるでしょ」
「じゃあ生活はどうするんだよ」
「しばらくはホテルで生活しようと思ってる。その間に新しい家を見つけるつもりよ」
「金はあるのか?」
「残念だけど、稼ぎはそれなりにあるわよ。そして、あんたが言ってた借金は、ついこの間無事に完済することができたわ」
「あ……そうなのか」
「そうよ。真面目に返済してたから、海外赴任の最中に返済を終えられたの」
「そんなに返済間近だったなんて知らなかったぞ」
「別にいちいち報告なんてしないわよ。完済したことは伝えようと思ってたけどね」
「じゃあ生活は問題ないのか?」
「そうね。ありがたいことに海外赴任手当ても出てたし、向こうの生活費についても色々手当てをもらってたから、かなり楽だったの。おかげで少しだけど蓄えもあるし、何の問題もないわ」
「マジかよ」
「分かってくれた?まあ、別に私なんていなくても大丈夫でしょ」
「当たり前だろ」
「そう。じゃあ離婚の話し合いは、私の仕事とか生活環境が落ち着いたらやりましょうか」
「勝手にしろ」

一週間後、冴子の元に義母から電話がかかってきた。
「もしもし、勝彦さんですか?違うわね。冴子さん?とみのおばのさ子です。何度かお会いしたことはありますけど、覚えてますか?」
「ええ、薄っすらと。突然どうしたんですか?どうしてこの連絡先を?」
「とみから聞いたんです。どうしてもあなたに一言伝えたいことがありまして」
「離婚のことに関してはもう決まったことですよ。あなたから何か言われることはありません」
「それはないでしょう。私の可愛い姪っ子にひどい仕打ちをしておいて、何も後ろめたいことがないって言ってるんですか?」
「これは夫婦のことですよ。私にとっては家族のことなんです」
「じゃあ、俺も言いたいことくらい言わせてくださいよ」
「何ですか?」
「こっちはずっととみのために尽くしてきたんですよ。家だって買ってあげたし、生活の面倒だって見てた。それなのにあいつは部屋がなくなったというだけでキレて家を出て行ってしまったんです」
「怒りたいのはこっちの方ですよ。生活費を払ってたのはとみですよね」
「だとしても、あんな借金持ちの女をこっちは見捨てずに住ませてあげてたんだ。俺たちがいなかったら、あいつは今頃ホームレスですよ」
「借金の理由は知ってるでしょ?あの子が何かしたってわけじゃないのよ」
「それは知ってます。とみの借金は、お姉さんが前の旦那に騙されて連帯保証人になって背負わされたものなんでしょ。お姉さんはそれをずっと真面目に返してたけど、ついには返せなくなった。本来なら相続放棄で借金もなくせたんだけど、あの子はそれをせずに借金を返してたのよ」
「そんなのはあいつが勝手にやったことでしょう。俺には関係ない話です」
「だとしても、あの子はあなたに迷惑をかけないように借金も払ってたし、生活費だって二人分を払ってた。あなたに面倒を見てもらってたわけじゃないわ。全部自分がやったみたいな勘違いしないでよ」
「あいつをこのまま離婚させるんですね。一応それなりの広い家での生活がなくなるんですよ」
「廊下で寝させようとしてたくせに」
「それでもいい家で生活できるという利点はありますよ」
「何?もしかして今更離婚してほしくないって思ってるの?」
「違いますよ。あなたは家族なら、とみが幸せになるようにするべきじゃないかなとアドバイスしてるんです」
「あら、そう。でもあの子はいい暮らしができるわよ」
「どういうことですか?」
「私、不動産投資でそれなりに資産を増やしてるの。いくつか一棟丸ごとのマンションを持ってたりするくらいにはね」
「一棟丸ごとですか?」
「その中に広くてとみの職場へのアクセスもいいマンションがあるから、そこにとみを住ませようかなと思ってるの。オーナー権限で家賃も格安にしてね」
「どうしてそこまでするんですか?」
「私はお姉ちゃんからとみを託されたのよ」
「いや、だとしても」
「これが私にできる唯一のお姉ちゃんへの恩返しだから。私は学生時代、いわゆる札付きの不良でね。親にもたくさん迷惑かけたし、愛想も尽かされたわ。そうなって当然のことを私はしてたの。でもお姉ちゃんだけは私を見捨てなかった。厳しくも愛を持って接してくれて、私を更正させてくれたのよ。今の私があるのはお姉ちゃんのおかげなの。そんなお姉ちゃんから託されたから、私は全てをかけてとみをサポートするわ。そして、とみを傷つけるような奴は徹底的に排除していくからね」
「いや、別に傷つけるつもりは……」
「とにかく、あんたは今すぐとみと離婚しなさい。そしてあの子に二度と近づかないで」

二週間後、冴子は勝彦に言った。
「離婚の話し合いをしましょうか」
「本気なんだな」
「当たり前よ。あんたともう一緒にはいられない」
「だったらお前が離婚届を送ってこいよ。そしたらこっちで役所に出しておくから。俺はお前と別れても問題ないし」
「そう。それじゃあ、慰謝料と財産分与について話をさせて」
「は?なんだと?慰謝料?」
「当たり前でしょ。あなたは自分が何をしたか分かってないの?私を部屋から追い出して、廊下で寝ることを強要したのよ。そんなのどう考えても精神的DVでしょう。だからあなたには慰謝料を請求するわ」
「なっ……」
「それと財産分与もちゃんとやってよね。その家を半分にすることはできないから、その分は私に金銭で支払って」
「ちょっと待てよ。それってとんでもない額になるんじゃないのか?」
「そうね。でもちゃんと払ってもらわないと」
「ふざけるな。こっちはただでさえ母さんたちの生活費を負担しないといけなくて、金がないんだぞ」
「大切な家族のためなんだから頑張りなさいよ。でも私への支払いもちゃんとやってもらうからね。もし滞ることがあったら強制執行とか差し押さえとかもやるつもりよ。逃げられるなんて思わないで」
「お前……」
「まあ、逃げるなんて無理か。あんたにはその家しかないんだもんね」
「くそ……」
「これ以上反論は聞くつもりないから。もし何か言いたいことがあったら、私じゃなくて弁護士さんにお願いね。それじゃあこのLINEもブロックさせてもらうから」

翌日、冴子は義母を訪ねた。
「お母さん、お話があるんですが、よろしいですか?」
「何よ。あんたのせいで勝彦が金がないって困ってるのよ」
「夫に対してそんなことして、心は痛まないんですか?」
「じゃあお母さんは心は痛まないんですか?」
「は?何が?」
「勝手に私の部屋にある私物を処分したでしょう。あんなことをして心は痛まなかったんですか?」
「あれは私がそこで生活するのに邪魔だったからよ」
「だとしても一言あるべきですよね」
「しつこいわね。もう済んだ話でしょ」
「そんなことで終われないんですよ」
「どういうことよ」
「私の部屋には服とか化粧品とか雑貨とか、色々ありました。そちらの方は別に問題ないですよ。でも、その中に私の宝物があったんです」
「宝物?」
「母から譲り受けた指輪があったんですよ。私にとっては母の形見だったんです」
「そうだったの?あなたはそれも処分した」
「私はそれが一番許せないんですよ」
「でも指輪くらいでしょ」
「単なる指輪ではないんです。母がいつも大切につけていた指輪で、母が亡くなってから私が引き継いだものなんです。母がいなくなっても、あの指輪をつけていれば母と繋がっていられるように感じられた。それだけ大事なものだったんですよ」
「……」
「あの指輪を相続すると借金もついてくると言われました。でも私はそれでもあの指輪を手放すことはできなかった」
「あんた、それを勝手に処分したの?」
「そんなに大事なものなら、家じゃなくて肌身離さずつけておけばいいでしょ」
「初めての海外赴任で不安があったんですよ。高価なものを身につけているだけで強盗に遭う可能性もあります。向こうの家だって窃盗に入られる可能性がある。だから私は一番安全な我が家に置いて行ったんです」
「……」
「なのに、まさかこんな身近に窃盗犯がいたなんてね」
「それは悪かったわね。ごめんなさい」
「そんな謝罪で許すわけないですよ。きちんと損害賠償は請求させてもらいます」
「損害賠償?」
「あの指輪は数百万するものだと、おばさんから聞いてます」
「……」
「そんな指輪を勝手に処分したのだから、もちろんその分の賠償はしてもらいますからね」
「嘘でしょ?」
「もちろんですよ。そして警察にも通報しますから」
「警察?ちょっと待って。分かった。あのお金はすぐに返すから。それで今回は水に流してくれ」
「お金があるんですか?」
「実は高そうなものは買い取ってもらってたの。指輪も貴金属を扱うところに売って、お金はあるわ」
「最低。勝手にお金に変えてたなんて」
「すまなかった」
「これはもうお金だけの問題ではありません。あなたにはしっかりと罰を受けてもらいますから」
「ちょっと待って。そんなこと言わないでくれよ」
「嫌ですよ。でも、これはお母さんの意見に賛同してるからですよ」
「は?」
「適材適所、犯罪者は警察に、ってことですよ」

その後、義母は警察に逮捕された。執行猶予がついて刑務所には行くことはなかったが、民事で損害賠償を請求したことで、義母はかなりの負債を抱えることになった。そんな義母を迎え入れる余裕が義父にはなかったため、義父は離婚を突きつけ、義母を家から追い出した。今では一人でアパートを借りて、パートをしながらなんとか支払いと生活をしているらしい。大きな家での暮らしからかなりの落差があるだろうが、自業自得ということで受け入れてほしいものだ。

勝彦は慰謝料と財産分与のお金を払わなければならなくなり、生活はかなり苦しくなったようだ。彼は冴子の貢献を甘く見ていたが、冴子が生活費を払っていたからこそ、高いローンを支払って家に住めてたということが、ようやく分かったのではないだろうか。それでも勝彦は父親と二人で力を合わせてやりくりしていたらしいが、ついこの間、父親が脳梗塞で倒れてしまった。父親も返済を手伝おうと無理をして仕事をしていたようだが、心身ともに限界が来てしまったようだ。命に別状はなかったが、後遺症が残って仕事はできなくなり、勝彦はさらに介護までしないといけなくなったそうだ。色々と災難が降りかかっているようだが、全部自分一人でやれると豪語していたのだから、そのことを証明していってほしいものだ。

一方の冴子は、おばさんが紹介してくれたマンションで生活している。かなり家賃が安いので、おばさんが値引いてくれているのは分かっているのだが、正直今は甘えておこうと思っている。母の指輪を取り戻すためにかなりの出費をしたからだ。業者も騙された側なので、ただで返せとは言えず、しっかりとお金を支払うことになった。お母さんからの賠償も全額返ってくるのはまだ先だし、しばらくは冴子が分割払いをしていくことになる。それでも、母の形見を取り返せて本当に良かったと思っている。今回のことで家族を失う形にはなったが、一番大切な家族との繋がりは保てている。それを糧に、これからも頑張っていこうと思っている。

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