「お母さん、素材ゴミはご自分で処理してくださいよ」
「はあ?素ゴミ?何言ってるの、り子さん」
「いや、この錆びた自転車ですよ」
「ああ、それ?ほら、少し前に出産祝を送るって言ったでしょ」
「これがですか?不法投棄じゃないですか。失礼ねえ。あなたのために近所のゴミ捨て場からもらってきたのよ」
「ガチのゴミじゃないですか。しかもこれ着払いでしたよ。ゴミを受け取ってお金を払うとか勘弁してください」
「チェーンも錆びててフレームも曲がってて、詫び錆を感じるわよね」
「錆しか感じてないんですよ。詫びはお家に落としてきました」
「わがままな嫁ねえ。健一は文句なんて言わなかったのに」
「お兄さんたちにも送ったんですか?」
「あんたと健一のとこ、出産日が一週間違いだったでしょ。だからまとめてお祝いしたのよ」
「ちなみに、お兄さんたちには何を?」
「健一、長男夫婦には六百万のワゴン車。まあ、頭金の百万だけだけどね」
「はあ?私たち、普段から相当よくしてますよね。冗談やめてください」
「やっぱり血のつながらない次男の嫁は頼りにならないわね。直樹はお父さんの連れ子だったんでしょ?実の息子の健一と比べて役立たずなのも当然よね」
「だから役立たずでケチなあんたらには、その自転車よ。それで十分でしょ。ケチ」
「今、ケチって言いましたよね。事実でしょ。毎月二十万の仕送りをしてますよね。それでケチってどこのセレブですか?」
「はいはい。知ってるわよ」
「何をですか?」
「健一が言ってました。あの仕送り、実際は直樹と健一が共同で送ってるって」
「はい?共同?そもそも中卒のり子さんと高校中退の直樹、あんたたちが毎月二十万も払えるわけないものね」
「いや、あの、それ本気で言ってます?」
「建一が言うには、仕送りの半分以上は健一持ちだって。それでよくもまあ、そんな仕送りしてやってるって態度ができるわね」
「そのお兄さん、先月うちに三万借りに来ましたよ。私が追い払ってやりましたけど」
「負け惜しみを言うんじゃありません」
「負けてないんで、死んでないです」
「どけちな低学歴夫婦はすぐに嘘をつくわね。そんなにお金に困ってるなら、ウーバーでも始めたら?私のあげた自転車を使っていいわよ」
「あんなの走り出した瞬間、地面とランデブーですよ」
「ああ、もういいです」
「あら、認めるのね。自分たちがどけちな低学歴嘘つき夫婦だって」
「結構です。この話は一度、直樹と話し合わせていただきます」
「お好きにどうぞ」
三十分後。
「お兄さん、いい加減にしてください」
「り子さんじゃん。何怒ってんの?」
「お母さんから聞きました。うちからの仕送りを共同ってことにしてるって」
「あっちゃー。聞いちゃった。悪い悪い。長男なのに仕送りしてないって母さんに怒られるだろう」
「半分以上、自分が出してるって嘘をつく必要があります?」
「そこはほら、長男の威厳ってやつ。次男よりも金額が低いとかダサいじゃん」
「低いってか、払ってないですからね。あと、先月うちに三万借りに来た時点でダサいですよ」
「たまたま手持ちがなかっただけだから」
「お母さんが変な勘違いしてるんで、訂正してください」
「嫌だよ。めんどくさい」
「あのですね、人の善意に便乗するとか最低ですよ」
「はいはい。悪い悪い。てか、母さんから出産祝届いた?」
「錆びたボロボロの自転車が届きました」
「うわあ、マジで送ったんだ。あれ、俺が選んだんだよ。ゴミ捨て場で見つけたから、これ良くね?って」
「良くないですよね、どう考えても」
「でもほら、産後とか自転車で痩せないとじゃん」
「太ってません。てか、あれが自転車なら私の靴はフェラーリですよ」
「まあまあ、そう怒んなって。俺たち家族だろ。困った時は助け合い」
「法的に支えてるんですけど、もっと助けてもらっていいですか?」
「去年の母さんの誕生日を思い出せよ」
「ああ、私と直樹が買ったブランドバッグ。あれも共同でのプレゼントにしてましたね。うちが全額出したのに」
「お前からもらうより、俺からの方が母さん喜ぶから。自分たちの文とまとめて渡しとくよ、なんて言って勝手に預かって。挙げ句、一円も出してないプレゼントを共同扱いですか?」
「直樹は文句言ってなかっただろ」
「直樹が文句を言えないの、分かってますよね」
「さあ、何のことやら」
「今年の母さんの誕生日もそろそろだろう。今回も共同で頼むな」
「一から十までダサい人ですね」
「ひっ。の手前、こうして連絡も取ってますけど、本当ならお母さんもあなたも顔も見たくないんです」
「中卒の嫁が大卒の俺に偉そうに。学歴と人間の良さは比例しないんですね。お兄さんを見てたら、それがよく分かります」
「はいはい。好きに言ってろ。どうせお前らが何を言っても、母さんは信じないしな」
同日。
「り子、さっき送ってきた自転車の写真。あれ、何?」
「お母さんがくれた出産祝」
「え?出産祝が?」
「だってさ、中卒の嫁にはお似合いだって言ってたよ」
「なんだよ、それ」
「お兄さんがゴミ捨て場で拾ったんだって」
「兄貴まで…」
「ねえ、直樹、もう良くない?」
「り子の複雑な家庭環境は知ってるよ。お父さんが亡くなってから大変だったんでしょ?俺は親父の連れ子で、母さんたちとは血が繋がってないから。だから高校を退学させられても仕方ないの。バイトを強制させられて、お兄さんの大学費を払って、家を出ても仕送りを続けないといけないって言うの。り子は、ずっと言ってるよな。そんなのおかしいって」
「直樹がお母さんたちに対して遠慮してるのは分かる。自分だけ血が繋がってないんだもん。しょうがないよ」
「そうだな」
「けどさ、一生直樹が我慢して言うことを聞くのは違うと思う。直樹は誰のために生きてるの?お母さん?お兄さん?それは違うでしょ。自分の、直樹の人生なんだから、自分のために生きなよ」
「けど、親父が亡くなる前に約束したんだ。家族を大事にするって」
「今の直樹の家族って、あの二人だけなの?」
「違う。り子や。娘のノアも」
「答え出たじゃん」
「ああ。私と結婚する前は、確かにあの二人だけが家族だったよね。けど、今の直樹には私もノアもいる」
「そうだよな。本当にその通りだ」
「私はノアと違って直樹とは血が繋がってないけど、あなたの家族だし、奥さん。あんな人たちがいなくても、直樹は一人じゃないよ」
「ありがとう、り子。俺、ようやく分かったよ。俺の家族は、あいつらじゃなかったんだな。よし。そうと決まれば、やることは決まってるね」
「だな。あいつらと家族やめよう」
一週間後。
「り子さん、あんた一体何考えてるの?」
「はい。何のことでしょう?」
「着払いでうちにゴミを送り付けてきたじゃない」
「ゴミ?あ、いえ、それ今年の誕生日プレゼントですよ」
「は?」
「ハッピーバースデー。お母さん、おめでとうございます」
「こんな薄汚れた軍手がプレゼント?しかも片方しかないじゃない」
「詫び錆を感じますよね」
「詫びと錆はどこよ?」
「いやあ、見つけた時は興奮しました。ゴミ捨て場でこれ良くね?ってなりまして」
「ゴミ捨て場?これ、ゴミ捨て場から拾ってきたの?」
「管理してるおじさんに頼んで譲ってもらいました。お母さんにぴったりなプレゼントでしょ」
「どこがよ?あんたね。私、知ってるのよ」
「何をでしょう?」
「先月誕生日だったうちの大葉、ブランドのハンカチセットを送ったんですってね」
「ええ。すごく喜んでいただけました」
「なんで年に数回しか合わない、大葉で義理の母親である私がゴミなのよ?」
「ノアが生まれてから、色々と送ってくれるんですよ。お下がりの服とか粉ミルクとか、とっても助かってます」
「だからなんだって言うのよ」
「いつもよくしてくれてるんですよ。あれくらいのプレゼントは当然です」
「だったら、私にももっとあるでしょ」
「お母さんはいつもよくしてくれてないんで。その軍手がお似合いかなって」
「お似合いって、あんた、穴の開いた軍手がお似合いの人間性だとでも言う気?自覚あったんですか?ふざけるのも大概にしなさいよ」
「真剣に選びましたけど、軍手の他に、かっぱの茶碗も候補に上がったんですが、吟味した結果、差で軍手に軍配が上がりました」
「なんてひどい嫁なのかしら。直樹に行って、離婚させてやるわ」
「だったら、お兄さんのとこも離婚ですね」
「は?なんでそうなるの?」
「だって、お兄さん言ってましたよ。今年もお母さんへのプレゼントは共同だって。え?つまり、これは私たち全員での共同プレゼントってことですね。家族愛がこもったいいプレゼントだ」
「いや、ちょっと待って。本当にこれ、去年と同じで共同なの?」
「はい。お兄さんが自分で言ってたんで」
「嘘だったら承知しないわよ」
「本当なんで、承知しといてください。そもそも軍手を送ってきたのはあんたじゃない。嘘であれ、本当であれ、絶対に許さないからね」
「ええ。怖いので、今後の支援はなしにさせていただきますね」
「やってみなさいよ。半分以下の支援金なんてなくても困らないから」
一時間後。
「健一、誕生日プレゼント届きました」
「あ、もう結構早かったな」
「今回のプレゼントも直樹たちと健一たちの共同だって」
「そうそうそうなんだよ。なんか直樹たちが金がねえって言っててさ。しょうがないからうちと共同にしちゃったんだ」
「金がない?このプレゼントのどこに金がかかってるって言うのよ」
「はあ?何そんな怒ってんだよ。今年のプレゼントも高かったんだぞ」
「ふざけんじゃないわよ。り子さんに続いて、あんたまで私をバカにして」
「いや、マジで?何なんだよ。一体どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもありません。ゴミ捨て場から拾ってきた軍手のどこが高いの?軍手よ?そうよ。指に穴の開いた汚い軍手よ。しかも片方だけ」
「いや、それ何の冗談だよ。り子さんは確かにブランドの服を買うって言ってたけど、メーカー名すら書いてないけど」
「え、マジで?冗談じゃなくて、マジでゴミを送られたの?」
「そう言ってるでしょうが」
「うわ、マジか。母さん、それ、やられてるわ」
「どういうこと?」
「り子さんが勝手に送ったんだろう。俺はその軍手のことなんて知らないから」
「あんた、さっき共同って言ってなかった?」
「いや、それは…それに、高かったって言ってたわよね。つまり、もう払ってるってことでしょ?現物は?ブランドの服はどこよ?」
「それはもちろん、うちに置いてあるよ」
「さっき、もう届いたのか?って言ってたのに、発想したんじゃないの?」
「いや、よくよく考えたら、まだだったみたいな。り子さんが買うって言ったみたいなことも言ってたわね」
「それがなんだよ。共同のプレゼントなのに、別々で買う気だったの?あんたの手元に現物があるのよね」
「細かいことはいいだろう。共同にしたのは、直樹が金がないから」
「なのに、り子さんが別でブランドものの服を買うの?」
「いや、だからさ、あんたさっきから言ってることがめちゃくちゃじゃない?ごめんて。俺もちょっと混乱してて。てかさ、来月から同居しようって話してたろ。俺らも引っ越し準備を進めてるから」
「いやよ」
「え?誰が、ゴミを送ってくるような息子夫婦と同居しますか?」
「いやいやいや、ちょっと待ってくれよ。言ってることもめちゃくちゃだし、本当は私のプレゼントなんて買う気ないんでしょ?」
「そんなわけないだろう。もうちゃんと買ってやるって言ったろ」
「じゃあ、今すぐ持ってきて」
「いや、それはほら、俺、仕事中だし」
「持ってこれないなら、同居はなしです」
「ちょ、落ち着けって」
「落ち着いていられますか?あんたには失望しました。ああ」
「頼むよ、お母さん。同居してくれないと、車のローンが…」
「やっぱり、そういうことじゃない」
「あ、いや、これは…」
「さっさとプレゼントを持ってきなさい。じゃないと、同居は白紙ですからね」
十分後。
「直樹、今すぐブランドの服を買って、母さんのとこ行け」
「は?なんで?」
「なんでもクソもあるか。お前んとこのクソ嫁のせいで、こっちは大変なんだよ」
「クソ嫁?様だよ、お前」
「あ?なんか文句でもあんのか?血も繋がってねえ他人が」
「その他人に、いつまで頼る気なんだ?」
「頼ってねえよ。使ってやってるだけ」
「ご利用ありがとうございました。当サービスは本日限りで終了いたします」
「ふざけてねえで、さっさと買ってこい。このままじゃ母さんとの同居が…」
「ああ、それで焦ってるのか。車のローン払えなくなるもんな」
「な、なんでお前が…」
「その辺ちょっと考えたら分かるよ。何にでも便乗してくる兄貴のことだ。母さんと同居して、うちからの仕送りを使う気だろ」
「いいだろ、別に。お前には関係ない」
「うちが払ってるんだから、関係あるだろう。わざわざ俺を高校中退させてまで大学に行ったのに。大学まで出て、そんなことも分からないのか」
「お前な、バカにすんなよ」
「バカにするほど兄貴のことなんて気にしてない」
「子供が生まれた途端、偉そうになりやがって」
「そっちも生まれたばっかだろ。父親がガキのままでどうすんだ?いいのか?親父から言われてんだろ。家族を大事にしろってさ」
「親父の最後の言葉を無視する気か?」
「大事にしようと思ったから、この態度なんだよ。俺にとってお前らはもう家族じゃない。り子とノアだけが俺の家族だ。その家族を大事にするためにお前らとは家族をやめる」
「やめるって、お前?」
「その証拠に、今月から母さんへの仕送りもやめるしな」
「は?嘘だろ」
「だから安心しろよ。母さんと同居できても、ローンは払えないから」
「ふざけんな。どうすんだよ。ローンは月に十五万だぞ」
「母さんへの仕送りの半分以上、払ってるんだろ。そっちをやめれば、余裕で払えるじゃん」
「俺が仕送りしてないことは知ってるだろう。俺たちに便乗してただけだもんな。だったら分かるだろう。ガキが生まれたばっかで、余裕がないんだよ」
「分かるよ。子供ってお金がかかるよな」
「だろ?なら助けてくれよ。俺ら家族じゃん。家族は助け合いだろ」
「そうだな。じゃあ、先に助けてもらっていいか?」
「は?」
「高校を中退して、お前の学費を払うためにバイトして、大人になってからも散々助けてやったろ」
「それはそうかも。だけど、助け合いって言うくらいなんだから、今度はそっちの番だ」
「いや、でも、今まで助けてきた分を返してくれないと、助けられないな」
「分かった。俺にできることなら何でもする。だから、その後にちゃんと俺を助けろよ」
「そうか。助かる。じゃあ、二度と俺たちに関わらないでくれ」
「は?」
「お前らが俺たちに関わらないでくれるのが、一番助かる。何でもするんだろ。頼んだぞ、兄貴」
数日後。
「ちょっと、り子さん。今月分の仕送りはまだ?」
「お母さん、仕送りだったら、お兄さんに言ってください」
「なんでよ」
「ああ、いいや。うちからの支援はやめるって伝えましたよね」
「それはそうだけど…」
「そもそも半分以上はお兄さんが出してたんでしょ?なら、そちらにご連絡した方がいいかと思いますが」
「その健一と連絡が取れないんだから、あんたに連絡したんじゃない?」
「うん。まあ、余裕がないんじゃないですかね」
「余裕?」
「お母さん、同居断ったんでしょ?」
「そりゃそうよ。あのこったら、私をバカにして」
「それで車のローンを払う目途が立たなくなったんです。生まれたばかりの子供と奥さんを抱えて、きっと今頃、奥さんのご両親に頭でも下げてますよ」
「いや、それよ、それ」
「どれよ、どれ」
「健一も言ってたけど、そもそもローンくらい払えるでしょ。だって私のとこに毎月二十万の半分以上、まあ、ざっくりと十五万は入れてるんでしょ?なら、ローンくらい自力で払えるわよね」
「いや、無理ですよ」
「あ、どうして?」
「だって、最初から仕送りなんて払ってないんですから。は?今回のプレゼントと一緒ですよ。お兄さんと話して、感はあったでしょ?」
「確かに。言ってることはめちゃくちゃだったけど…」
「去年のプレゼントも、お兄さんは何もしてません」
「え?共同って言ってなかった?」
「うちが買ったものを、勝手に共同って言ってただけです。直樹が何も言えないからって、本当に吐き気がします」
「じゃあ、仕送りも、うちからしか出てませんね。二十万全額、私と直樹が節約しながら払い出したお金ですよ」
「そんな…あの子、ずっと私に嘘をついてたのね。血のつながった母親を何だと思ってるのよ」
「お兄さんを恨める立場ですか?まあ、そういうことなので、これで失礼します」
「それに引き換え、直樹たちはいい子ね」
「はあ。前々から思ってたのよ。血のつながりだけが家族じゃない。相手を思いやる心が一番大事なんだって」
「お母さんって、本当に私を怒らせるのがお上手なんですね」
「あ?家族、家族ですか?直樹の気持ちも知らないで、よくもそんな…」
「ちょっと、何をそんなに怒ってるのよ」
「直樹が高校を中退させられて、バイト代も全部奪われて、あなたたちにどれだけ虐げられてきたか。それを分かって、よく家族なんて言えましたね」
「それは県一を大学へ進学させるために、仕方なく…」
「直樹も家族なんですよね。家族って言っても、それぞれ役割があるでしょ」
「役割?直樹の役割は、黙って虐げられることなんですか?それが家族だって言えるんですか?」
「だから、ちょっと落ち着いて…」
「直樹はビールを飲むと、たまにぽろっとこぼすんですよ。俺も大学に行ってみたかったって。高校も最後まで通いたかったって。それは直樹を利用して、一方的に家族を押し付けて。私は直樹の妻として、あなたたちを許す気なんてありません。もう二度と、直樹の家族をしないでください」
「ちょっと待ちなさいよ。あんたたちの仕送りがなくなったら、どうしたらいいの?」
「パートなりなんなりすればいいじゃないですか」
「今月の家賃だって、払えるお金が残ってないのよ。パートしたとしても、給料が出るまではどうするの?」
「知りませんよ、そんなこと」
「せめて今月だけ。今月だけでも仕送りしてちょうだいね。いいでしょ」
「なら、お母さんから頂いた自転車…」
「自転車?」
「あれをお返しします。あ、確か着払いもできたはずですよ。ウーバーでも初めて見てはいかがでしょうか」
一ヶ月後。
「り子、これから帰るけど、ノアはもう寝ちゃったよ」
「でも、夜中になったらまた起きるんじゃないかな」
「昨日はり子が夜対応してくれたろ。明日は俺、休みだし、今日は俺がやるよ」
「本当にありがとう」
「これくらいはな」
「そういえば、今日のお昼にね、親戚のおばさんから連絡があったよ」
「また粉ミルクを送ってくれるのか?」
「それもだけど、お母さんのこと。母さん、家賃が払えなかったのは知ってたけど、もしかしておばさんのとこに…みたいけど、全然働く様子も見せなかったらしくてね。さすがに迷惑だからって、追い出したって」
「それで今はボロアパートを借りて、パートしてるってさ」
「あのボロ自転車が、今じゃ愛車になってるみたいよ」
「なんだそりゃ。てか、兄貴の方は離婚したんだと」
「あ、やっぱり。子供生まれたばかりなのに、身の丈に合わない車のローン。それで激怒されたんだって」
「まあ、でしょうね、って感じだね。今まで直樹に請求してたツケを払っただけだもんな」
「そうかもな。なあ、明日さ、親父の墓参りに行かないか?」
「お父さんの?もちろんいいけど。その時期じゃないけど…」
「お盆とかじゃないけど、ノアが生まれたろ。その報告をしたいんだ」
「そっか。そういえば、忙しくていけてなかったね」
「親父に改めて紹介したいんだよ。俺が本当の意味で大事にしたい家族ができたぞって」
「お父さんとの約束は守ってくれるんでしょ?」
「当然だろ。俺はり子とノアを、これから先もずっと、一生大事にするよ」
「じゃあ、私も直樹とノアを一生大事にするからね」
その後、お母さんは今もあのボロ自転車に乗り、ボロアパートとパート先を往復する日々を送っています。「中卒の嫁にはこれがお似合い」そう笑っていましたが、きっと私以上にあの自転車が似合っていることでしょう。今後も地面とランデブーしない範囲で乗り回して欲しいものです。地面の方が、お母さんとのランデブーは嫌でしょうからね。
お兄さんはといえば、離婚後は借金返済の日々なんだとか。月十五万のローンに加え、子供の養育費を月に五万。合計で毎月二十万の支払いに頭を抱えているそうです。車の売却も、完済前は売却禁止という契約があって、できないとか。結局、支えてくれる家族を失い、残ったのは返済と車だけ。今となっては、その支払いを共同で払ってくれる相手もいなくなったようです。
私が今回の件で痛感したのは、家族とどう向き合うか。それがその家族の形や行く末を決めるということです。血が繋がっているかどうかとか、そんなことは些細な問題です。夫婦なんて、元から血のつながりのない他人同士なんですから。だからこそ、相手を思いやり、尊重し合うこと。都合よく利用するだけの関係は、必ず破綻します。
「お父さん、これが俺の大事な家族だよ」そう誇らしげに紹介してくれた直樹には、負けないよう。私も直樹とノアを心の底から大事に、そして愛していこうと思います。
