「母さん、もう実家に着いたわよね。いない間に決めてしまって申し訳ないんだけど、家を売ることになったから。」その電話が、すべての始まりだった。里帰り出産のため実家に戻ったばかりの私は、携帯を握る手に力が入った。「売るって、何言ってるんですか?」しかし義母は「この家の名義は今は私。同居に拒否権なんてないでしょ」と冷たく言い放ち、挙げ句「あなたの荷物なんて、いらないものばっかりでしょ。全部燃やしち…

「母さん、もう実家に着いたわよね。いない間に決めてしまって申し訳ないんだけど、家を売ることになったから。」その電話が、すべての始まりだった。里帰り出産のため実家に戻ったばかりの私は、携帯を握る手に力が入った。「売るって、何言ってるんですか?」しかし義母は「この家の名義は今は私。同居に拒否権なんてないでしょ」と冷たく言い放ち、挙げ句「あなたの荷物なんて、いらないものばっかりでしょ。全部燃やしち...

「母さん、もう実家に着いたわよね。いない間に決めてしまって申し訳ないんだけど、家を売ることになったから。」

その電話の内容が、すべての始まりだった。里帰り出産のため実家に戻ったばかりの美咲は、携帯電話を握る手に力が入った。

「売るって、何言ってるんですか? 冗談ですよね。」

「冗談じゃないわよ。本気よ。それに、この家の名義は今は私。同居に拒否権なんてないでしょ。」

「それはそうですけど…でも私、何も準備してませんよ。それに子供も生まれますし、引っ越しのお手伝いはできないと思いますが。」

「あなたの荷物なんて、いらないものばっかりでしょ。全部処分するとかできないの? 」

「それは無理ですって。」

「めんどくさいわね。全部燃やしちゃえば早いかしら。」

「敷地内で巨大キャンプファイヤーをしないでください。それに、私のものを燃やされるのも困ります。」

「もう、ああ言えばこう言う。燃やしちゃダメって言うけど、ゴミ捨てだってお金がかかるのよ。大変なんだから。」

「そもそも、なんで全部捨てるって発想になるんですか? 」

「何よ。母の言うことに逆らうの?

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同居させてもらってる分際で、随分生意気になったわね。」

「こっちは里帰り中にいきなり家を売るって言われてるんですよ。私がいない間に決めるなんて。」

「あなたに聞く必要はないから、いつ決めてもいいじゃない。嫁のくせに、対等に扱ってもらおうなんておこがましいわね。」

数時間後、夫の達也から連絡が来た。

「美咲、母さんから聞いたよな。家を売る話。荷物とか、どうしても捨てて欲しくないのだけ後で教えてくれ。それ以外は処分するから。」

「え? 達也も知ってたの? 」

「そりゃ、母さん一人じゃ決められないだろう。」

「いや、なんで私に何も言わなかったの? 荷物だって、言ってくれたらまとめておいたし。」

「言っても反対するだろう。だから先に決めたんだよ。」

「こっちは出産を控えてるのよ。なんでこのタイミングで?

「家もボロいし、広い方が子供のためだろう。」

「それはそうかもだけど…本当はもう少し早く家を売るつもりだったんだよ。でも、ほら、妊娠しただろう。妊娠初期はストレスをかけたらダメだって、母さんも配慮してくれたんだ。感謝しろよ。」

「あなたが私に配慮したことなんて、ないでしょ。自分の行動をよく思い返しなさいよ。それに、確かに妊娠初期もすごくデリケートだけど、生まれてからも大変だし、赤ちゃんだって外に出られないのよ。新しい環境に慣れない中で子育てなんて…」

「それはお前の努力不足だろ。それに、新しい環境がとか言い訳してるけど、子供が生まれた時点で環境は変わるんだし。」

「なんで生んでもないあなたがそれを言うのよ。」

「事実を言ってるだけだろ。とにかく、お前は俺たちの決めたことに従ってればいいんだよ。それに、もし何かあってもお前の実家がついてるし。」

「それはそうだけど、あまりに勝手すぎるわ。赤ちゃんのこと、何も考えてないわけ? 」

「考えてるから広い家にしたんだろう。とにかく、家を売るのは決定事項だ。お前はお産もあるんだし、そっちに集中しろよな。」

美咲は唇を噛んだ。話し合いにならない。この家に来てから、ずっとそうだった。

一週間後、美咲は無事に女の子を出産した。義母から連絡が来た。

「美咲さん、達也から聞いたわ。無事に生まれたみたいね。おめでとう。」

「ありがとうございます。母子ともに元気です。」

「それは良かったわ。そんな時なんだけど、ちょっと報告があるのよ。」

「はい。何でしょうか? 」

「あなたの里帰り中に、家を売りに出して引っ越したわ。」

「え? 」

「え?

じゃないわよ。なんでそんなに驚いてるの? 事前に売るって言っておいたわよね。」

「いや、聞いてましたけど…このタイミングで本当に売ったんですか? 」

「売ったわよ。」

「てっきり、私が帰ってきた後の話かと…」

「そんなことしたら、あなた絶対反対するし。生まれてすぐの孫がいるのに、揉め事なんて立てちゃダメでしょ。なんでそういうところは常識的なんですか? 」

「でもね、前の家は三千万円で売れたのよ。すごいでしょ。」

「あ、あの家が三千万…」

「これでローンも少しは返せるわ。ああ、それとあなたの荷物ね。捨てようと思ったんだけど、処分費用がもったいないし。あなたの荷物、思ったより少なかったから、新居に運んでおいてあげたわ。感謝してよね。」

「そこは感謝しますが、感謝よりも驚きの感情が強すぎてですね…というか、新しい家ってどこに建てたんですか?

「ああ、教えてなかったわね。それなんだけど、ローンを払うなら新住所を教えてあげるわよ。」

「はい? 」

「だから、あなたがローンを払うなら教えてあげる。」

「いや、見えてますけど…ローンって、あの…」

「何の家のローンに決まってるでしょう? 月十万円、払えるわよね。あなた、稼いでるんだから当然でしょ。」

「そりゃそれなりには働いてますけど…」

「同居人なんだし、あなたは住まわせてもらってる立場なんだから。払うのは当然よ。まさか、お金も払わずに住むつもり? 」

「そんなつもりはないですけど…少し考えさせてください。」

「考える?

家に帰るのに、何を考えることがあるんだ? 」

美咲は電話を切った。こっちはどんな家に住むかも知らない状態なのに。新住所すら教えてもらえないのに。

その日の夜、達也からも電話があった。

「おい、美咲。なんか母さんにごねてるみたいだな。家にはお前も住むんだし、払えよ。俺たちのためなんだから。」

「そりゃ同居するなら払うわよ。でも、お金を払わないと家を教えないって…そんなの健全なやり取りとは思えないわ。それに、これじゃあ強制じゃない? 」

「お前に相談しても、どうせグダグダ言うだろう。だから先に決めたんだよ。文句言うな。子供もいるのに、夫を立てるってこともできねえの? 金さえ出せば円満に暮らせるんだから。そうしろよ。」

「なら、あなたが払えばいいじゃない。私だって育休で給料は下がるのよ。」

「はあ?

何、口応えしてんの? お前はただ子育てして、俺たちの機嫌を取ればいいんだろ。」

「そう。やっぱりあなたはお母さんの味方なのね。子供が生まれたら父親らしくなるかと思ったけど…そんなことなかったわ。」

「何言ってんだお前? 意味わかんねえ。」

数日後、美咲は義母に電話をした。

「お母さん、住所の件は置いといて。一体どんな家を買ったんですか? 新しい家のローンについても、もう少し詳しく教えてもらいたくて。」

「あら、美咲さん。家の話なのに随分遅いじゃない?

「赤ちゃんの面倒で、それどころじゃなくて…」

「まあ、産褥期は大変だものね。それで家のことだけど、駅近の便利な中古マンションを買ったのよ。」

「中古ですか? 」

「でもリフォームもしていたし、快適なのよ。やっぱり新しい家っていいわ。防音対策もしてるから、赤ちゃんが泣いても大丈夫だそうよ。」

「設備はいいんですね。」

「当たり前よ。せっかく住むなら、お金をかけないと。でも、その頭金はどこから? 」

「そんなの関係ないでしょ。あなたはローンを払うだけでいいのよ。」

「自分で払ったとは、言わないんですね。」

「え? 」

「いえ、なんでもないです。」

その日の夜、また達也から電話があった。

「美咲、お前いつまで母さんを待たせるんだよ。早く払うって言えっての。」

「ちょっと待って。出産したばかりだし、色々考えることがあるの。」

「何を考えることがあるんだ?

子供のためにも家は必要だろ。」

「それはそうだけど…やっぱり納得いかないわ。」

「お前が払うのは当然だろう。家族なんだから。」

「家族なら、あなたが払えばいいじゃない。前もそう言ったわよね。私がローンを払う理由を、家族って理由以外でちゃんと説明してくれない? 」

「そんなのお前が無職になるからに決まってるだろう。育休で働けなくなる。今後収入は俺の方が上になるのは分かるだろう。」

「ねえ、そうね。働いてないんだからそうなるわ。」

「つまり、俺の方が偉い。」

「え? だからなんでそうなるの? 確かに働いてお金を稼いでくれることも家族のためよ。でも、赤ちゃんがいる中で、あなたが今まで通り働けるのは、家のことをするパートナーがいるからでしょ。」

「うるさいなあ。無職のくせに偉そうに言うな。」

「何言ってるの?

本気? 」

「いいか。これは決まったことなんだ。お前は従えばいいんだよ。金も払えないくせに意見するとか、生意気すぎだろ。」

美咲は深く息を吐いた。その言葉で、すべてが腑に落ちた。

「そっか。それがあなたの本心ね。私のことは見下してて、お金を払えない奴に価値はないと。」

「世の中、金がないと惨めな思いをするからな。稼げない奴は底辺なんだよ。」

一週間後、義母からLINEが届いた。

「美咲さん、いつまで実家でのんびりしてるの? 早く戻ってきてちょうだい。家事もあるし、私の世話もあるでしょ。」

「まだ産後一ヶ月も経ってないんですけど。大人の面倒まで見てる余裕はないです。」

「産後なんて関係ないわよ。昔の人はすぐ働いてたんだから、甘えないでちょうだい。それに、ローンの引き落としもあるんだから。こっちに来たくないなら、せめて口座だけでも教えてちょうだい。」

「いや、住んでもいない家のローンなんて払いませんよ。もういい加減にして。」

「あなたが払わないなら、こっちにも考えがあるから。」

「考え? 」

「子供を育てられないような環境にいる母親なんて、親権も怪しいわよね。」

「あの、今実家で絶賛子育て中ですけど。そもそも、あなた子家庭育ちでしょ?

「そうですね。家庭です。」

「つまり、まともな家庭で育っていないでしょ。は。そんなあなたがまともな子育てできるのかしら? 心配だわ。」

美咲はスマホの画面をじっと見つめた。今、必死で授乳もやって、母に手を借りながらも子育てしている。それがまともではないと。

「今、私の家庭まで馬鹿にしましたね。」

「まともじゃないじゃない。だって、家のローンを払いたくないって駄々をこねて、家に帰ろうともしてないし。家でものつもりまともなら、早々に帰ってくるわよ。だから早く帰ってきなさい。口座も教えてね。」

「もう結構です。さよなら。」

「誰があんたのところになんか帰るか。クソババア。」

「え? クソババア? なんてことを言うのよ。」

「そのままの意味です。」

美咲はLINEを閉じた。ああ、疲れた。自分が優位に立つために、仕方なく今までこのくだらないやり取りをしてきた。でも、もうストレスが溜まりまくって限界だった。

その翌日、義母から着信があった。美咲は静かに電話に出た。

「誰が同居なんてするもんですか。」

「一緒に住みたくないってこと?

「はい。それに、ローンも払う義理はないので。」

「義理がないって…家族でしょ。家族なんだから協力するのは当然よ。」

「家族ですか? お母さん、ついさっき言いましたよね。まともな子育てができるのか心配だって。」

「ええ、そうよ。現に義母に暴言を吐いたじゃない。」

「ああ、それは日頃の恨みをほんの少しこぼしただけです。普段、暴言なんて私、言ってませんよね。お母さんと違って。」

「え? 私だってそんなこと言わないわよ。」

「なあ、自覚ないんですか? そうですよね。お母さんは性格が終わってるので。」

「はあ?

なんですって。」

「あのですね、私もお母さん同様、とても心配なんです。お母さんとこの子を合わせるのが。」

「家族は支え合うのが当然と言いましたけど、私のこと家族と思ってないですよね。だって、お金を渡さないと住所すら教えてもらえないんですから。」

「それはそういう意味じゃなくて、住むならお金を払えって言ってるの。」

「勝手に家を売って同居先をなくしておいて、お金を払わないと家すら分からない。そんな状況で、どうして納得すると思ったんですか? 」

「それはあんたのためを思ってのことよ。子供も生まれるんだから、新しい広い家の方がいいでしょ。」

「なるほど。では、私も子供のことを思って、勝手に決めさせてもらいました。」

「何を勝手に決めたのよ? 」

「離婚です。」

「離婚? 何言ってるの?

勝手に決めないでよ。達也はどうなるの? 」

「私たち夫婦のことですので、お母さんに何か言われる筋合いはないです。大体ね、離婚届なんて準備できないでしょ。達也が書くわけないもの。」

「あれ? 覚えてません? もう書いてますよ、離婚届。」

「ああ、暴言を吐いたことも自覚してない。お母さんは忘れちゃいましたよね。達也と妊娠中に大喧嘩して、『嫌なら書け』って脅して書かせた離婚届の存在なんて。」

「あ、あの時の…」

「お母さんもその場でニヤニヤしながら、『息子に捨てられたらお腹の子が大変よね』とか、『嫁が夫に逆らうなんて躾がなってない』とか、『恥を知れ』とか、散々言ってきましたよね。」

「そんなことまでは言ってないわ。」

「録音もありますけど。」

「録音?

「そりゃ、証拠になりますので。いや、苦労しましたよ。一番難易度が高かったのは、お腹の子を守りながら離婚届にサインをさせることだったので。最悪、離婚調停に持ち込んでも大丈夫なくらい証拠は集めてましたけど、やっぱり書類って大事ですからね。」

「証拠だ…ちょっと待って。あなた、まさか最初から離婚するつもりだったの? 」

「全部、ずっと前から用意してたんです。でも、普通に離婚したいと言って逆上させたら、お腹の子が危険でした。だから、もう頂点しかないって。従順な嫁を演じながら、ずっと証拠を集めてました。あんな扱い、同居してからずっとされてたんですよ。離婚するに決まってるじゃないですか。」

「まあ、現実的に考えても、出産後じゃないと動けなかったので。それまではずっと耐えてましたよ。あ、そんなの気づいてませんでしたよね。大喧嘩した時に脅しで離婚届を書かされたことに、私がショックを受けてると思ったんでしょ? あの時は『そこまでするのか』って気持ちと『ようやく解放される』という気持ちで複雑でしたよ。」

「というわけで、達也の署名入りの離婚届、今から提出してきますね。弁護士にも相談しないといけないし、娘のお世話もあるので、しばらく返信できません。それでは。」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。話がついていけない。勝手なことするんじゃないわよ。」

翌日、深夜に義母から電話がかかってきた。

「あの、お母さん。深夜に鬼電するのはやめてもらえます? シンプルに迷惑なので。」

「あなたが電話に出ないからでしょ。」

「娘のお世話の方が優先なので。今、母に見てもらって時間を作りました。あの、それでご用件は?

「離婚の件よ。それに弁護士ってどういうこと? 」

「ああ、それですか。離婚については、離婚届に達也もサインをしていたので、昨日提出して受理されましたよ。」

「なんですって? 出したって言うの? 」

「サインをしたということは同意したということです。なので出しました。文句があるなら弁護士にどうぞ。」

「弁護士?

そんなの間に? 」

「妊娠初期から相談してました。色々と記録も取ってましたし、お母さんからの暴言LINEも全部保存してありますよ。今まで従順な嫁がいきなりこんなことしてきて驚くのも無理はないですが、あれ全部演技なので、私の本心だと思わないでくださいね。」

「そんな…」

「いやあ、それにしても、証拠集めとはいえ、何でも『はい、はい』って言うこと聞いてたのに、それでもまだ罵倒し続けるって、なかなかでしたよ。」

「あれはちょっとした冗談というか、嫁の躾よ。それに、あんたも何も文句言わなかったじゃない。嫌なら言えばよかったのに。」

「文句を言わなかったイコール許可したってことにはなりませんよ。ただ我慢してただけです。それに、最初は嫌と言っていましたよ。でも、反論するたびに『ダメ嫁』『義母に逆らうなんてありえない』と家で暴れ回られて、手に負えませんでした。だから、身を守るために我慢するしかなかったんです。」

「でも、急に態度を変えるなんておかしいでしょう。」

「だから、全部演技ですってば。それにおかしいのは、お母さんたちの方ですよ。相談なく勝手に家を売って、払えって。それこそおかしいでしょ。なので、ローンはあなたたちが勝手に払ってくださいね。そもそも、私の名義でもないので。」

「そんなの許さないわよ。」

「お母さんがいくら文句を言っても、所有者がお母さんか達也の時点で、お金を払うのはどちらかなんです。それこそ、文句があるなら不動産屋に行ったらどうですか? どうせ追い返されますけど。」

その日の昼、達也から電話があった。

「美咲、ふざけんなよ。勝手に離婚届を出すとか、何考えてんだ? 」

「勝手に?

達也が『嫌なら書け』って脅して書かせたんだよね。しかも、妊娠初期のとてもデリケートな時期に。」

「あれは冗談だっただろう。本気にするなよ。」

「冗談には聞こえなかったよ。それに、冗談で離婚届を書くなんておかしいでしょ。」

「離婚する理由なんてないだろ。俺が何したって言うんだよ。」

「え、自覚ないの? わあ、その辺本当に親子そっくりね。」

「なんだと? 」

「それじゃあ、自覚のない達也に今、丁寧に理由を教えてあげる。まずは精神的DVね。お母さんの暴言を放置して、私より母親を優先して、妊娠中に脅迫。さらにはローンまで払わせようとした挙げ句、無職の世話で見下してきた。これは十分DVになるって。」

「いや、でも俺はお前のこと大事にしてただろう。」

「大事に? 私が妊娠中に悪阻で苦しんでた時、お母さんの嫌みに耐えかねて泣きながら、同居したくないって言ったわよね。その時、何て言ったっけ、あなた?

「う…そんなの俺の方から母さんに言うって言ったじゃん。」

「そうね。言ったわ。でもその前に、『母さんを大事にしろ』『お前の態度が悪い』『嫁のくせに義母を敬えないとか終わってる』『こんな母親もって子供がかわいそうだ』って。そんなことを一時間以上も言い続けてたのは、忘れてるみたいね。」

「そんなこと言ってねえよ。」

「録音してたわよ。まあ、自覚はないでしょうね。だって、あなたが私に言った暴言を、あなたは当たり前の正しいものって思い込んでたもの。」

「そんな昔のこと、いちいち言ってくるなよ。」

「そりゃ確かにあの時は悪かったよ。でも、今はお前のことも大事だって。」

「そうだったの? へえ。全然大事にされてないけど。出産報告した時も、『家のローン払えよ』が最初の言葉だったのに。これのどこが大事にしてたの? 『出産お疲れ様』とか体調の気遣いとか、そんなこと全く一つも見なかったのに。」

「それは…」

「あのさ、私がどれだけ我慢してたか分かる? お母さんに毎日罵倒されて、達也は何もしてくれなくて、妊娠中も脅されて。それでも、子供のために耐えてたの。でも、もう限界。あなたたちとはもう関わりたくない。慰謝料と養育費だけ払って消えてほしいくらいよ。」

「慰謝料なんて…」

「聞いてた。あなたがやってたことは精神的DVになるの。だからDVの慰謝料を請求するわ。ああ、それと夫婦共有財産の横領分もしっかり請求するから。」

「横領?

そんなことしてねえよ。」

「え? 私に何の断りもなく貯金を勝手に使ったわよね。マンションを買う頭金として。」

「それは…」

「お母さん、頭金を自分で払ったとは言ってなかったの。それで調べてみたら、貯金がごっそりなくなってたわ。引き落としたのはあなたでしょうけど、私に無断で五百万円使ったってことには変わりない。それも請求するから。通帳のコピーもあるわよ。」

「そんな五百万なんて、すぐに払えないって。」

「ちょっと勘違いしないでよ。それプラス、慰謝料と養育費もあるんだから。」

数時間後、義母から電話がかかってきた。

「美咲さん、ちょっと落ち着きなさいよ。話し合えば分かり合えるから。今は赤ちゃんのお世話で忙しいんでしょ。きっと気が立ってるのよ。」

「話し合い? そんなのするわけないでしょ。私が辛くてお母さんに話そうとした時は『黙ってろ』って言われましたし。今更、話し合いなんて遅いです。」

「でも、家族じゃない。嫁は義母に従うものだし、逆らうなんて会わないのよ。それに、稼ぎだって子育てを始めたらほぼなくなるでしょ。こんなことして後悔するわよ。」

「家族? お母さんは私を家族扱いしませんでしたよね。」

「してるわよ。だから家まで買ったのよ。」

「本気でうんざりするんですけど。達也にも言いましたけど、本当、親子揃って同じことばっかり。家族と思ってるなら、どうして生まれた子のことを何も聞かないんですか?

あ、それは結局、お母さんたちは私のことを、金を生むか家事をするかの便利屋くらいにしか思ってませんよね。それは家族じゃないので、私も容赦しません。お母さんも慰謝料の対象ですから。しっかり請求させてもらいます。」

「そんな…そんなお金ないわよ。」

「でしょうね。だからローンを私に払わせようとした。自分たちは払うつもりなんて、二人ともないくせに。」

「お願いだから、せめてローンだけでも。このままじゃ私たち生活できないのよ。私たちを見捨てるの? お願いよ。」

「今更ですね。…わかりました。少し考えてみます。」

「本当? ありがとう、美咲さん。やっぱりあなたは優しい子ね。」

「ただし、条件があります。」

「条件? 何でも聞くわ。」

「家が本当に三千万円で売れたのか、証拠を見せてください。売買契約書とかでいいです。もちろん、その売れたお金で家を買って、払いきれなかった金額をローン組んでるんですよね。」

「え、それは分かってますよ。」

「三千万で売れたって嘘ですよね。あんな家がそんな金額で売れるとは思えません。つまり、ローンの割合はかなり多い。月十万じゃ収まらないんでしょ。」

「それは…」

「そのだから、今まさに私に泣きついてるんですよね。月の支払い額がとんでもないから。月十万って嘘をついて、引き落とし口座を私にすれば、強制的に支払わせられますものね。そんな人のローン、払うわけないですよ。」

ガチャ。電話が切れた。

その日の夜、達也からも電話があった。

「美咲、母さんが困ってるんだ。頼むから協力してくれよ。」

「協力?

なんで私が。」

「家族だろ。」

「もう離婚してますが。」

「でも子供もいるんだし、やり直そう。なあ。」

「その子供のこと、一言も聞かないよね。生まれてから一度も。そんな人を家族と言えるかしら。」

「それは…」

「なあ、これ、お母さんにも言ったわ。本当、そっくりね。嫌なところ全部。まあ、あなたの場合、会いに来ようともしなかったから、お母さんより最低だけど。」

「仕事が忙しくて…でも、家を売る計画は立てられたんだ。子供より家が大事だったんだね。」

「そういう意味じゃ…」

「頼むよ。嫌なところは全部直すから。こんな急に話を進められても困るって。」

「急だと思ってんの? 笑っちゃうわ。」

「ど、どういう意味だよ。」

「あのさ、引っ越したんでしょ? その時、お母さん言ってなかった? 『荷物が少なかった』って。荷物?

そういえば少なかったな。」

「私の大事なものは全部、里帰り前に実家に送ってたの。お母さんたちが見たのは、どうでもいい服とか雑貨だけよ。」

「え、じゃあ最初から…」

「そう。最初から離婚するつもりだったの。里帰り出産も離婚準備の一環。妊娠初期から弁護士にも相談してたし、新しい住まいももう確保してあるってわけ。急なんかじゃないのよ。急だと思ってるのは、あなたたちだけってわけ。」

「はあ。新しい住まいって…育児してたら収入が下がるはずだろう。なんでそんなの用意できてるんだよ。大体、金もないのに子育てなんて無理だろう。」

「実母が預かってくれるし、在宅勤務可能なの。だから収入は下がらないわ。それじゃ、育休で仕事しないっていうのは、嘘に決まってるでしょ。こっちは子供を育てるって覚悟を決めてたの。でも、今まで通り。あなたたちがいない分、快適に生活できるでしょうね。」

「全部計算してたのか…でも、俺はお前のことを愛してたんだぞ。」

「愛してた? じゃあなんで、私より母親を優先したの? 」

「母さんは一人だったし。」

「私も一人だったよ。この家で、味方もいなくて、毎日罵倒されて。でも、達也は母親の味方しかしなかった。私が妊娠して苦しんでた時、『母さんを大事にしろ』って言ったよね。出産報告より家の話を優先したよね。それが愛してるってこと? 」

「それは…」

「でも離婚届は、脅して書かせたわけじゃない。お前が自分で書いたんだろ。」

「『嫌なら書け』って言ったよね。録音あるけど、聞く?

「それは勢いで…」

「勢いでも脅迫は脅迫だよ。それに、妊娠中の妻に対して『離婚しろ』って迫るのは、どう考えたって許されることじゃないでしょ。それと、お母さんの暴言を二年間放置したのも共犯だからね。同居してて知らなかったとは言わせないよ。最初の頃は相談してたし。」

「俺は知らなかったわけじゃないけど…母親も大事って分かるだろう。」

「私は達也の妻じゃなくて、お母さんの家政府だったものね。そりゃ母親の方が大事か。つもりじゃなくても、やったことは同じだよ。達也は私を守らなかった。それどころか、一緒になって私を追い詰めた。もう無理。これ以上、あなたたちとは一緒にいられない。私はこの子を守るわ。あなたなんかに合わせないから。」

「分かったよ。俺が悪かった。母さんのことばっかり優先してたのは認める。認めるから、やり直させてくれよ。」

「今更、そんな言葉を信じると思う? 」

「反省してる。母さんとも距離を置くから。もう一度やり直そう。頼むよ。」

「本当に? 」

「本当だ。お前の言うこと、ちゃんと聞くから。だから戻ってきてくれよ。」

「ローンはどうするの? もう買っちゃったんでしょ?

「ローンのことも俺が何とかするから。」

「そう。分かった。そこまで言うなら、考えておく。」

「ありがとう。やっぱりお前は優しいな。絶対後悔させないから。」

「お母さんと同じ反応するのね。」

翌日、美咲から達也にLINEが届いた。

「達也、一日考えたわ。考えた結果を伝えるね。」

「戻ってきてくれるんだな。」

「やっぱり無理。」

「え? どういうことだよ。俺のこと騙したのか? 」

「達也、覚えてる? 『お前は黙って従ってればいいんだよ』って言ったこと。それは今度は私が言うね。達也は黙って慰謝料を払ってればいいんだよ。」

「ふざけんなよ。そんなの納得いかねえ。」

「ふざけてないよ。達也がしてきたことをそのまま返してるだけ。それだけのことをしておいて、よく許してもらえると思えたわね。その時点で私のこと舐めてるのよ。ふざけんじゃないわ。許せるはずないでしょ。もうこれから先は、弁護士を通してしか話さない。あなたと会話する価値もないわ。」

「待てよ。話し合おう、なあ。返事してくれよ。」

数ヶ月後、義母から電話がかかってきた。

「美咲さん、助けて。家が売れたお金じゃ全然足りなくて、新居のローンが払えないの。」

「これはこれは、元お母さん。お久しぶりです。随分大変そうですね。そういえば、実際いくらで家は売れていたんですか?

「実は家が千二百万円でしか売れなくて…三千万円って不動産屋に言われてたのに。」

「そうなんですね。まあ、一千万以上で売れたんですから、いいんじゃないですか。それで、私に何か用ですか? 」

「お願い。少しだけでいいから助けて。」

「お母さん、覚えてますか? 『ローンを払うなら新住所を教えてあげるわよ』って言いましたよね。それは今度は私が言いますね。お金が欲しいなら土下座して頭を下げてください。…なんて、冗談です。土下座されても、一円も出しませんから。そんなことより、慰謝料の請求書がもうすぐ届きますよ。二年間の精神的DVの分、たっぷり請求させてもらいますね。ああ、払えないなら財産を差し押さえますから。」

「そんな…私には払えないわ。」

「お母さんの意見なんてどうでもいいんです。黙って弁護士の言うことを聞いてください。私にもそうやって言うことを聞かせてたんですから。次はお母さんの番ですね。」

その後、義母と達也は新居のローンが払えず、家を手放して安アパートに引っ越した。しかし、慰謝料の支払いは残る。達也も慰謝料と養育費、それに母親の生活費に追われ、生活はカツカツ。毎日、見切り品やカップ麺でしのぐ生活に、二人の関係も悪化。今では毎日喧嘩ばかりしているそうだ。もちろん、あんな二人のことだから、誰も助けてくれない。そんな状態でも支え合わなければならない地獄が待っている。

一方の美咲は、仕事に復帰し、母親のサポートを受けながら、子供と幸せに暮らしている。二年も我慢するなんてと母には心配されたが、そのおかげでこの生活がある。だから、あの二年は無駄じゃなかった。子供を守るためにかけた時間だと、今は思える。