あの電話は、夫の四十九日の準備をしていた午後に来た。「今年のお盆は来ないでほしいの。身内だけで集まることにしたから」義妹のみち子の声は、まるで天気の話でもするように軽かった。夫が亡くなって、まだ四か月。私は夫のいない最初のお盆を、夫の家族と過ごすものだと思っていた。なのに、その数秒後、彼女はこう続けた。「ああ、でも料理は十五人分お願いね。十一時までに、うちの玄関へ置いておいて」私は聞き返した…

あの電話は、夫の四十九日の準備をしていた午後に来た。「今年のお盆は来ないでほしいの。身内だけで集まることにしたから」義妹のみち子の声は、まるで天気の話でもするように軽かった。夫が亡くなって、まだ四か月。私は夫のいない最初のお盆を、夫の家族と過ごすものだと思っていた。なのに、その数秒後、彼女はこう続けた。「ああ、でも料理は十五人分お願いね。十一時までに、うちの玄関へ置いておいて」私は聞き返した...

今年のお盆は来ないでほしいの。身内だけで集まることにしたから。

夫の妹、みち子さんは電話口でそう言った。夫が亡くなって、まだ四か月しか経っていない。私は夫のいない最初のお盆を、夫の家族と一緒に過ごすものだと思っていた。けれど、みち子さんの言葉はそれだけでは終わらなかった。

「ああ、でも料理は十五人分お願いね。十一時までに、うちの玄関へ置いておいて」

私は聞き返した。

「え、どういうことですか?」

「どういうことって、そのままの意味よ。これからは兄弟とその子どもたちだけで集まることにしたの。娘のかおりちゃんは兄さんの子だから、もちろん来ていいわ。でも、私は兄さんもいないんだから、あなたはもう身内じゃないでしょ」

私は何と答えればいいのか分からなかった。

「じゃあ、料理はどうするんですか?」

「それは別よ。みんな、くみ子さんの料理を楽しみにしているし、毎年作ってきたでしょ。急に変えたら困るのよ」

胸の奥が、すーっと冷えていった。私は夫と一緒に二十一年間、あの人たちと付き合ってきた。けれど、夫が亡くなった途端、私は集まりから外され、料理だけを求められている。

「少し考えさせてください」

私がやっとそう言うと、みち子さんは不満そうに息を吐いた。

「考えるようなことじゃないでしょ。兄さんに二十一年も食べさせてもらったんだから。それくらい、最後の恩返しだと思って。詳しい人数は後で送るわ」

電話は一方的に切れた。

私の名前は高橋くみ子。五十四歳。夫と結婚したのは二十一年前だった。私は結婚後も働き続け、給料を家計へ入れてきた。みち子さんが言うように、夫に食べさせてもらっただけの二十一年ではない。

最初のお盆、夫の実家には十人を超える親族が集まった。台所では夫の母が一人で汗を流していた。私は袖をまくり、隣へ立った。

「何か手伝いましょうか?」

夫の母はほっとした顔で笑った。

「じゃあ、煮物を見てもらえる?」

それが始まりだった。翌年から、人数を聞き、買い物をし、料理を用意するのは私の役目になった。夫も無関心ではなかった。重いものは一緒に買いに行き、朝は車へ大皿を積み、帰りには空になった容器を運んでくれた。

「毎年すまないな」

そう言う夫に、私は笑って答えていた。

「みんなが喜んでくれるなら、それでいいの」

当時は本当にそう思っていた。けれど、十二年前、夫の母が集まりの準備をできなくなり、会場はみち子さんの家へ変わった。親族への連絡もみち子さんが引き受けた。それから、みち子さんは毎年、人数と受け取り時間だけを私へ送ってくるようになった。私は自宅で料理を作り、夫と二人で届けた。みち子さんは私たちが着くと大皿を受け取り、座敷の中央へ並べた。そして親族が揃うと、決まって挨拶した。

「今年もみんなのために準備しました。どうぞたくさん食べてください」

私は台所にいて、その言葉を背中で聞いていた。誰かがみち子さんへ言った。

「毎年ありがとう。みち子さんがまとめてくれるから助かるわ」

みち子さんは当然のように笑っていた。私は、会場を貸し、親族へ連絡してくれているのだからと思い、口を挟まなかった。夫もみち子さんを信頼していた。私たちは料理の材料費を自分たちの家計から出していた。一度だけ、夫がみち子さんへ聞いたことがある。

「人数が増えるなら、少し材料代を分けてもらえないか」

みち子さんはすぐに顔をしかめた。

「親戚からお金を取るなんて、みっともないことを言わないで。うちだって場所を出しているのよ」

夫はそれ以上、何も言わなかった。私も、年に一度のことだからと自分に言い聞かせた。

そんな夫が、四か月前、急な病気で亡くなった。葬儀の間、みち子さんは親族の前で何度も泣いた。

「これからは私が兄さんの代わりにみんなを支えます」

私はその言葉を、頼もしいとさえ思っていた。まさか、その四か月後、夫が亡くなったというだけで親族の席から外されるとは思わなかった。娘のかおりは、私たち夫婦の一人娘だ。二十七歳になる。

電話が切れて間もなく、みち子さんからメッセージが届いた。十五人分、午前十一時まで、料理は玄関で渡すこと。最後にはこう書かれていた。

「かおりちゃんは身内なので、そのまま参加してもらいます」

娘は身内。私は他人。けれど、私の料理だけは家族のもの。

私は台所へ行き、いつものように買い物リストを書き出そうとした。長年続けた習慣は、傷ついた心より先に手を動かそうとする。けれど、一行目を書いたところで手が止まった。

料理を渡した後、一人で帰る私を、夫は望むだろうか。

私は紙を破り、翌日、自分からみち子さんへ電話をかけた。

「料理のことですが、今回は作りません」

電話の向こうが静かになった。

「はあ? あんた、今何て言ったの?」

「私が出られない集まりの料理を、今まで通り用意することはできません」

「急にそんなことを言われたら、みんなが困るでしょ」

「急に関係を変えたのは、みち子さんですよね」

「兄さんがそんな身勝手なことを許さないわよ」

私は少し黙ってから答えた。

「なら、作らせておいて親族の集まりには参加させない、ということに、夫も賛成しないと思います」

声は震えていた。それでも、私が自分から電話を切った。その日のうちに、預かっていた大皿を洗い、翌朝、みち子さんの家へ送り、短い手紙を添えた。

「今後、親族の食事は、それを必要とする人たちで相談してください。今年の料理は用意しません。来年以降も、これまでのように一人で引き受けることはできません」

手紙を送った翌日の午後、知らない番号から電話が来た。出ると、夫の従弟、田辺さんだった。

「くみ子さん、急にすまない。ちょっと確認したいことがあるんだ」

「何でしょう?」

田辺さんは、言いにくそうに声を落とした。

「今年の料理だけど、毎年一万円払っているのに、どうしてさらに五千円必要なんだ?」

私はすぐには意味が分からなかった。

「料理?」

「ああ、七つの家から一万円ずつ。去年まではみち子さんの口座へ振り込んでいただろう」

「私は一度も受け取っていません」

今度は田辺さんが黙った。

「え……一度も?」

「はい。材料費は、夫と私が払っていました」

田辺さんの息を飲む音が聞こえた。少しして、私の携帯電話に一枚の画像が届いた。みち子さんが親族の連絡グループへ送った文章だった。

「今年はくみ子さんが材料費不足を理由に料理を作れないと言っています。いつもの一万円に加え、各家庭五千円ずつ追加でお願いします」

私は自分の目を疑った。その連絡グループに、夫と私は最初から入っていなかった。私が断った理由はお金ではない。みち子さんは私をのけ者にしたことを隠し、私が追加のお金を要求したことにしていた。

田辺さんはさらに、昔の画像も送ってくれた。十二年前、みち子さんが初めて料理を集めた時の文章だった。

「くみ子さんが作ってくださる料理の材料代として、一家庭一万円ずつお願いします。私がまとめてくみ子さんへ渡します」

そこには、はっきりそう書かれていた。

私は椅子へ座った。七つの家から一万円、一年で七万円。それを十二年間。合計八十四万円。みち子さんは、私の料理で親族から感謝されながら、私へ渡すはずのお金まで受け取っていた。

それでも、私はすぐにみち子さんへ電話をしなかった。怒りのまま問い詰めれば、また別の説明を作ると思ったからだ。私は田辺さんへ頼んだ。

「お願いがあります。他の皆さんにも、いつから、いくら、何のために払ったのか、確認させてください」

その夜から、私は親族へ一人ずつ連絡した。最初の人は言った。

「くみ子さんへ渡っていると思っていた」

次の人も言った。

「料理だから、当然あなたが受け取っているものだと」

ある人は古い通帳の振り込み欄を写真に撮って送ってくれた。ある人は、みち子さんから届いた毎年の連絡を残していた。年によって記録の残り方は違ったけれど、七つの家の記録を重ねると、十二年間の流れが繋がった。

私は自分の家計簿も出した。毎年お盆前になると、食費が数万円増えていた。夫が大皿を運ぶために車へ敷いた古い布も、押し入れに残っていた。その布を見た時、私は初めて泣いた。夫は、妹が親族から金を集めていることを知らなかった。知っていたら、私に自腹で作らせ続けなかっただろう。夫婦二人で家族のためだと思って差し出したものを、みち子さんは自分の金と手柄へ変えていたのだ。

私は十二年分の年月、振り込み額、送った家を一枚の紙へまとめた。最後に、みち子さんから私へ届いた文章を並べた。

「十五人分、費用はいつものようにそちらでお願いします」

これで、誰が金を払い、誰が料理を作り、誰が金と感謝を受け取っていたのかが一目で分かった。

証拠が揃った後で、私は娘のかおりへ事情を話した。かおりはしばらく何も言わなかった。それから、震える声で聞いた。

「お父さんも知らなかったの?」

「ええ。私たちは誰からも、料理代なんて受け取っていない」

かおりは拳を握った。

「みち子おばさんに、私が言う」

私は首を振った。

「ありがとう。でも、これは私が終わらせる」

かおりは私の顔を見つめ、ゆっくり頷いた。

その翌日、みち子さんから電話が来た。

「くみ子さん、全部作らなくていいから、煮物だけでも作りなさいよ」

「作りません」

「じゃあ、当日の盛り付けだけでも来て。みんなにはもう料理が出ると言ってあるの」

「私が材料費不足で断ったと伝えたそうですね」

みち子さんの口調が止まった。

「田辺さんから聞きました。毎年一万円、七つの家から、十二年間。私へ渡す料理代として集めていたそうですね」

「親族をまとめるには、お金がかかるのよ」

「では、何に使ったのか教えてください」

「細かいことまで覚えていないわよ。うちは場所を出したじゃない」

「私へ渡すと言って集めたお金ですよね」

「家族の中のお金でしょ。くみ子さんは、急にお金に細かくなったわね」

私はスマートフォンを握り直した。

「細かいとかの話じゃないです。あなたが嘘の理由で、私の名前を使っていたんです」

みち子さんは急に強い声を出した。

「皆が信用するのは私よ。十二年私が親族をまとめてきたんだから。あなたが騒いでも、兄さんを亡くした悲しみでおかしくなった人にしか見えないわ」

その言葉で、私の迷いは消えた。みち子さんが守りたいのは、八十四万円だけではない。親族の中心に座り、皆から頼られる自分の姿だった。

お盆の一週間前、毎年恒例の準備会がみち子さんの家で開かれた。田辺さんから連絡があった。

「料理は全員が関係する話です。くみ子さんも来てください」

私は自分で作った一覧と、印刷したメッセージを封筒へ入れた。かおりも一緒に行くと言ったけれど、私は先に一人で玄関を入った。私が座敷へ入ると、みち子さんの顔が強張った。

「どうしてくみ子さんがいるの? 今年は身内だけって言ったでしょ?」

私は答えた。

「私の名前で集めたお金の話です。本人がいない方がおかしいでしょう」

親族、七つの家から代表が一人ずつ来ていた。みち子さんは皆の顔を見ると、急に困ったような表情を作った。

「聞いてください。兄さんが亡くなってから、くみ子さんが急に料理を放棄したんです。だから今年は私が全部準備しなければならなくなって……」

私はみち子さんの言葉が終わるまで待った。それから、最初の一枚を机へ置いた。

「私は、身内だけで集まるから来ないで、と言われました」

みち子さんが目を見開いた。私は届いた文章を読み上げた。

「でも、十五人分の料理は十一時までに玄関へ置いておいて。費用はいつものようにそちらでお願いします」

座敷が静かになった。田辺さんがみち子さんへ聞いた。

「くみ子さんを呼ばないのに、料理だけ作らせるつもりだったの?」

「兄さんが亡くなったんだから、これからの集まり方を変えようと思っただけよ」

「それなら、どうして料理の分担は変えないの?」

みち子さんは答えなかった。私は二枚目の紙を出した。

「そして、皆さんには、私が材料費不足を理由に料理を断ったと伝え、追加で五千円ずつ集めようとしましたね」

「だって、代わりの料理を頼むにはお金がかかるじゃない」

「私が要求したように書いたのは、なぜですか?」

「言葉のあやよ」

「では、こちらも言い方の問題ですか?」

私は十二年分の一覧を机の中央へ置いた。

「七つの家から一万円ずつ、十二年間で八十四万円。皆さんは誰へ渡すためのお金だと説明されましたか?」

田辺さんがはっきり答えた。

「料理を作るくみ子さんへの材料代と聞いたぞ」

他の親族も次々と頷いた。

「私もそう聞いた」

「みち子さんがまとめて渡すって言ったわ」

「くみ子さんは、本当に一円も受け取っていないの?」

私は皆の顔を見た。

「一円も受け取っていません。材料は私の家計から買っていました」

私は自分の家計簿の写しと、みち子さんから届いた要求を並べた。

「費用は、いつものようにそちらで」

その一枚を見て、一人の親族が低い声で言った。

「私たちから金を集めて、くみ子さんには自腹で作らせていたのか」

みち子さんは慌てて首を振った。

「違うわ。うちは場所を提供してたじゃない。電気代や水道代、それに掃除だってあったでしょ」

田辺さんが自分のスマートフォンを見せた。

「ここに、『くみ子さんへ渡す材料代』と書いてある。場所代が必要なら、最初からそう言えばいいじゃないか」

別の親族も言った。

「飲み物やお供えは、毎年別に持ってきた。何に使ったのか説明して」

「そんな昔のこと、今さら全部分かるわけないでしょう」

「分からないお金を、今年も集めようとしたの」

逃げ道が一つずつ消えていった。みち子さんはとうとう私を睨んだ。

「くみ子さんが黙っていれば、こんな大事にはならなかったのよ」

私は静かに言った。

「身内ではない私に、あなたの嘘を守る義務はありません」

その時、座敷の襖が開いた。かおりが入ってきた。その隣には、みち子さんの娘もいた。二人は廊下で話を聞いていたのだ。みち子さんの娘が、母親へ言った。

「お母さん、くみ子おばさんを使用人みたいに扱って、そのお金まで取っていたの?」

「あなたには関係ない話を」

「関係あるよ。私はずっと、お母さんがみんなをまとめてくれてると思ってた。でも本当は、くみ子おばさんの料理と、中心にいるふりをしていただけじゃない」

みち子さんの顔から、初めて余裕が消えた。

「違う。私はみんなのために……」

「だったら、八十四万円を返して、何に使ったかも説明して」

娘にまでそう言われ、みち子さんは唇を震わせた。親族の一人が、皆を見回した。

「今年の集まりは、店にしよう。費用はそれぞれ自分で払う。誰か一人へ準備を押し付けるのも、金を預けるのもやめよう」

田辺さんが続けた。

「連絡係も、今日から交代します。事情と説明が終わるまで、みち子さんを今年の集まりへ呼ぶことはできません」

みち子さんが立ち上がった。

「私を外すっていうの? 私は身内を……」

田辺さんは首を横に振った。

「血が繋がっていれば、何をしても許されるわけじゃない」

みち子さんは今度、娘を見た。

「あなたは来るわよね。私の娘でしょ」

娘は目をそらさなかった。

「今年はお母さんとは行かない。自分のしたことを認めるまで、味方はできない」

みち子さんが、崩れるように座った。私を身内ではないと追い出し、親族の中心を独り占めしようとした人が、自分の娘を含む縁者から席を外された。

私は勝ち誇る言葉を口にしなかった。机の上の封筒を回収し、立ち上がった。

「私は十二年間のお金を返します。それと、二度と私の名前でお金を集めないでください」

それだけを伝え、かおりと一緒に家を出た。

二日後、みち子さんが私の家を訪ねてきた。私は玄関の扉を、少しだけ開けた。みち子さんは、以前のように胸を張っていなかった。

「お願い。みんなに、少し行き違いがあっただけだと言って」

「行き違いではありません」

「八十四万円は返すわ。だから、今年の集まりに私も呼ぶように言ってちょうだい」

「それを決めるのは私ではありません」

「くみ子さんから言えば、みんな聞くでしょ」

私はみち子さんを見た。

「あなたをのけ者にした時、私の言葉を聞きましたか?」

みち子さんは黙った。

「あなたが必要としているのは、親族の中心に戻るための口合わせでしょ」

みち子さんは、苦しまぎれに叫んだ。

「あんたのわがままで、家族をバラバラにしないでよ」

私は首を振った。

「家族の料理を十二年分取っていた人が、それを言うのですか」

みち子さんの目に涙が浮かんだ。けれど、私は扉を閉めた。夫のために守るべきものは、みち子さんの嘘ではない。夫と私が二十八年間、家族を大切にしようとした時間の方だった。

三週間後、私の口座へ八十四万円が振り込まれた。みち子さんは、自分の貯金から返したそうだ。親族の連絡係は、田辺さんを含む三人の持ち回りになり、金を集める時は目的と受け取る人を全員が確認することになった。

そして、お盆当日。親族は駅前の店に集まった。私の前には大皿も包丁もなかった。一人分の料理と、一人分の箸だけが置かれていた。田辺さんが皆を代表して頭を下げた。

「くみ子さん、今まで本当にごめんなさい。二十八年間、料理を作ってくれたのが誰か。私たちは見ようともしていなかった」

他の親族も続いた。

「毎年ありがとう。これからは、くみ子さんも準備する人ではなく、一緒に席を囲む人でいてください」

私はすぐには返事ができなかった。二十八年間、台所から聞いていた感謝の言葉が、初めて私の名前へ届いたのだ。

「ありがとうございます。でも、参加するかどうかは、その時の私が決めます」

田辺さんは笑った。

「もちろん、それでいいんです」

かおりが私の隣で、小さく頷いた。みち子さんの席はなかった。みち子さんの娘は参加していたが、母親の代わりに中心へ座ることはしなかった。料理を運び、空いた皿を下げる店の人へ、その都度きちんと頭を下げていた。

食事が終わると、私は自分のバッグだけを持って店を出た。片付けの時間を気にせず、明るいうちに帰るのは、結婚して初めてだった。

その翌週、私はかおりと二人で小さな温泉宿へ出かけた。毎年、お盆の前後は人数確認と買い物と料理で終わっていた。旅行へ誘われても、私はいつも断っていた。朝、宿の食堂でかおりが聞いた。

「お母さん、何を食べる?」

私は並んだ料理をゆっくり見た。十五人分の好みを考える必要はない。みち子さんの機嫌も、親族の到着時間も、気にしなくていい。

「今日は、私が食べたいものを食べちゃおうかな」

そう答えると、かおりが笑った。私も笑った。夫を思う気持ちは、十五人分の料理を作らなければ証明できないものではなかった。家族を大切にすることと、誰かの嘘や横領を黙って支えることは、同じではない。

二十八年で初めて、私のお盆は誰かの皿を満たす日ではなく、自分の時間を生きる夏になった。

私は今、幸せだ。ただ一つだけ、心に引っかかっていることがある。みち子さんの嘘を親族全員の前で明らかにする必要まであったのか。二人だけで話す道もあったのではないか。私のしたことは、本当に正しかったのだろうか。

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