ハワイの式場で、私は一人ドレスを着て待っていた。「ケン太、来ないの……?」電話の向こうで彼は「急に仕事が入った。また今度にしよう」とだけ言って、一方的に切った。昨日「先に行ってて」と送り出したのは、私を置き去りにするためだったなんて。その日、彼と義母は温泉旅行に行っていた。入籍しているから式は無駄、私のおばあちゃんが全額出すのが気に入らなかっただけ。おばあちゃんは静かに言った。「おばあちゃん…

ハワイの式場で、私は一人ドレスを着て待っていた。「ケン太、来ないの……?」電話の向こうで彼は「急に仕事が入った。また今度にしよう」とだけ言って、一方的に切った。昨日「先に行ってて」と送り出したのは、私を置き去りにするためだったなんて。その日、彼と義母は温泉旅行に行っていた。入籍しているから式は無駄、私のおばあちゃんが全額出すのが気に入らなかっただけ。おばあちゃんは静かに言った。「おばあちゃん...

おばあちゃんがハワイで結婚式をやりたいと言い出したとき、私は本当に驚いた。でもそれ以上に嬉しかった。おばあちゃんは昔から私と仲が良くて、私の結婚を誰よりも喜んでくれていた。

「おばあちゃん、ハワイ式の日程が決まったよ。おばあちゃんも招待したいんだけど、大丈夫?」

「そう、よかったわね。パスポートはあるから大丈夫よ」

「本当?良かった。すごく楽しみなの」

「それにしてもハワイなんてお金がかかるわね。全く贅沢だわ」

「そうだよね」

「だから費用はおばあちゃんが出す。その分、あんたたちは貯金しなさい」

「え?いやいや、何言ってるの?結婚式なんて私たちの自己満足なんだし」

「あんたは昔からお年玉ももらおうとしなかったでしょうが。おばあちゃんはお金を出したいのよ。経済を回してるんだからいいでしょ」

「でもさすがに全額は」

「そんなに気になるなら、結婚式で目いっぱい幸せな顔をしておばあちゃんを悔しがらせてみせな」

「本当にいいの?」

「お金は持ってるやつが使えばいいの。大体、おばあちゃんがお金を持ってても医療費に消えていくだけなんだから、少しくらいめでたいことに使わせなさい。もう大きなお金の使い道なんて、葬式くらいしかないんだから」

「もう、縁起でもないこと言わないでよ。でもありがとう、おばあちゃん。私が何を言ってもおばあちゃんは止まらないよね」

「なんだい、分かってるじゃない」

「だからありがたくもらうよ。その代わり、絶対幸せな顔を見せるからね」

「せいぜい楽しむんだよ。結婚式なんて人生に一度しかないんだから」

数日後、おばあちゃんのもとに一人の女性が訪ねてきた。夫の母親、みち子だった。

「鶴子さん、お久しぶりです」

「ああ、みち子さんかい。久しぶりだね。なかなかお会いする機会がありませんでしたね」

「それで、何か用かい?」

「その、息子から聞いたんです。結婚式の費用を全額負担してくださるそうで」

「ああ、その話か。私が勝手にやったことだよ。そちらが引け目を感じることもないし、後から引き合いに出すつもりもない。あまりそちらと関わる機会もないもんだからね」

「それにしても、結婚式の費用全額だなんて。まあ、お金持ちは違いますわね」

「別に、おばあちゃんの義務だからそうしてるだけだよ。お金を持ってる老人がお金を落とす方が世間のためだ」

「義務ですか?随分と余裕のあるお言葉で、羨ましいですわ。引退されてもそんなに余裕があるなんて」

「人生を引退したつもりはまだないよ。ま、社会的には引退してるけれどね」

「でも鶴子さんももうお年ですし、あまり無理なさらない方がいいですよ。孫に見栄を張って倒れたりしたら大変ですからね」

「ご心配なく。うちは庶民ですから、そんな贅沢はできませんけどね」

「成り上がりの方は派手好きで大変ですわね」

おばあちゃんは黙って、その言葉を受け流した。

その頃、家では母が息子に詰め寄っていた。

「ねえ、ケン太。ちょっと聞きたいんだけど」

「何、母さん?」

「本当に結婚式はハワイまで行く必要あるの?」

「え、それはまあ国内でもできるけど。でも弓が楽しみにしてるし、もう入籍したんだから結婚式なんてただのパフォーマンスよね」

「それなのにハワイだなんて」

「母さんもハワイがいいって言ってたじゃん」

「場所じゃなくてよ。あのババアの金で贅沢するなんて恥ずかしくないの?私、あの人嫌いなのよ。お金持ちって性格悪いし、見下されてるみたいでね。しかも自分のことを『ババア』とか言うのよ。きっとひん曲がった性格してるわ」

「それはまあ、癖は強いよね。確かになんか山ん場みたいだしさ」

「そうよ。きっと影で私たちのこと『貧乏人』って言って笑ってるに違いないわ」

「でももう決まっちゃったし、さすがに今からは変えられないよ」

「ちょっとそこをなんとかするのが、あんたの仕事でしょ」

「無茶言わないでくれよ」

おばあちゃんに相談した。

「おばあちゃん、あのさ。ちょっと愚痴というか相談なんだけど」

「なんだい」

「お母さんと仲良くやっていけるか不安なんだ。なんていうか、ほら、やっぱり母親だし、自分の子供が大切なのはみんなそうじゃん。私はよそ者だから」

「そうね。嫁姑問題はあるでしょうけど。ま、悪い人じゃないんじゃない?」

「そうかな。怖いんだけど」

「大丈夫よ。何かあったらおばあちゃんに言いなさい。年上だから、まあ話は聞いてくれるわ」

「うん、ありがとう」

翌日、母はまたケン太に迫った。

「ねえケン太、やっぱりハワイの結婚式はやめなさい」

「え?今更無理だよ。何言ってんの?」

「大丈夫よ。急に仕事が入ったって言えばいいわ。どうせもう入籍してるんだから、結婚式なんて必要ないもの」

「でも弓は絶対反対するって。そういうのめんどくさいし」

「弓はあんたの嫁なんだから、従うべきよ。それにあのババアに恥をかかせてやりましょう」

「なんでそんなに対抗心燃やしてるんだよ」

「あなたね、世の中お金なのよ。式のお金をあのババアが全部出してるなんて、今後私たちにでかい顔をするために決まってる。本当に嫁姑問題ってあるけど、それより目上の人がいたらみんな逆らえないのよ。あなた、いいの?ババアにいい顔しなくちゃいけないのよ。何でもかんでもババアの顔色をうかがわないといけないのよ」

「それは嫌だな。あのおばあさん、気難しそうだし」

「でしょ」

「でもさすがに式をやめるのはやばくないか?」

「大丈夫。子供ができれば完璧よ」

「子供?」

「そうよ。だから早く孫を作りなさい。そうすれば離婚なんて絶対できないから」

「母さん、離婚って」

「念のためよ。あのババアが何か言ってきても、子供がいれば強いわ。だってあなたは父親なんだから。発言権は一番上よ。なんせ親なんだから」

「それはそうだけど、お金持ちがいればみんなそいつの言うことしか聞かなくなる。立場が危うくなるわよ」

「いい?舐められたら終わり。あなたもそれは分かるでしょ。学校で散々いじめられたのはどうして?あなたが弱々しい態度を取って、相手に舐められたからでしょ。それはあなたが筋トレして、相手を喧嘩で負かしたらどうなった?いじめなんてなくなったでしょ」

「うん、確かに」

「最初が肝心なの。舐められないためにも、立場が上だって示さないと」

「そうだな、うん。やっぱり母さんの言う通りだよね。母さんが言うことは全部正しいもん。母さんに言われて強くなったら、俺は幸せになれたし、モテるようになったもんな」

「そうよ。母さんはあんたのために言ってるのよ。弓さんより母さんの方があんたのこと分かってるんだから」

「やっぱりハワイ式、キャンセルしましょう」

結婚式当日。ハワイの式場に、弓は一人でいた。ドレスを着て、待っても待ってもケン太は来ない。スマホに何度も電話をしても、LINEを送っても、既読さえつかない。

ようやく返ってきたのは、一本の電話だった。

「弓、ごめん。急に仕事が入って、行けなくなった」

「え、今日、結婚式なんだけど」

「どうしても外せない仕事があって。ごめん。本当に急で。また今度にしよう」

「今度って……じゃあじゃあないよ。もうみんな来てるよ。仕事って、今日結婚式って伝えてるよね。そんなので仕事が入るわけないじゃん」

「色々あるんだよ。仕方ないじゃんか」

「昨日『仕事が押してるから先行ってて』って言われたから、ハワイについてるし、あなたも来てるとばかり……」

「ねえ、ケン太。ケン太、返事してよ。ねえ」

電話は一方的に切られた。その後、何度かけてもつながらない。LINEも既読にならない。

一時間後、おばあちゃんが部屋のドアをノックした。

「弓、一体何があったんだい?あんなに泣いて。部屋から出てこないから、みんな心配してるんだよ」

「ごめん、おばあちゃん。ケン太が来ないって。『また今度』って言ったっきり、LINEの返信もないの」

「え?ケン太君が?電話しても出てくれない。急な仕事で、また結婚式は今度にしようって」

「なんだい、それはありえない。ドタキャンしたってことだろ」

「幸せな姿を見せるって言ったのに。おばあちゃん、ごめんなさい」

「大丈夫、大丈夫よ。そんなの気にするんじゃないわ。弓の心配をしてくれたんだね。ありがとう」

その頃、式場ではみち子が鶴子に話しかけていた。

「鶴子さん、ケン太君が来てないそうなんだ。あんた、何か知ってるかい?」

「ああ、知ってますよ。もう入籍してるんですし、式なんて無駄でしょ」

「何を言ってるんだい?」

「あんたの孫のハワイ挙式は、やっぱりキャンセル。お金を使いたかったんでしょ?ならキャンセル料もそっち持ちね」

「あなた、わざと……」

「わざとも何も、当然のことをしただけですよ」

「孫がドレス姿で号泣してたろ。呆れるわ。親戚が写真を送ってくれたのよ。あなたも見る?」

「ふざけんじゃないわよ」

「あんた、なんてことを!」

「怖い怖い。でも引退したババアに何ができるんですか?もうあの子たちは入籍してるんだから、あんたには何の権限もないんですよ。まさか孫の生活にまで口出ししてくるなんて。そんなことしないわよね、いい大人が」

「あんたも口を出しているでしょう」

「私は母親として子供と接していますから。祖母は子育てをせずに、好きなだけ孫を可愛がる存在ですよね。なら口を出す権利はないですよ。だって育ててないんですから」

弓はおばあちゃんに言った。

「おばあちゃん、ちょっといい?」

「うん」

「お母さんに連絡してみたんだけど、ケン太君、わざと来なかったみたい」

「え、わざと?そんな、どうして?」

「本人たちは入籍しているから式をする意味がないなんて言ってたけど、私が全額のお金を出したのが気に食わなかったんだろうね。ごめんね、弓。おばあちゃんが余計なことをしたせいで、こんなことに」

「おばあちゃんのせいじゃないよ。大体、そんなことで式をドタキャンって。私、あんなに楽しみにしてたのに。許せない。絶対に許せない」

「弓、おばあちゃんに任せて。これはね、間接的に私に喧嘩を売ってきてるの。私の大事な孫を泣かせて、このまま黙ってるほど耄碌してないわ」

「おばあちゃん、何かするの?」

「ええ、もちろん」

「でも、どうやって?」

「おばあちゃんには頼れる人がいるから、心配しないで。無駄に長生きしてるからね。知り合いは多いんだよ」

「ありがとう。今はゆっくり休みなさい。後のことはおばあちゃんがやっておくから」

「ありがとう。その、ちょっと休みたいな」

数時間後、弓は倒れた。結婚式のことを思い出すと涙が止まらず、何も食べられなくて、目まいがして、そのまま気を失ったらしい。おばあちゃんは電話でそれを聞き、すぐに駆けつけた。

数日後、みち子は鶴子に連絡をしても既読無視されていた。

「ちょっと鶴子さん、既読無視ですか?まだ返信がありませんね。どうしました?まさかショックを受けてます?これで立場を理解してもらえたかしら?ババアは引退したんでしょ。でかい顔するからこうなるのよ」

「覚悟しろよ」

「何ができるんですか?年金暮らしのお荷物が偉そうに」

「どうなるか、お楽しみに」

「楽しみにしてますよ」

翌日、ケン太が慌てて弓に連絡してきた。

「弓、大変なことになった。今日会社に行ったら出勤停止って言われたんだ。理由も教えてくれないんだけど、何これ?」

「今さら何の用よ。何度連絡しても無視してきたくせに。もう連絡してこないで。今はあなたと話したくもない」

「いや、待てって。やばいんだよ。なんとかしてくれよ」

「私に何ができるの?結婚式をドタキャンしたくせに、自分だけ泣きつくわけ?私が泣いてる時に助けもしなかったのに」

「それは、その……リスケでもいいじゃん。結婚式はまたできるし。それより仕事の方が大変なんだ」

「仕事?」

「親父も兄貴も会社から出勤停止らしいんだ。聞いたら、みんな弓のおばあちゃんの名前だし。ああ、そう、多分おばあちゃんがやったんだと思う」

「なんで俺たちが、何もしてないだろう」

「何もしてない?あなた、結婚式に来なかったよね」

「それは仕事が……」

「嘘つかないで。お母さんと温泉旅行に行ってたんでしょ」

「あ、なんでそれを……」

「調べてもらったの。楽しかったよね。花嫁を放置して家族旅行してさ」

「それは母さんが……」

「またお母さんのせいにするの?いい加減自分で考えたら?でも母さんが、式なんて必要ないって。それに前にお前の友達だって結婚式リスケしてたじゃん。その後普通に結婚してたし。リスケなんて普通だろ」

「必要ないって?私、どれだけ楽しみにしてたと思ってるの?」

「それは、ごめん」

「ごめんで済むと思ってるわけ?それにリスケは、友達が妊娠してるって分かったから日程調整が必要だったの。そういう特別な理由じゃないわよね、私たち」

「そうだったのか。でも、リスケはよくある話じゃ……」

「あなた、結婚式を何だと思ってるの?あのね、ケン太。私、ドレス着て式場で一人で待ってたの。みんなに『新郎が来ません』って説明して回ったわ。どれだけ恥ずかしかったか分かる?」

「それは本当にごめん。ごめんしか言えない」

「おばあちゃんが全額負担してくれた結婚式なのに、おばあちゃんにどれだけ恥をかかせたと思ってるの?」

「だから謝ってるだろう。それより、出勤停止を解除してもらってくれよ」

「最低。もういい。ケン太、私たち離婚しよう」

「は?離婚?」

「だよ。確かにリスケは悪かったけど、これくらいのことで離婚なんて」

「それくらい、本当にそう思ってるの?」

「確かにドタキャンしたけど、俺がしたのはドタキャンだけだろう。お前を馬鹿にしたりもしてないし」

「そういう次元の話じゃないのよ。あなたとお母さん、二人とも信用できない。『これくらいのこと』って認識なら、なおさら無理」

「ちょっと待てよ。俺、会社出勤停止になったんだぞ。今、離婚とか無理だろう」

「それ、自業自得でしょ。私の知ったことじゃない」

「なんだよそれ。お前、冷たいな」

「冷たい?あなたたちに言われたくないわ。あとは弁護士を通して話そう。もうあなたに喋る時間が無駄に感じるもの」

一時間後、みち子が鶴子のもとに怒鳴り込んできた。

「鶴子さん、あなた何をしたんですか?うちの一族全員、出勤停止になったんですけど」

「ええ、私がやりました」

「何の権限があって、そんなことを!」

「引退はしましたが、発言権は健在ですよ」

「ああ、あなたは『引退した成り上がり』と言っていたけど、あれは夫の遺産で生活していると思い込んでいたからよね。だって私が、亡き夫が創業した会社の会長って知らなかったんですし」

「会長?あなたが?」

「ええ。今は別の人間に会社を譲ってるわ。だから引退したのも間違いじゃないけどね。おばあちゃんってな、図々しいんだよ。引退してもでかい顔して差しずするくらい、増長もないわ。私を怒らせたことを後悔するんだね」

「私たちが何をしたって言うんですか?」

「弓をドレス姿で号泣させたこと。『呆れるわ』って笑ったこと。あの子の大切な日を最悪な日にしておいて、『何もしてない』だなんて、よく言えるね」

「それは、結婚式なんてまたやればいいじゃない」

「弓がこんなに傷ついてるのに、また結婚式をあげろって?ふざけてるのかい?本当に人を怒らせる天才だね、あんたは」

「でももう入籍してるんだから、式なんてただのパフォーマンスでしょ」

「みち子さん、あなたは大きな勘違いをしているようだね」

「勘違い?何がですか?」

「あんたの意見なんてどうでもいいんだよ。被害を受けたこちらが怒りを抱いている。それだけで十分だろ、理由なんて」

「でも、どうして出勤停止なんてできるんです?みんな別々の会社に務めているのに」

「ああ、調べたんですけどね。ケン太君のお父様が務めている会社、ケン太君自身が務めている会社、ケン太君のお兄様が務めている会社、全てうちの子会社なんですよね。私が引退したのは本社の社長職だけ。子会社の人事も、私の一言で動きますから」

「そんな、嘘でしょ」

「まあ、かなり大きな会社で細分化されているから、なかなか全てを把握するのも難しいでしょうね。けど、これで終わりじゃない。出勤停止はこれから正式に解雇になります。ケン太君もお父様もお兄様も、全員です」

「なんで!確かにあなたを怒らせたでしょうけど……そんな、こんなの不当解雇だわ!」

「不当?ちゃんと解雇理由はあるわよ」

「は?」

「さっきも言った通り、大きな会社だからね。なかなか子会社の声っていうのは届きにくいのよ。そこは改善させないといけないわ」

「何の話よ!」

「実はあなたの一族から、パワハラを受けているという被害報告が上がっていたのよ。ちゃんと調査するように言ったんだけどね。どうやら横のつながりがあったようで、うまく隠していたみたい」

「そ、そんなことあるはずが……」

「報告してきた人間が、あなたの旦那さんの後輩だったなんて、今の今まで知らなかったもの。完全に第三者を挟まなかったのはこちらの落ち度ね。でもなんで今さら?って思うでしょ。今回の件でね、私も不安になったんだよ。こんなことを平気でできる一族なら、社員に対して何か問題を起こしているんじゃないかってね。そして案の定、調査結果が来ていた。過去数百件の中から探すのは骨が折れたけどね。骨を折った甲斐があったってもんだよ」

「わざわざ、って言うんですか?」

「ええ、私も忙しいからね。過去の報告を振り返ることなんて滅多にないけどね。私はこれでも経営者。そういう勘は当たるんだよ。これでも不当解雇って言うなら、正式に会社に申し立てをするんだね。そんなもん跳ね返せるくらいの証拠は、こっちも集めてるんだよ」

一週間後、ケン太も父も兄も、正式に解雇された。

「弓、お前のばあちゃんのせいで俺の人生終わったんだぞ」

「おばあちゃんのせい?あなたたちが自分でやったことの結果でしょ?」

「俺たちが何をしたって言うんだよ。確かに悪かったかもしれないけど、人生終わるようなことしてないだろう」

「私の一生に一度の結婚式を台無しにしたこと、おばあちゃんを笑い物にしたこと、忘れたの?」

「それは……」

「もう言い訳はいい。ケン太、離婚届を送ったから、サインして返送して」

「ちょっと待てよ。話し合おうよ」

「話すことなんてない。もう終わったの。あなたの人生、私には関係ない。それに今回の件、キャンセルはそっちが勝手にしたこと。ハワイの結婚式の全額負担、慰謝料も請求するから」

「そんな金払えるわけないだろう!」

「また結婚式をするつもりだったんでしょ?ならそのお金はあったはずだよね。ないのに言ったの?」

「えっと、それは……」

「結局、式を上げるつもりなんてなかったんでしょ。でもね、借金になってもキャンセル料は払うべき。大人なんだから、責任は取らないと」

翌日、みち子が鶴子のもとに泣きついてきた。

「鶴子さん、夫が離婚届を突きつけてきました。仕事をなくしたのはお前のせいだと、財産も全部渡せって。長男からも慰謝料を請求されて、『母さんのせいで人生終わった』って毎日」

「そうですか。それは大変ですね」

「住む場所もお金も、何もかもなくなりそうです。夫は本気で離婚する気で、息子たちも誰も味方してくれません。全員が私を責めるんです。鶴子さん、お願いします。あなたなら元に戻せるはずです。会社に連絡して解雇を取り消してください。そうすれば夫も息子たちも元に戻りますから」

「無理ですね」

「お願いします。私が悪かったんです。何でもします。だから助けてください」

「助ける?面白いことを言いますね。こんなババアに何ができるのやら」

「本当にごめんなさい。反省してます」

「あなたが反省しているのは、弓を傷つけたことではなく、自分が困ったからですよね」

「違います。本当に反省して……」

「では聞きますが、あなた、今まで一度でも弓に謝りました?それはこれから?追い詰められて初めて、これから謝る?遅すぎなのよ。あんたは弓の幸せを奪って笑った。その結果が今なだけ。自業自得よ」

「お願いします。もう二度としません。人生、やり直させてください」

「やり直し?弓の結婚式はやり直せないんだよ。あの日の弓の涙も、心の傷も、一生消えない。あなたが今味わっているのは、あなたが弓にしたことのほんの一部。これくらいで甘えるんじゃないわよ。弓は一生に一度の結婚式を奪われたけど、あんたは仕事と家族を失っただけ。まだ軽いくらいだろ」

「そんな……お願いします。許してください」

「ババアなんて、社会じゃお荷物。嫌われたって構いやしない。いいかい、小娘?失うものがない人は強いんだよ。今回はいいお勉強になったわね、人生の」

一週間後、弓がおばあちゃんに報告した。

「おばあちゃん、離婚届を送ったよ。あとは弁護士さんに任せた。慰謝料とハワイの費用を合わせるとかなりの金額になるから、貯金も全部なくなるわ」

「それは良かったわね」

「それにしても、おばあちゃん、色々早すぎない?もう解雇になってたし」

「実はね、信頼できる人に手伝ってもらってたの。必要な書類は全部揃ってたから」

「え、いつから?」

「結婚式の日にね、あんたが泣いてるのを見て、すぐに動いたのよ」

「おばあちゃん……」

「ババアを舐めた大将に、思い知らせてやったわ」

「そっか。知らないところでおばあちゃんが動いてくれてたんだ。おばあちゃん、ありがとう」

「まあ、ババアの義務だから」

「義務?」

「孫に甘いのは、ババアの義務と決まってるのさ」

弓は少し間を置いて、言った。

「それじゃあ、甘いついでに私も一つだけ聞いてもいい?」

「怒る?」

「何を?」

「おばあちゃん、お母さんに『引退したババア』とか『成り上がり』とか言われてたんでしょ?」

「まあ、ちょっとね」

「なんで我慢してたの?」

「ババアだから、サンドバックくらいになっても平気だと思ってたのよ。変な偏見を持たせるのも良くないし。あんたが幸せなら、それでいいかなって」

「平気じゃないでしょ。おばあちゃん、もう我慢しないで。私、おばあちゃんが傷つくのは嫌だから。サンドバックなんて、もうそんなこと二度と言わないで」

「ありがとう、弓」

「それにおばあちゃんが我慢してたこと、全然気づかなくてごめんなさい」

「いいのよ。あんたに心配かけたくなかったから。でもバレちゃったわね。あんたはこれから新しい人生を歩むんだから、こんなババアのこと気に留めてちゃだめよ」

その後、弓との離婚が成立して数ヶ月。ケン太は仕事を失い、再就職先も見つからず、家賃を滞納して住む場所を失った。借金をし、取り立てに追われるも、頼れる人もおらず、極貧生活。かつて母親に従順だった彼は、今や誰からも見捨てられ、路頭に迷う日々を送っているそうだ。

そして現実のみち子もまた、夫から離婚され、息子たちからは慰謝料を請求され、財産を全て失った。元々下の生まれだったためか、極貧生活に耐えきれず心を病んだそうだ。プライドだけで生きてきた女の人生は完全に崩壊し、今は精神病棟で入院しているのだとか。まあ、クズの人生なんてどうでもいいけれど。

一方、弓は離婚を成立させ、今はおばあちゃんの家に住んでいる。おばあちゃんを放っておくと危ないから、なんて言って家のことを手伝い始めたのだが、まだ介護には早いと言ってるのに、全く頑固で聞きやしない。ババアの家なんだから好きに過ごせばいいものを。一度言ったら聞かない性格は、誰に似たのやら。こんな頑固なばあさんにならないよう、孫をしっかり見守るために、まだまだ長生きしたいものだ。

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