結婚翌朝、朝食が5分遅れただけで皆の前で平手打ちされた私。私は黙って食卓をひっくり返した。その理由を知った瞬間、夫は絶句した
第2部 「なんてことするの!」 義母のかよの悲鳴が広い和室に響き渡った。 「新婚初日から食卓を壊すなんて頭がおかしくなったんじゃないの」 義姉の弓も立ち上がり、着物の裾を気にしながら私を指差した。 「信じられない。管理栄養士なんて名乗っておいて食べ物をお粗末にするなんて最低ね」 夫の高志は怒りで肩を震わせ、平手打ちをした右手を固く握りしめている。 「お前、自分が何をしたか分かっているのか? 親父の御膳をひっくり返すなんて。ただのヒステリーじゃ済まされないぞ」 私は黙って足元を見ていた。畳に染み込んだ味噌汁の色が、他の席のものとわずかに違っている。義父の体調に合わせて一人分だけ出汁を変え、塩分を薄く調整していたのだ。 「みさき! 土下座して謝れ。今すぐだ」 高志が私の腕を強く掴んだ。叩かれた頬はまだ熱く腫れているが、私は痛みを顔に出さなかった。 「謝りません」 私が静かに答えると、高志は絶句した。上座では義父の正一郎が呆然と薬を握りしめている。 その時、廊下から慌しい足音が近づいてきた。料亭本店の料理長・佐々木が息を切らし、顔を蒼白にして飛び込んできた。 「今朝の調味料……一体誰が出したんですか?」 義母が不満そうに答えた。 「あれなら私が裏の倉庫にあったものを出してきたのよ。ラベルが剥がれてたけど昔の特別な味がするんじゃないかと思ってね。新しく入った嫁の腕試しにはちょうどいいでしょう」 佐々木の顔からみるみる血の気が引いていく。彼は床に膝をつき、義父の席にこぼれた味噌汁に顔を近づけた。 「出汁の香りが違う。これは会長の分だけ塩分と素材を変えて作り直してある」 そして私を見て目を見開いた。 「あなた、まさか白川先生ですか?」 「昨日、高志さんと結婚いたしました。今は黒崎みさきです」 佐々木は両手で顔を覆った。 「あなたは先生を叩いたのですか?」 「当たり前だろう。嫁のくせに朝食の時間に遅れたんだ」 高志は胸を張った。 佐々木は低く、はっきりと言った。 「奥様が渡したあの調味料は数年前の試作品です。特定の成分が強すぎるため倉庫に封印していました。会長が今飲んでおられる持病の薬と極めて相性が悪い。もし口にしていれば……」 彼は言葉を区切り、義父を見つめた。 「もしみさき様がこの食卓をひっくり返していなければ、会長、あなたは今頃救急車で運ばれていたはずです」 広間は死んだような静寂に包まれた。 高志が乾いた笑いを漏らした。 「救急車だと? 大げさすぎる。たかが調味料一つで親父がどうにかなるわけないだろう」 義母も同調した。 「そうよ。私が夫を危険な目に合わせるわけないじゃない。ささん、あなたこの子からいくらもらったの?」 親族たちが一斉に私を責め立て始めた。遅刻の言い訳のために三文芝居を打っている、と。 私のスマートフォンが鳴った。父・白川敬語からの着信だ。私はスピーカーを最大にして通話を繋いだ。 「みさきか。今すぐその調味料を使った食事を止めなさい。誰にも口をつけさせてはいけない。あの瓶はただの古い調味料じゃない。お父様の薬と合わさると急激な血圧低下を引き起こす。最悪の場合意識を失うぞ」 高志がスマホを奪い取り、通話を切った。 「ふざけるな! 自分が遅刻した言い訳に親父を巻き込んだのか。三文芝居だ!」 義母が泣き真似を始め、弓も私を詐欺師だと罵った。親族たちの冷たい視線が突き刺さる。誰も義父の命を気にしない。体面だけが重要だった。 「おい、みさき。今すぐ土下座して謝れ。そうしなければこの家から叩き出すぞ」 高志が私の肩を掴み、床に抑えつけようとした。私は膝を折らなかった。 その時、義父が低くかれた声で言った。 「やめなさい、高志」 「親父、何を言っているんだ? こいつは親父の食事をひっくり返したんだぞ」 「いいからお前は少し黙っていなさい」 義父は私に向き直った。 「みさきさん、5分の間に君は台所で何をしていたんだね」 私は姿勢を正して答えた。 「お母様から渡された調味料の匂いが違うことに気づきました。お父様のお薬手帳を事前に確認していたので、あの成分が薬と極めて相性が悪いと判断しました。全員分を作り直す時間はなかったので、お父様の分だけ別の鍋で安全な出汁と薄味にして一から作り直したんです。そのために5分かかりました」 佐々木が深く頷いた。 「床にこぼれた会長の味噌汁だけ、他とは全く違う出汁が使われていました。塩分も見事に調整されていました」 空気が一変した。 … Read more