「あの日の正月、台所でおせちをつまんでいたら、突然夫が立ち上がって私の脇腹を思いきり蹴り飛ばした。倒れて顎を打った私に、夫は酔った顔でにやにやしながら言った。『お前が悪いんだろうが。せっかくのめでたい正月に恥をかかせるから気合を入れてやったんだ』。廊下で誰も見ていなかった。私は笑って立ち上がり、お酒を運んだ。それが日常だったから。でもその夜、車の中で義理の叔母から電話がかかってきた。『今日、…
お正月の親戚の集まり。俺は台所でルミおばさんの特大の船盛りをつまみ食いしてから、居間へ戻った。すると、いきなり夫のケトが立ち上がって、俺の脇腹を思いきり蹴り飛ばした。 「うわあ、やめて。痛いのやだよ」 倒れた拍子に顎まで打った。廊下だから誰も見ていない。ケトは酔った顔でにやにやしながら言った。 「お前が悪いんだろうが。せっかくのめでたい正月に恥をかかせるから気合を入れてやったんだ。嫁の分際で俺らの酒を待たせるなんて何様のつもりだ。早く酒持ってこい、このクズが」 「はいはい。ただいま参上します」 「1分遅れるごとに、帰ってから1発ずつ追加で蹴り入れるからな」 「分かった。じゃあお酒とお料理、すぐお持ちしますね」 「これはしつけだ。分かってるな」 「分かってますよ」 俺が立ち上がろうとすると、ケトがさらに続けた。 「今日は特に機嫌がいいんだ。酔ってるからな」 「ええ、分かってます」 「さっきの件、誰にも言ってないだろうな」 「言うわけないじゃん」 「俺は優しい夫で通ってるんだ。黙ってろよ」 その夜、ケトはあと1時間ほど飲んでから帰ると言った。 「先に車に乗って温めておけ」 「了解。本日も運転手として頑張ります」 「エンジン温めるついでにアイスを買ってこい。一番高いやつだ」 「分かった。ついでに脇腹を冷やすための氷も買ってきていいかな。なんかさっきの蹴りで腫れてきてるんだよね」 「そんなの唾つけときゃ治るわ。甘えんじゃねえよ」 「もし警察に止められて、このアザが見つかったら警察沙汰になるのは嫌なんだけど」 「警察とか物騒なこと言うな。夫婦間のことには警察は介入できねえんだよ。民事不介入って知ってるか?」 「ケトって法律にも詳しいんだね。じゃあ安心だ」 「だから何の心配もせずに、これからも俺のサンドバックでいろ」 「お役に立てて何より。じゃあコンビニ行ってくるね」 コンビニから戻ると、車の中でルミおばさんから電話がかかってきた。 「リッカちゃん、どこ? おせちを用意したのにどこにもいないから」 「今、車でコンビニに来てます」 「なんで?」 「ケトがアイスを食べたいそうです」 「うちの冷凍庫にいくらでもあるわよ」 「高級アイスしか食べないんですって」 しばらく間があって、ルミおばさんの声が低くなった。 「あのね、ケトは私にとってずっと可愛がってきた甥よ。でも、私には隠さないでほしいの」 「何をですか?」 「今日、廊下で思いきり蹴られてたよね」 「え、見てたんですか?」 「笑い事じゃないでしょ。倒れたあともヘラヘラ笑ってたわよね。どうして平気でいられるの?」 「いつものことなんで」 「さっさと離婚したほうがいいわ。あと病院と警察にも行きなさい」 「そうですね。考えておきます」 「何を呑気なことを言ってるの? 笑ってやり過ごしたって何も解決しないわ」 「私だって楽しくて笑ってるわけじゃありません。痛いです。苦しいです。今すぐ逃げ出したいんです」 「だったら今すぐ行動しないと」 「今じゃないんです。分かってください」 「でも、取り返しのつかない事態になったらどうするの?」 「そうならないために頑張ってるんです」 「どういう意味?」 「アイスが溶けると怒られちゃうので、また戻ります。話はその時に」 「分かった。気をつけてね」 翌日、ルミおばさんがお礼の電話をかけてきた。 「ケト、昨日はありがとうね。お酒のお土産までいただいて。おばあちゃんも孫たちが集まって喜んでたわ」 … Read more