「リストラされた」——夫がそう言って、部屋にこもった。私は毎日心配で、食事も喉を通らなかった。でも、ある日ふと、彼の同期の妻からもらった情報で、真実を知ってしまった。「え?あいつ、自分から辞めたんだよ。送別会もしたし、今でも仲間だと思ってるよ」——彼は私を騙していた。それだけじゃない。なんと、彼は私の宅建資格を勝手に使って起業しようとしていた。しかも、退職届まで会社に送っていた。「夫婦なんだ…

「リストラされた」——夫がそう言って、部屋にこもった。私は毎日心配で、食事も喉を通らなかった。でも、ある日ふと、彼の同期の妻からもらった情報で、真実を知ってしまった。「え?あいつ、自分から辞めたんだよ。送別会もしたし、今でも仲間だと思ってるよ」——彼は私を騙していた。それだけじゃない。なんと、彼は私の宅建資格を勝手に使って起業しようとしていた。しかも、退職届まで会社に送っていた。「夫婦なんだ...

リストラを告げられた瞬間、俺の頭は真っ白だった。

「へ、俺なんてもう生きてる意味がない」

妻の香織が心配そうに覗き込む。

「本当なの?」

「こんな嘘つくかよ」

同期5人のうち、俺だけが切られた。他の4人は残る。俺はあいつらより遅くまで働いて、結果も出してきたのに。

「人事部の判断としか言われなかった」

「そっか…」

気まずい沈黙の後、香織がぽつりと言った。

「今日、宅建の合格発表の日じゃなかったっけ?」

「ああ…うん」

「受かったんだな。おめでとう」

「ありがとう」

俺はちょうど宅地建物取引士の資格に合格したばかりだった。会社では社員5人につき1名の宅建士を置く義務がある。資格手当も月5万つくはずだった。

「せっかくだし、焼肉とか行く?」

「いや…少し1人になりたい」

「ちゃんと帰ってくるよね」

「ああ、大丈夫」

数日後、引き継ぎを終えて有給消化に入った。香織は部屋にこもる俺を心配して声をかけてくるが、そのたびに苛立ちが募る。

「少しは部屋から出てきたら?お風呂も入ってないし、ご飯もほとんど食べてないでしょ」

「ほっといてくれ」

「辛いのは分かるけど、体壊したら倒れちゃうよ」

「は?俺が体壊して働けなくなったら価値がないって言いたいのか?」

「飛躍しすぎだよ。誰もそこまで言ってない」

「お前にリストラされた俺の気持ちなんて分かるか?」

香織は何も言わず、その日からそっとしておいてくれるようになった。

1週間後、香織は俺の同期の妻から、俺の様子がおかしいという連絡を受けたらしい。香織は同期の1人に電話をかけた。

「香織です。琢磨なんですけど、結構落ち込んでて、食事もほとんど食べてなくて…」

「え?なんでそんなに落ち込んでんの?」

「リストラの対象になるほど、皆様にご迷惑をおかけしたんでしょうか?」

「は?何それ?リストラって何?」

「同期5人のうち、自分だけがリストラを勧告されたって…」

「いやいやいや、ないないない」

「へ?」

「あいつ、自分からやめたんだよ。上司も引き止めたけど、意思が硬かったみたいでさ。送別会もしたし、今でも仲間だと思ってるよ」

香織は驚きを隠せなかった。

「なんでそんな嘘をついたんでしょうか…」

「分からないけど、夫婦の間で嘘は良くないね。俺が代わりに説教してやろうか?」

「いえ、大丈夫です。ひとまず聞かなかったことにしていただけませんか?」

「その方が良さそうだね」

翌日、俺は突然香織に告げた。

「しばらく実家に帰るわ」

「どうして?」

「お前じゃ癒されないから」

「私はどうすれば良かったの?部屋にこもってばかりで、話もできないじゃない」

「そうやって俺を攻めることしかできねえのかよ」

「そういうあなたは、何か私に隠してることはないわけ?」

「は?何のことだよ」

「リストラされたってこと以外、何も聞いてないのよ。どういう経緯で何があったのか、少しは教えてよ」

「お前に言ったところで理解できるわけないだろ」

「知らないと寄り添えないじゃない」

「だからもういいって言ってんだよ。母さんのカレーでも食った方が元気が出るわ」

香織は泣きそうな顔で言った。

「私だって心配してたのに…」

「距離を置くべきだ。また連絡する」

そう言って、俺は家を出た。

1ヶ月後、香織のもとに同期から連絡が入った。

「かおりちゃん、あいつがやめた理由分かったわ」

「え?」

「同期4人で上司誘って飲みに行って、ついでに聞いてみたら結構びっくりする内容が聞けてさ」

「もしかして…横領とか?」

「さすがにそれで諭旨解雇にならないのは無理だよ。一応形式としては依願退職となってるからね」

「退職理由は何だったんですか?」

「起業するって言ってたらしい」

「へ…聞いてないの?」

「はい」

「何の業種かは分からないけど、すでに何をやるか決まってるような口ぶりだったみたいよ」

「何をする気なんだろう…せめて相談くらいして欲しかったよね」

「ですね。私には言って欲しかったです」

「念のため、家のお金とかは守っておいた方がいいよ」

「あ、そうですよね」

それから1週間後、俺は香織に突然宣言した。

「お前の宅建資格を勝手に使って起業したわ」

「は?何の冗談?」

「不動産で開業することにしたんだよ」

「私の資格を使うって、何言ってんの?」

「夫婦なんだから共有財産だろ。黙って協力しろ」

「私は会社で登録するために資格を取得したんだよ」

「他のやつに取らせればいいじゃん。お前は落ちたことにしとけ」

「受験費用も会社に出してもらったの。そんなことできるわけないでしょ。リストラされて再起しようとしてるのに」

「お前に邪魔する権利あんのかよ。いつまで被害者面するつもり?」

「は?お前よくそんなこと言えるな。私が何も知らないと思ってるの?」

「何を知ってるんだよ」

「言わないわ」

「脅してるだけだろ」

「あなたが隠し事するからでしょ」

「とにかく俺の新しいスタートの邪魔をするな」

「する気もなければ、応援する気もないわ」

「お前はそれでも嫁か」

「もう嫁じゃなくなるかもね」

「なんでだよ」

「平気で隠し事した上に、人の資格を使って起業するとか、わけのわからないことを言うようなアホだとは思わなかったからよ」

「分かってないのはお前だ。お前の資格を勝手に使うわけじゃない。お前は会社をやめて、俺の作る新しい会社に入社するんだよ」

「勝手に決めないで欲しいんだけど」

「自分が言ったんだろ。『私にできることがあったら言ってね』って。今がその時だ」

「アホらしい。リストラなんて嘘だって分かってんのよ」

「あ……本気で心配してたのに、ひどいと思わないの?俺のこと可哀想と思ったか?」

「そうね。だから私も心を痛めてたのよ」

「それだよ」

「は?」

「傷ついてるふりをしてお前の同情を引いて、俺の道楽に付き合わせて、お前の宅建資格を使わせるつもりだった。何それ?人の気持ちを軽く見すぎでしょ」

「騙したのは悪いけど、今後は成功していい思いさせてやる」

「そんなことより、なんで嘘だって分かったんだよ」

「あなたの同期の方に聞いたのよ」

「どいつだ?」

「言えない」

「俺の成功が羨ましくて、嫉んでるんだな」

「まだ成功どころか着手もしてないのに、すごい自信ね」

「あいつらは最初から利用されるだけの駒だ。でも俺は違う。使う側になる」

「そもそもお金はどうするのよ。事務所や備品も必要になるはずだよね」

「その件で文句があるなら、お前の通帳を寄越せ」

「怪しいと思ったから、こっちも対策しておいただけ」

「仕方ないから、実家を事務所にする。1階のばあちゃんの部屋を譲ってもらった」

「おばあちゃんはどこで寝るの?」

「2階の俺の部屋」

「80歳超えているおばあちゃんに、毎日階段の登り降りをしろっていうわけ?」

「年寄りも子供も甘やかすから弱るんだ」

「なんか…びっくりだわ」

「何が?」

「こんなに話が通じない人だとは思わなかった」

「理解できないなら、しばらく別でもいいぞ。その代わり、俺が成功した時にお前を選ぶとは限らないからな。それは覚悟しておけ」

「もう好きにして」

数日後、会社に退職願が届いていた。香織は先輩に呼び出された。

「かおりちゃん、今日有給だっけ?」

「はい。実家の法事です」

「会社やめるの?」

「先輩、何言ってるんですか?やめませんよ」

「だよね。宅建受かって、これからだって時だもんね」

「はい。よかった。安心したよ。なんでそんなこと言うんですか?」

「退職願が会社に届いてたから」

「へ?」

「うちら仲いいから部長に色々聞かれたけど、初耳だし。意味が分からなくてさ」

「いや、私じゃないです。そんなもの書いた覚えもないです」

「あり得るとしたら…」

「あいつしかいない」

「誰?」

「夫ですよ。リストラされた腹いせにこんなことする?」

「それが実は…普通の円満退職だったんです」

「は?心配して損したじゃん」

「でしょ。なんか起業するとか言って、私の宅建資格を貸せって言ってるんです」

「あなたの旦那さん、大丈夫?」

「いえ、やばいです。アホすぎて泣きそうです」

「とにかく退職届は無効にしておく。部長にも私から『いたずらだった』って言っておくわ」

「助かります。ありがとうございます」

「ちょっと笑いにならない冗談だから、色々気をつけた方がいいよ」

「そうですね」

香織は俺に電話をかけた。

「随分なことしてくれたわね」

「何が?」

「勝手に退職願を会社に送るなんて、何やってんの?」

「なんか調べたらさ、お前がその会社の社会保険に加入してたら、うちで登録できないらしいんだよ」

「私は今の会社をやめる気はないって言ってるよね」

「なんでだよ。俺と働いた方が楽しいに決まってるだろ」

「それは私が決めることだから」

「頼む。名義だけでもいいから貸してくれ」

「通報しときました」

「あ?」

「あなたがやったことは文書偽造で違法です」

「いやいや、ちょっと待てよ」

「宅建資格の名義だけ貸すってのも違法よ。従業員として雇用することが重要なんだから」

「分かった。じゃあもうお前の資格は諦める」

「あのさ、なんでそこまで不動産にこだわるの?あなた営業畑だったし、全く縁のない世界だよね」

「俺、半年前に同窓会行っただろう。俺が高校時代にいじめてたやつが不動産屋やってて、すっげえいい時計つけてたんだ」

「それが何?」

「『のっぺり不動産』って言って、5店舗も持ってんだって」

「すごいじゃん」

「俺、悔しくてさ。あいつの顔見れなくて、2次会も行けなかったんだよ」

「男性同士のそういうの分からないこともないけど、別に張り合う必要ないんじゃないの?」

「いや、次の同窓会で必ず俺が上に立ちたい。あいつのドヤ顔が夢に出てくるんだよ」

「人と比べてもしょうがないでしょ」

「幸い、俺にはお前という妻がいる。しかも宅建まで合格した。どう考えても神様からのゴーサインだと思わないか?」

「本気でそう思ってるなら、マジでやばいよ」

「お前が無理なら、新しい宅建士を探さないとな」

数日後、俺は同期たちと飲みに行った。

「久しぶり。お前、何してんの?元気か?」

「元気も何も、お前みたいなお気楽とは違うんだよ」

「あ、いいよな。適当にやって給料もらえてさ」

「いや、お前もついこの間までそうだっただろう。何を急に偉そうなこと言ってんの?」

「お前らとは意識が違うわけ。会社の奴隷なんてまっぴらごめんだと思ったから、1日も早く抜けたんだよ。同列に語るな」

「やめるのは自由だけど、俺らを悪く言うのは違くね?」

「社会の底辺なのは間違ってないだろう」

「お前、何様のつもりだよ」

「辞めただけで何も成し遂げてないくせに、偉そうに上から目線で言ってんじゃねえよ」

「悪いけど、もう上に行くのは確定してんだよね」

「言わせてもらうけど、同期で1番売上低かったのに、それを俺らがカバーしてやってたの忘れたのか?」

「頼んでないし、余計なこと言うなよ」

「あーもういいわ。俺ら4人はお前が何かやるなら応援するつもりでいたよ。でも、そんな風に見下されてるなんて思いもしなかった」

「お前らの応援なんていらない」

「すげえな。なんでそこまで思い上がれるんだよ」

「それは違う。お前らがずっと同じ場所にいるだけ」

「そうですか。じゃあ底辺から見物させていただきますよ」

「俺が成功した時は焼肉くらい奢ってやるよ」

「誰がお前と飯なんか行くか」

「確かにそうだな。ステージが上がったら、会話も噛み合わないだろうし。じゃ、リーマン君、頑張れよ」

数日後、俺は香織に言った。

「申請が完了した。これで社長になれるぞ」

「嘘でしょ?」

「役所の建築指導のところに行って、申請出してきた。名義を貸してくれる宅建士も見つかったよ」

「どうやって?」

「ネットで名義だけ貸してくれる人を募集した」

「は?ああ、これは内緒な。一応従業員ってことにしておかないとまずいから」

「自覚あるならやめなよ」

「毎日チェックしに来るわけでもねえし、バレねえよ」

「そういう思考で経営とかしない方がいいよ」

「ホワイトだけじゃやっていけないの。グレーゾーンを攻めることも大事なんだよ」

「何の実績もないから説得力ないわ。ごめん、もうついていけない。離婚してほしい」

「え?なんで?別に浮気したわけでもないし、マザコンでもないぞ」

「世の中の離婚の理由が2種類しかないと思ってるの?」

「独立して頑張ろうとしてるだけで離婚かよ」

「みっともないのよ。全てが自分基準で動いてるの、分からない?」

「最終的にはお前のためにもなるんだぞ。俺が成功すれば、働かなくても良くなるし」

「だから誰が頼んだの?私は今の仕事も職場も好きなの」

「お前、浮気してんのか?」

「今その話してなくない?」

「職場に仲良くしてる人がいるんだろ?」

「いるっちゃいるけど」

「やっぱりな。そいつに連絡するよう伝えておけ。俺が話をつけてやる」

「分かった」

1時間後、俺の電話に知らない女の声がした。

「連絡しろって言われたからしましたけど、何ですか?」

「えっと、あなた女性ですか?」

「そうです。香織の先輩ですが」

「いや、あんたに用はない。香織が親しくしてる男がいるはずだ」

「いるわけないでしょ」

「なんでそう言いきれるんだ?」

「香織の先輩として、不倫なんてさせるわけがないからです。大体、香織から話聞いてますけど、あなた相当やばいですよ」

「何がだよ」

「不動産なんて、素人が思いつきでやって成功するような甘い世界じゃないんですよ」

「俺は入念に調べて行動してる」

「そうですか。じゃあ通報しておきますね。話聞いただけでも相当危なそうなんで、万が一にも開業なんてことにならないよう、所の方に一報入れておきます」

「余計なことすんな」

「これ以上話すことないので、失礼します」

数日後、俺のスマホは鳴りっぱなしだった。

「なんか電話が鳴りやまないんだけど」

「でしょうね」

「お前の先輩の仕業だろ」

「それは役所に通報しただけで、別の問題だと思うよ」

「どういうことだ?」

「まず、不動産業の登録も完了してないのに、SNSとかで宣伝したり、看板出してるよね」

「これは単なる準備だろう」

「その上、事務所は自宅。これアウトだから」

「なんでだよ。そんな風にしてる人は山ほどいるだろう」

「宅建では事務所の独立性が定められてるの」

「だから俺の部屋を事務所にしてるんだって」

「玄関からリビングを通って奥にある和室よね」

「そうだけど」

「住居スペースを通らないといけない場合はアウト」

「じゃあ外とかに何か貼ればいいんだろ?」

「仮設の建物も認められてないわ」

「じゃあ事務所借りるから、金寄越せ」

「お金の無駄よ。やめた方がいい」

「なんでそう言いきれるんだよ」

「あなたがSNSで募集した宅建士は、おそらく偽物」

「あ?」

「そもそも従業員の要件も満たしてないし、雇用もしてない。名義だけ借りるなんてダメだって説明したよね」

「出社はできないって言われたから」

「とっくに詰んでるから、やめな」

「やだ」

「大体さ、不動産で何をやりたいわけ?」

「マンション転売したり、土地転がしたりしたいからだ」

「仲介じゃなくて売買の方なの?」

「もちろん」

「資金は?貯金があるだろう」

「口座には500万しかない」

「離婚して財産分与したとして250万。それで一体何の物件が買えると思ってんの?」

「お前は本当に愚かだな。俺には退職金があるんだよ。有給消化が終わって、そろそろ振り込まれるはずだ」

「ないらしいよ」

「あ?」

「同期の方に聞いたけど、退職金はないらしいじゃん」

「そうなの?なんで自分の会社のこと知らないのよ」

「普通はあると思うだろう」

「就業規則とかちゃんと読んでた?」

「あんなの読むわけがない」

「そこに書いてあったんだって。だからみんな個人年金とか個別で対策してるみたいよ」

「嘘だろ。2000万くらいもらえるんじゃないの?」

「金属でそんなにくれる会社があるわけないでしょ。本当にこんなに頭の悪い人だったっけ?」

「何がだよ」

「足の悪いおばあちゃんまで犠牲にした意味あった?」

「それは…」

「ご家族はみんなあなたのために協力してくれたんじゃないの?」

「だから成功させたいんだろ」

「無茶苦茶に突っ走った結果、どうなった?SNSで炎上して、正義感振りかざしたネット民のおもちゃになっただけじゃん」

「え、俺炎上してんの?」

「見てないの?」

「お前の仕業か?」

「いい加減、自業自得で生きるのやめてくれない?」

「じゃあ誰が?あの生意気な先輩か」

「なんなのよ、その変な日本語は。ちなみに先輩もそんな卑怯な真似はしない」

「じゃあ、同期か元上司か」

「あんたが名義を借りた、その自称宅建士の人じゃないかな」

「なんで?」

「多分その人は資格を持ってなくて、あんたを騙したけど、その後の動きを追ってたんじゃないかな」

「なんで分かるんだよ」

「だってあなたが自宅に事務所を開業して、ショボいホームページを作ったところで、炎上する原因になるはずがないでしょう」

「まあ、そうだけど」

「誰かが悪意を持って拡散したとしか考えられない。あるいは、あなたに恨みを抱えてる人」

「え、まさか藤か?」

「新藤さんに随分とひどいことを言ったみたいだけど、あの人はそこまで腐ってないと思うわ」

「なんでお前があいつと繋がってんだよ」

「結婚式の2次会の件でLINE交換するって、あなたの了承も得たはずだけど」

「ああ、あの時か」

「大事な仲間にあんなこと言うなんて信じられない」

「さらにあなたを軽蔑した」

「勝手に言ってろ。別に痛くも痒くもない」

「本当にクズになり下がったのね」

「申請書はもう出したし、通るかもしれないだろ」

「審査はこれからよ。宅建士の資格も無効になるだろうし、事務所としての要件を満たしてないんだから、まず通るわけがないけど」

「振り出しに戻ったってことか。ここから俺はどうすればいい?」

「私に相談しないでくれる?」

「まだ離婚してないだろう」

「あなたは全ての判断を間違えたの、分かってる?」

「分からない。俺は成功できる。同級生を見返すんだ」

「嫉妬するのはいいけど、やり方が違う。同じ土俵で戦う必要なんてなかったのよ」

「俺だって、ベンツの鍵をチラ見せして、高い時計を見せびらかしたかったんだ」

「車と時計があなたの話を聞いてくれるの?」

「同期5人で過ごした時間は楽しかったんじゃない?」

「まあ、そうだけど」

「私との時間も無駄じゃなかったはずよ。でも全部失ったの、自分のせいで」

「それは…」

「あなたが言ってた同級生の『のっぺり不動産』だっけ?」

「うん」

「半年前に倒産してたわよ」

「え?てことは同窓会の直後?」

「そうみたいね。おそらく経営状態は良くなかったはずよ。それでもあなたを見返したくて、最後に時計とか車を見せつけたかったんじゃないかな」

「そんな…じゃあ俺は何のために…」

「あなたは当たり前のようにパシリに使ってた」

「だってその通りだし」

「私はそれを当たり前だと思っていたあなたが嫌い。同期の方たちを見下したのもそう。自分の基準で上に立ったり下に見たりする人が、私は大嫌いなの」

「なんでお前が切れるんだよ」

「私もパシリだったからよ」

「は?」

「ごしごちのパンが買えないと、1週間無視されたわ。人の機嫌を伺ってばかりで。でも、そんな風に生きるのをやめろって、先輩が厳しく教えてくれたの」

「あいつか…」

「そこから人生が楽しくなった。だから先輩には一生頭が上がらないし、できるだけそばで考え方を学びたいと思ってる」

「分かった。俺も心を入れ替えるから、一旦家に帰っていいかな」

「実家にいればいいでしょ」

「俺のせいでばあちゃんが階段から落ちて、しかも電話も鳴りっぱなしでうるさいから、追い出された」

「まあ、そうなるわね」

「行くところがないんだ。同期にも全員断られたし」

「よく頼めたね。普通に引くわ」

「またサラリーマンとして働くよ。だからやり直そう」

「もうその思考が恐怖だわ」

その後、俺は香織と正式に離婚した。財産分与は250万。香織が通帳を守っておいたおかげで、俺が手をつける前だった。

退職願い騒動などで会社に迷惑をかけたとして、香織が会社から迷惑料30万円を請求された。不動産業の申請は案の定却下された。名義を貸した自称宅建士は、資格がないだけではなく名前も住所も偽物だった。ネットで見つけただけで信用する方もおかしいが、騙す方もどうかしている。

俺はばあちゃんの骨折の治療費100万円を請求され、さらに勝手に実家に看板を建てたり、ネット民が突撃したりしてご近所に迷惑をかけたとして、実家のご近所から迷惑料を請求され、残りの150万円もなくなった。

炎上騒ぎは収まったが、名前を検索すれば今でも出てくる。同窓会には恥ずかしくて2度と顔を出せないだろうし、同期の飲み会に呼ばれることもないだろう。

失ったものの大切さを噛みしめながら、これから生きていくんだろうな。

香織はその後、会社で宅建士として正式に登録され、資格手当てもつき、仕事はますます充実している。ずっと先輩には一生頭が上がらないと言っている。

大切なのは、誰かを見返すことではなく、自分が納得できる場所で生きること。そのことに気づけたのが、せめてもの救いだったと思う。

私は私らしく、今いる場所で輝けるよう頑張る。

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