「あかり、さっき送ってきた写真。あれ何?」
姉の真美から届いたメッセージを読みながら、私は返信を打った。
「あ、見てくれたんだ。純平さんとのツーショット、可愛くない?」
「なんであなたが純平といるのよ」
姉の婚約者と、ベッドの上で。そんな状況が何を意味するのか、姉はもう気づいているはずだった。
「純平さんって、お姉ちゃんの前だと頼りない顔してるけど、本当はすっごくカッコいいんだよ。私の前だと別人みたいに甘えてくるの」
「…何考えてるのよ」
「見たまま。お姉ちゃんの婚約者、寝取っちゃいました」
「ふざけないで」
「あ、そうだ。言い忘れたけど、私、純平さんの子供妊娠しちゃった」
「…嘘よね」
「ガチ」
数秒の沈黙の後、姉から返ってきたのは、まさかの言葉だった。
「…本当に純平の子なの?他の男の可能性は?」
「は? 食いつき方が変じゃない? 愛する婚約者を妹に取られて、頭おかしくなった? 最近は純平さん以外と関係持ってないから、確定だよ」
私がそう言い放つと、姉はこう返してきた。
「…おめでとう。よかったね」
「は? 脳みそ壊れた?」
「純平の子供ができたんでしょ? それなら純平と結婚するの? あの人はイケメンで高身長で高学歴のエリートだし。私にはもったいないと思ってたから」
「…え、いいの? ガチで理解不能なんだけど」
「自分から報告してきといて、それ言う?」 姉の口調は、なぜか妙に平静だった。
「いや、そうなんだけど、さ。普通、婚約者を妹に取られたらもっと取り乱すでしょ」
「はいはい。それで?」 姉はまるで他人事のように返してきた。
「…気持ち悪い。お姉ちゃん、壊れちゃったの?」
「壊れてないよ。ただ、あかりと純平が結婚するなら、私は祝福するだけ。それに、私よりもお姉ちゃんは頭もいいし、努力してきたんだから、いい人と出会い直す機会だと思えばいいし」
そう言って、姉は一方的に通話を切った。
「はあ? 意味わかんない」
私は自分の予想とはあまりにも違う姉の反応に、困惑しながらも、まあいいかと流すことにした。どうせ、姉がそうやって強がってるだけなんだから。私が姉よりも可愛いから、純平さんが私を選んだのは当然のことだ。
それから二週間後。
「まみ、お前の元婚約者、相当やらかしてるみたいだぞ」
幼馴染みで、今は姉の担当弁護士をしている俊介が、書類を見せながら言ってきた。
「え? 純平が? まさか、愛花だけじゃないの?」
「俺も驚き通り越して呆れたんだが、愛花ちゃんを含めて、不倫相手は4人いる」
「4人…?」
「しかも、今まで証拠を掴ませなかったんだからな。愛花ちゃんの妊娠をきっかけに、純平が焦って他の不倫相手を切ろうとして、雑になった。そこを探偵事務所の連中が写真で押さえたんだよ」
なるほど。姉は、最初から知っていたのか。純平の不倫を。そして、妹のあかりが妊娠したことを、自分が動くためのきっかけとして利用していたんだ。
「愛花のおかげだな。妊娠した宣言から、検査結果までLINEで送ってきてたからな。おかげで弁護士として開示請求ができたんだよ。銀行、携帯、クレカ、色々な。それで証拠を掴んだ」
「…やるじゃん。なんか本物の弁護士みたい」
「本物の弁護士なんだよ。まあ、これでようやく肩の荷が下りるわ。私も婚約破棄の前に、きっちりとケリをつけたかったし」
「あとはこっちに任せとけ。この状況で負けるなら、弁護士引退してやるよ」
「期待してる」
数日後。
あかりは、純平との新生活に浮かれていた。
「あー、もう幸せすぎ。今、純平さんのために晩ご飯作ってるの」
「へえ。そうなんだ」
「お姉ちゃんとは別れて、結婚してくれるって言ってくれたよ。私の婚約破棄は本当ね。おめでとう」
「良かったね」
「私って、ホームスタイルも良くて、いい男も捕まえちゃって、人生こち組ー」
「じゃあさ、その幸せな新生活のために、慰謝料払ってくれるよね?」
姉の声は、相変わらず淡々としていた。
「は? 慰謝料?」
「不倫したうえに妊娠でしょ。当然でしょ。日本の法律がどうなってるか、知らないの? 200万円ね。しっかり払って」
「200万? 無理だよ。貯金なんてないし」
「じゃあ、どうするの? 純平さんはもう稼げないけど」
「は? どういうこと?」
「純平は、私を含めて4人の不倫相手から慰謝料を請求されるから。裁判になってるし、会社にもバレてクビになったらしいよ」
「…ちょっと待って。4人? 私以外にも不倫相手がいたの?」
「私も含めて、5人同時ってこと。脳みそ下半身についてんのかって思ったわ」
「じゃあ…私の慰謝料は誰が払うの?」
「愛花が自分で払いなよ」
翌日。
あかりは、俊介と偶然再会した。
「わ、ガリ勉先輩じゃん」
「おう、懐かしいな、その呼び方。一応、俺は真美の担当弁護士だから、挨拶くらいはと思ってな」
「へ? ガリ勉先輩が弁護士になったの? じゃあ、年収は純平さんより高いの?」
「教えないぞ」
「えー、ケチ。まあいいや。今日、夜空いてる? 私、お寿司食べたいな。カウンターのやつ」
「いや、無理」
「は? 無理? 私から誘ってあげてるんですけど」
「タイプじゃない人に誘われても嬉しくないだろう」
「はあ? 男のくせに何言ってるんですか? 女の子がご飯食べたいって言ったら奢るのが普通でしょ」
「どこの世界の普通だよ。少なくとも日本の普通じゃないな」
「…ありえない。持てない男はマジでキモい」
「モテなくて結構だ」
そう言って俊介は、疲れた顔でため息をついた。
「…とはいえ、そうだな。飯食い行くか」
「え? 本当に?」
「ああ、本当に。ただ、今夜は予定があるから、詳しい日程は後で連絡する」
「うん! わかりました! 俊介さん大好き!」
数日後。
「お姉ちゃん、本当にありがとうね」
「何が?」
「俊介さんだよ。あの人、お姉ちゃんの担当弁護士でしょ? おかげで久しぶりに連絡くれてさ、今日この後、2人で食事行くことになってるの」
「へえ。そうなんだ」
「それでさ、慰謝料の200万円なんだけど」 あかりは、軽い口調で続けた。
「俊介さんが払ってくれるから、大丈夫」
「は? なんで俊介が払うのよ」
「なんでって、男と女が夜に2人きりで食事行くんだよ? その後の関係、察してよ。私がお願いすれば、きっと払ってくれるよ。それに、お姉ちゃんの弁護士を降りるかもだし、そうなったら結局払わなくても済むよね?」
「お前、おめでたい頭してるね」
「嫉妬やめてください。私が可愛くてスタイル抜群だから、男が放っておくわけないじゃん」
「妊娠してるのに、どこまで楽観的なの?」
「俊介さんなら、この子も育ててくれるよ。まあ、男に相手にされない枯れた女にはわからないでしょ」
そして、数時間後。
高級寿司店のカウンター。
「マジで最低ありえないから」
あかりは、怒りをあらわにして立ち上がった。
「急に怒って店を出ていったと思ったら、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもない! 俊介さん、なんで他の女呼んだの!? しかもお姉ちゃん! この私との食事の席に!」
「呼んだだろ、そのために。お前の姉ちゃんも交えて、慰謝料についての話し合いをするために」
「そんなの知らない! 私はメイクして、可愛い服も選んだのに!」
「頼んでないからな」
「持てない男ってマジでキモい! そういうことを言う男は誰にも相手にされないから!」
「相手にされない男との食事に、そんなに気合い入れてきたのか。苦労なこった」
「もう! 本当に腹立つ!」
「逆切れするなよ。そもそも、タイプじゃないって言っておいたよな」
「じゃあ、俊介さんのタイプって誰なのよ」
「…まみ、だな」
「は? お姉ちゃん?」
「そう。これで納得しちゃうか?」
「うわ、ありえない! あんなブスがいいとか、趣味悪すぎでしょ!」
「見た目だけの中身スカスカ女よりはマシだろ。まみは昔から努力家で、それを鼻にかけたりもしなかった。そんな姿を見てたから、俺も頑張れたんだ」
「勘違いしないでよ! 私だってモテてたんだから!」
「本気で愛されてたら、純平君に不倫もされてないよ。あの男は、お前のことも姉ちゃんのことも、ただの遊び相手だと思ってたんだろ。それだけ適当に扱われてたってことだ」
「…うっさい!」
「まあ、でも、感謝はしてるよ。お前のおかげで、まみがいい女だって再確認できた」
翌日。
あかりは姉に泣きついた。
「ねえ、お姉ちゃん、私ってば姉妹だよね?」
「そうね」
「じゃあ、慰謝料とか、やめない?」
「やめないよ」
「私、妊娠してるんだよ? かわいそうだと思わない?」
「思わないよ。自業自得でしょ。勝手に不倫して、勝手に妊娠したんでしょ?」
「悪いのは純平さんでしょ! 私に手を出してきたのはあっちなんだから!」
「じゃあ、そんな男を選んだのも、あんたの実力でしょ。お母さんに連絡したから。200万円、ちゃんと払ってもらいなよ」
「お母さんに言ったの!? なんで!?」
「言わない方がおかしいでしょ」
「うぅ…お姉ちゃんのいじめっ子! 私がこんなに不幸なのに! お姉ちゃんはいつもいつも! 学生の頃から勉強できて、運動できて、みんなの中心で。私よりもブスのくせに!」
「それは努力してきたからでしょ。努力してない人が、努力した人を笑う権利はないよ。それに、自分だけが不遇だと思ってるのも腹立つね」
「どういうことよ!」
「私が愛花と比べられないで生きてきたと思ってるの? 『愛花ちゃんは可愛いね、愛嬌あるね』『それに比べて真美ちゃんは…』って、たくさん言われてきたよ。でも、私はそれをバネにしてきた。あんたは、それを言い訳にして努力しなかった結果が今でしょ。不倫したのも、妊娠したのも、男に相手にされなかったのも、全部事実。受け入れなさい」
「嫌だ! 200万も払いたくない! 貯金もなくて、子供も抱えて、これからどうしたらいいのよ!」
「真面目に生きればいいと思うよ。…まあ、それができたら、こんなことにはなってないか」
数日後。
「お母さんから聞いたよ。愛花から慰謝料をもらったんだって」
「ああ。うちの母さんが、土下座して用意したんだって」
「それって、借金ってこと?」
「そうだな。お母さん、愛花にブチ切れてたから、借金の取り立ては厳しく行くって言ってたよ」
「そっか。…本当なら自業自得だし、ほっといてもよかったけど、子供がいるからな。不倫の末の子供とはいえ、母さんからしたら孫だし」
「それに、子供に罪はないからね。一応、借金の返済が終わるまでは実家暮らし確定。逃げられないように、お母さんも徹底的に甘やかさないって張り切ってるよ。この機会に、あの腐った性根を叩き直すって」
「…あの元婚約者の純平は、どうなった?」
「泥沼だよ。不倫相手の中に人妻もいたらしくてな。裁判中だ。会社にもバレて、失職したらしい」
「ふーん。…まあ、自業自得か」
そんな会話の後、俊介は少し言いづらそうに切り出した。
「…なあ、まみ。今度さ、飯とか行かないか?」
「なんで急に?」
「今回の打ち上げ的な」
「唐突すぎない? …でも、まあ、いいけど。居酒屋でいい?」
「それがいいな。お前とは気楽に飲む方が合ってる気がする」
そうして、私は今、実家で暮らしている。母は、あかりへの甘やかしを一切捨てて、厳しく接しているらしい。借金の返済が終わるまで、コスメも服も買えない毎日だとか。
私は、恋愛のことはしばらく忘れて、仕事に集中している。俊介とは、今でも気の置けない友人として、時々飲みに行っている。
いつか、心が落ち着いたら、あの日見た俊介の横顔を思い出して、もう少し違う形で向き合える日が来るかもしれない。とりあえず今は、自分の人生を立て直すことが先決だ。



