「まさか学校で会うなんてね。久しぶりじゃない?負け犬さん」
授業参観の廊下で、元親友の美沙に声をかけられた。彼女は私の夫を奪い、駆け落ちした女だ。娘同士が親友だという偶然に、心臓が凍りついた。
「親友の私が挨拶したのに無視するなんてひどいわ」
「無視してないわ。挨拶はしたでしょう。人の目があるんだもの」
美沙は勝ち誇った笑みを浮かべた。今日は決算だと言う。「私に夫を奪われた負け犬がこちらを見てるから、笑うのを必死にこらえたわ」と。
私は再婚しているし、幸せに暮らしている。それでも彼女は言い募った。夫は弁護士で年収一千万、うちの娘は優秀でいい大学に行く。あなたの娘はしょぼいところでしょ、かわいそうに、と。
「大きな勘違いをしてるようだけど、私、再婚してるわよ」
「はあ?あんたが再婚?どうせ子供ができたから結婚したに決まってるわ。愛のない家庭のくせに」
そう思うならそれでいい。私は引き下がった。彼女に近づかないし、子供たちのことに口も出さない。それだけ言って別れた。この時の私は、この何年もの間抱えてきた怒りを必死に抑えていた。
数時間後、娘のあかりが帰ってきて言った。
「私さ、高校卒業したら家を出ようと思う」
「は?どうしたの?いきなり」
「うちの家、もうめちゃくちゃなの。父さん借金してるし、弁護士事務所も倒産寸前らしい。しかも父さんも母さんも浮気してる」
あかりの口から飛び出したのは、美沙の家庭の崩壊だった。離婚調停中で、誰が慰謝料を払うかで揉めている。毎日怒鳴り声が聞こえて、子供のことなんて誰も考えていないという。
「ゆい、大丈夫なの?」
「大丈夫かな…。今は高校卒業したら家を出るって決めたら、楽になったけど」
あかりはゆいの話を聞いていた。ゆいの母、つまり美沙は家に帰りたくなくて浮気相手と会っている。ゆいの誕生日さえ忘れていたのだと。
「ゆいにしか言えないから…ありがとう、あかりは優しいね」
「親友の話くらい聞くよ。うちら、親友でしょ?」
その後、あかりは私に言った。リビングに置きっぱなしだったスマホに、美沙からのLINEが見えたのだと。そこには私への嫌がらせの言葉が並んでいた。
「ゆいのお母さん、めちゃくちゃ自慢してたけど、実際はそんなにうまくいってないらしいよ。借金あるし、弁護士事務所も倒産寸前。親二人とも浮気してて離婚調停中」
「まさか…」
数日後、今度は美沙から直接電話がかかってきた。「娘同士がこそこそしてるみたいだから、これからはうちのゆいに近づかないでもらえない?うちにとっては悪影響しかないのよ」
「それは当人たちが決めることよ。親がとやかく言うものじゃない」
「あかりちゃん、可愛くないじゃない?うちの娘に不釣り合いだし、ブスが映るから話しかけないでくれない?」
「今なんて言った?」
「だからブスって言ったのよ。何かできるならやってみなさいよ。私に旦那を取られて惨めな思いしてるくせに。なんかあったら弁護士の夫に頼むから、あんたに勝ち目はないけど」
その瞬間、何かが切れた。親のことで子供たちが困るからと黙っていたけれど、そっちが口を出すなら容赦はしない。
「貧乏なのはそっちでしょ。聞いたわよ。あなたの家庭事情。借金してるんでしょ?弁護士事務所も倒産寸前。お互い浮気して離婚調停中だって。そんな状態でよくよその家庭にマウント取れるわね」
「な、何のことよ…誰から聞いたの?」
「それは今は関係ないでしょ。それにしても笑ったわ。年収一千万?弁護士の夫?全部嘘じゃない?」
「嘘じゃないわよ!」
「じゃあ嘘じゃないところを教えてよ。夫が弁護士なのはそうかもしれないけど、倒産寸前でそれを言われてもね。娘をいい大学にって話も、その状況じゃ奨学金が必要よね。うちは娘を奨学金なしで大学に行かせてあげられるわ。それでも貧乏って言うの?」
「あんたが私に偉そうにするんじゃないわよ。負け犬のくせに」
「同じセリフばかりね。負け犬から奪った男に飽きて浮気して、家庭内泥沼化させたのはどこの誰かしら。あなただって子供ができたから結婚したくせに。そうでもしないと愛されないくせに、私を見下さないで」
「そういえば、あんた、断るたびに私の容姿を馬鹿にしていたわね」
「だって実際ブスだったじゃない。クラスの男子に馬鹿にされてたし」
「容姿については個人の価値観があるから、あなたが私をどう思うかは自由よ。でも、愛がないなんて決めつけないで」
「いや、ないでしょ。子供できて責任取らせただけのくせに。あかりは連れ子でしょ?」
「え?だからあかりは私と元夫の子よ。あなたが夫を奪った後、妊娠が発覚したの」
「そ、そんなの聞いてない!」
「養育費を一括で払わせた後は、私も連絡しなかったからね」
「じゃ、じゃあ、ゆいとあかりちゃんは…?」
「あかりとゆいは姉妹よ。腹違いのね。浮気するようなクズだから、どうせ子供ができたことはあなたに話してなかったんでしょ。だからあなたも知らなかった。私だって、ゆいちゃんの母親があなただと知って初めて気づいたんだもの」
「嘘でしょ…」
「本当よ。さすがに私も驚いたけど。つまり、今の再婚相手とあかりには血の繋がりはない。でも、本当の家族として今までやってきたわ。これで分かった?あなたは私を見下したかったようだけど、見下せるところなんて何もないの」
「そんなのって…」
「それに、嫉妬で私に突っかかるのももうやめてくれない?あかりが言ってたわ。前にあかりが一瞬あなたと会った時、あかりの服を見て『いい服着てるわね、育ちがいいのね』って言ってたって。内心悔しかったんでしょ。あかりを見て、いい暮らしをしてると思ったから。だから私にマウントを取ってきた。そうでしょ?」
「違う、違う!そんなんじゃない!」
「違わないわよ。あなたは私に劣等感を持っていた。あなたは自分に自信がない。だから愛されていても不安になる。そんなだから浮気を繰り返してるんでしょ」
「何言ってるの!浮気なんてしてないし!」
「あら、そうなの?でも、あなたの浮気相手って、LINE証券の営業マンよね?」
「あ、なんで知ってるのよ!」
「私の夫の職場の人だからね。高級取り同士だから、被ることもあるのよね。写真も持ってるわ。旦那が困っててね。営業中に女性と会ってるってことで、証拠写真を部署の人間で集めてたんだって。見せてもらったら、あなただったから」
「そんな偶然…嘘でしょ?」
「本当にすごい偶然ね。私は嬉しいけど。ああ、そうだ。この写真、あなたの夫に渡すわね」
「なんで渡すのよ!それだけはやめて!」
「どうして?あなたの夫は知らないでしょ、浮気相手がどこの会社に勤めてるか。知ってたら、さすがに弁護士だし、もっと色々動いてると思うのよね。今、離婚調停中なんでしょ?だから渡すの」
「待って!もし証拠が渡ったら、私が不利になるの?」
「そうね。慰謝料はあなたが払うことになるわ。それが狙いよ。でも、そうなったら、あんたを捨てた男が得することになるのよ。それでもいいの?」
「得をすることはないわ。地獄を見るだけよ」
「え?弁護士で証拠があれば、裁判が優位になるってすぐ分かるはずでしょ。そうなれば、あなた相手に裁判するでしょうね。あいつ、お金ないでしょうから。倒産寸前で借金までしてるんだもの。勝てる見込みがあるなら動くはずよ」
「そ、それは困るって…でも、裁判するってなると、それなりにお金がかかるはずよ」
「なれば、お金を取り戻そうと躍起になる。2人で泥沼の裁判をしてくれる方が、私は嬉しいのよ。2人とも苦しんでくれるわけだし」
「今さら争うとか無理だって!」
「あら、争うのはあいつだけじゃないわよ。あなたの浮気相手、奥さんいるでしょ。そっちからも慰謝料請求されるらしいわよ」
「え?あいつ、既婚者だったの?」
「あら、知らなかったの?けど、そんなの関係ないわ。奥さんが激怒してるらしいって、夫が言ってたもの。職場に殴り込みに来たらしくて、修羅場になって大変だったとか。証拠も揃ってるし、裁判になるわ。ダブルで慰謝料って大変ね。お金ないのに、どうすればいいのかしら?」
「…自業自得よ」
翌日、ゆいが美沙に問い詰められた。「なんであかりちゃんの母親に家のことを話したの?あんたしかいないわ。あんたのせいで全部バレたじゃない」
「バレたから何?嘘をついてたのはお母さんの方でしょ?」
「あんた、親に向かってなんてこと言うの!」
「娘とも思ってないくせに。お母さんは私のことなんて何も考えてなかったじゃない」
「そんなことないわよ」
「なら、なんで子供ほったらかして浮気したの?父さんも浮気して離婚調停で、子供のことなんて無視して。家に帰って一人で眠ってた時の気持ちなんて、知らないよね。お母さんは自分のことしか考えてなかった。私のことなんて、どうでも良かったんでしょ」
「生意気なこと言ってるんじゃないわよ!」
「もういいよ。私、高校卒業したらしばらくおばあちゃんの家に行くから」
「待って!おばあちゃんの家ですって?そんな勝手、許さないわよ!」
「親戚に浮気してることがバレるの、嫌だもんね。でも、そんなのどうでもいいよ。私は私が生きるために行動するから、もう連絡しないで」
「待ちなさい、ゆい!」
「私の部屋から荷物がなくなってること、今の今まで気づかなかったでしょ。そういうところだよ」
数日後、美沙からまた連絡があった。「あなた、親戚にも話したの?」
「話してないけど、大体察するでしょ。私はおばあちゃんとしか話してないし」
「親戚から電話が来て、『あなたは何をしているの』って。あなたのせいでみんなに責められてるのよ。娘を追い出しておいて、浮気なんて」
「なんでそれ、私のせいなの?全部母さんがやったことじゃん」
「あんた!」
「自業自得でしょ?私は何もしてない。いい加減、他人のせいにしないでよ」
一週間後、美沙は泣きながら私に電話してきた。「もう限界…慰謝料請求されるし、親戚には叩かれまくるし、娘は出ていくし…もう本当に無理なの」
「あなたが私にしたことを考えれば、これくらい当然よ」
「お願い、もう許して。私、もう十分苦しんだわ」
「十分?まだ足りないと思うけど」
「あんたは私のこと分かってたくせに!」
「何ですって?」
「ええ、そうよ!私はずっとあなたに劣等感を抱いていたの!母親からも『美沙ちゃんみたいに頑張りなさい』って毎回毎回あんたと比べられて!あなたはクラスの人気者で、私は友達がいなくて影で笑われてたのも知ってる!そんな風に育ったんだから、あなたに勝ちたいって思うのは普通でしょ!だからあなたの夫を奪ったの!私の方が上だって証明したかった!それの何がいけないっていうの!」
「そんなことがあったのね…でも、それはあなたの勘違いよ」
「そんなわけない!」
「あなたのお母さんは、あなたを励ましていただけ。あなたを貶めるつもりなんてなかった。だって私は何回もあなたの家に泊まりに行ってたじゃない。だから、少しだけ会話を聞いていたわ。あなたのお母さんが言ってたの。『美沙にはもっと頑張って欲しいけど、素直じゃないから変に伝わってないか心配だ』って。『自分みたいになって苦労して欲しくないから、つい厳しくしてしまうのよね』って。私もあなたのこと、本当の友達だと思っていた。でもあなたは勝手に私に劣っている、利用されているって思い込んだ。その結果、攻撃性が増していって、私の家庭を壊したんじゃない」
「違う!私は被害者で…!」
「親に比べられたかわいそうな子だから、自分は何をしてもいいって思ってたんでしょ。でも、あなたは自分の都合のいいように勝手に歪んだ解釈をしただけ」
「…でも、それで救われたわ」
「え?」
「本当はね、私もあなたたちに苦しんで欲しかったの。でも、復讐したい気持ちより娘を優先した。だから養育費だけもらって、それ以降は何もしなかった。でもね、あなたたちに苦しんで欲しいという願いは、ずっとあったの」
「何ですって…」
「娘が幸せならそれでいいって、自分の気持ちに蓋をしてたの。でも、あなたは私の娘のことまで馬鹿にした。大切なものをけなされて黙ってるほど、私だってお人好しじゃないの。今、あなたは報いを受けてる。ようやく願いが叶ったわ」
「ひどい…こんなのあんまりだわ!」
「ひどいのはあなたよ。自分が被害者だなんて、二度と言わないで。これから先は貧乏暮らしだろうけど、私は気の毒とは一切思わないわ」
数日後、あかりが私に言った。「ねえ、お母さん、話があるの」
「どうしたの?」
「実は、ゆいちゃんのことで…」
「ゆいが何かあった?」
「ゆいちゃんは、私の腹違いの妹なの?」
「へ?は?どういうこと?」
「ゆいの父親は私の元夫で、あなたの父親よ」
「マジで…」
「ごめんね、今まで言えなくて」
「うん、大丈夫。びっくりしたけど」
「私がお母さんの連れ子なのは聞いてたけど、こんなことってあるんだね。でも、まあ、私のお父さんは今のお父さんだし。正直、そっちはどうでもいいっていうか…」
「あなたの立場だと複雑よね。ゆいちゃんとこれからどうするの?」
「どうもしないよ。親友だし。姉妹って言われると、なんか変な感じだけど。大切な子なのね、ゆいは」
「うん、そうだよ。ゆいのこと、大好きだから。でも、お母さんからしたら嫌だよね?浮気相手の子供と仲良くしてるなんてさ」
「それとこれとは別よ。それに、あなたはよくゆいちゃんの話をたくさんしてくれてたでしょ。ゆいちゃんもあなたのことを大切に思ってるだろうし。仲がいいのは知ってるもの。だから、私がゆいちゃんのことを浮気相手の子供だからって嫌うことはないわ」
「そっか…それ聞いて安心した。ゆいに会うとか言われたらどうしようかと思った」
「それはさすがにないわよ」
「よかった」
同時刻、ゆいとあかりは話していた。
「ねえ、ゆい、聞いた?うちら、姉妹らしいよ」
「は?あの話マジなの?お母さんから聞いたけど、嘘かと思ってた」
「びっくりしたわ」
「親友だと思ってたら姉妹だったとか、ドラマかよ」
「でも、なんか嬉しいかも」
「私も、あかりが姉ちゃんでよかった」
「私も私も、ゆいが妹でよかった。なんか全然知らない人がいきなり姉ですとか言われても、信じられないし」
「それはそう」
「というわけで、これからもよろしくね、姉ちゃん」
「よろしく、妹」
「なんか姉妹って変だわ。ていうか、私がお姉ちゃんなの?誕生日はあかりの方が早いじゃん」
「だから、あかりがお姉ちゃんなんでしょ」
「嫌なら入れ替わろうか?」
「それいいね」
「でも、うちらさ、なんか変わるのかな?」
「さあ、変わんないんじゃない?うちら一生2人でバカやってそうだもん」
「それ、私も思った」
「あ、でも、姉妹ならあれじゃん。病院運ばれたら、家族として病院行けるじゃん」
「なんで病院運ばれる前提なの?笑うんだけど」
「いや、これからもずっと一緒にいるなら、そういうこともあるんじゃね?」
「まあ、おばあちゃんになったらそうだよね」
「ばあちゃんになっても、一緒にいようね」
「うん、約束」
その後、美沙は夫と浮気相手の奥さんから二重の慰謝料を請求されました。毎月の支払いに追われ、親戚からは絶縁され、孤立しました。さらに、元夫と財産分与で揉め、何もかも失ったと聞きます。
私を裏切ったあの男も、裁判までしたことで資金がなくなり、事務所も倒産しました。2人揃って金を奪い取ろうと躍起になり、地獄を見ていると聞きます。
一方、家を出たゆいは祖父母の家で、今は平和に暮らしていると聞きます。あかりとは違う大学ですが、お互い定期的に会っているようで、新生活を送る中で支え合っています。友人として、そして姉妹として、2人はかけがえのない存在なのでしょう。
子供たちはもうすぐ成人を迎えます。親の手を借りずに生きていく、その背中を私は押してあげることしかできません。でも、子供たちがこれから先、自分らしく生きてくれることを願っています。



