「お母さん、どうして私にこんな意地悪をするんですか?」
「あら、何よ。席を外したと思ったらLINEなんかで。言いたいことがあるなら面と向かって言いなさいよ。」
「そうしたら店に迷惑がかかるでしょう。だからLINEにしたんです。」
「それで、何が言いたいの?」
「どうして私にはガリしか食べさせてくれないんですか?」
「何?まさか寿司が食べたいって言うの?せっかく高級なお寿司屋さんに来たんだから、食べたいに決まってます。でも、それよりもこの扱いが気になって仕方ないんです。」
「そもそも、今日は美重の内定祝いだって分かってるの?私はこういう会をすごく大切にしているの。美重は有名企業から内定をもらえたんだから、しっかりお祝いしたいわ。」
「分かってますよ。私も美重ちゃんのことをお祝いしたくて来ました。来年の春から、同じ会社で一緒に働けるのが本当に嬉しいんですから。」
「随分と自慢げに言うわね。あなたは転職組でしょ。新卒入社の美重と同じにしないで。」
「どちらが偉いとか、そんな話じゃないですよ。」
「どんな手を使って転職したかは知らないけど、これ以上うちででかい顔はさせないから。」
「そんなことは一切してません。」
「とにかく、部外者のあんたに寿司は食べさせないから。」
「私のことを部外者呼ばわりするのはやめてください。」
「私の中であんたは部外者なのよ。それを受け入れなさい。」
「どうしてですか?お母さん、おかしいですよ。結婚したばかりの頃は、ちゃんと仲良くできてたじゃないですか。」
「うるさい。最初からあんたのことなんて好きでも何でもなかったのよ。席に戻るのは自由だけど、あんたに出すのはガリだけね。他人に寿司はなしよ。」
「そんなの、ひどすぎます。私は家族になれて、本当に嬉しかったのに。美重ちゃんにも先輩としていろいろ教えてあげたいと思ってたんです。」
「これを約束しなさい。美重には絶対に近づかないこと。あんたが親族だってバレたら、美重のキャリアに傷がつきかねないわ。」
「私のことを何だと思ってるんですか?」
「転職組なんて、そういう立場なのよ。」
「部外者のお母さんに、うちの会社の何が分かるんですか?」
「黙りなさい。とにかく約束よ。」
私は席を外して、夫の鉄郎にLINEを送った。
「ごめん、もう少し仕事で遅れそうなんだ。ミスが発覚して、みんなで対応してるんだよ。終わったらすぐに行くから、母さんたちにそう伝えておいてくれる?」
「私じゃなくて、お母さんに直接LINEした方がいいと思うよ。」
「いや、なんかうるさく言ってきそうじゃん。あの人、美重が採用されたことにめちゃくちゃ浮かれてたからさ。『遅れたら許さない』とまで俺に言ってきたんだぜ。こんなんで怒られるのは嫌だし、カナが言っておいてくれよ。」
「それは分かるけど……私の話は聞いてもらえないと思う。」
「なんで? 何かあったのか?」
「お母さんが私のことを部外者って呼ぶの。それで、私にはガリしか食べさせてくれないの。」
「部外者? なんでそんな嫌がらせをするんだ?」
「分からない。喧嘩した覚えもないし、別々に暮らしてるから接する機会もなかったしね。正月に会った時には冷たくなったなとは思ってたけど。」
「カナと美重は同じ会社で働くんだから、仲良くした方がいいに決まってるだろうに。会社でも絶対に口を利くなって言われたわ。」
「あの人は本当に分からないな。何か原因があるはずだ。美重に聞いてみたら?」
「そうね。聞いてみようと思う。」
「父さんは何も言わないの?」
「なんかみんな嫌な感じなんだよね。」
「そうか。なるべく早く仕事を切り上げて俺も合流するから。辛い思いをさせてごめんな。」
「お願いね。」
私は美重ちゃんに直接聞いてみることにした。
「美重ちゃん、お母さんが私に対してすごく怒ってるみたいなの。ずっと私だけガリしか食べさせてもらってないんだよ。何か心当たりない?」
「え、そうなんですか? 全然分かりませんけど。」
「お姉さんが何か嫌なことをしたんじゃないんですか?」
「何の覚えもないわ。いきなり部外者だって言われて驚いてるのよ。」
「でも、部外者は部外者じゃないですか? 兄と結婚したからって、家族に入れるなんて意味が分からないですよ。いくらお姉さんに家族がいないからって、そんな甘えられても困ります。」
「親を早くに亡くしてることを、そんな風に言うのはやめて。今でも辛い気持ちがあるのよ。」
「私は事実を言ってるだけです。家族みたいにすり寄られても困ります。それって、結局自分の利益のためでしょ?」
「利益? どういうこと?」
「私が新卒で入社してエリートコースを突っ走るから、そのおこぼれに預かって良い思いをしたいんでしょ?」
「そんなこと思ってないわ。仕事を頑張って出世しようとするのは素敵なことだと思う。でも、出世するのが決まってるみたいに言うのは間違ってるわ。」
「そりゃ転職組のあなたはそうでしょうね。でも新卒入社の私はエリートが決まってるのよ。」
「お母さんに変なことを吹き込んだのは、あなたね。」
「変なことじゃないわ。ネットに実際そう書いてあったのよ。」
「そんなのを信じてるの?」
「うちって大手なのに、あんたみたいな中途の人間を採用してるのがおかしいのよ。全員新卒だけにすべきよ。」
「上の人の考えだから、あなたに口出しする権限はないと思うわよ。」
「だったら、私が偉くなったら転職組は全員首にしてやる。」
「やれるもんならやってみればいいわ。」
「適当に言ってると思ってるんでしょ。残念だけど、もう実際に動いてるんだから。」
「どういうこと?」
「同じ大学の仲間とか、同学年の知り合いをたくさん採用してもらうようにするの。そしたら私たちは派閥を作って、会社を動かすことができるわ。」
「そんなこと、許されるわけないでしょ。」
「あなたの仲間が多く採用される見込みはあるの?」
「大丈夫よ。後期試験がまだ残ってるから。まだ就活してる子たちには、私が受けた採用試験の内容を細かく伝えてあるからね。傾向と対策がバッチリなのよ。」
「な、なんてことを……。」
「そうなったら、真っ先にあなたのことを首にしてやる。他人のくせに家族ぶられて、うざかったのよ。」
「首になるのが嫌なら、私たちの前から消えてよね。」
その時だった。
「ちょっと、あんた。いつまでここにいるつもり? ガリはもう食べ終えたでしょ。だったらさっさと帰りなさいよ。面と向かって言われる前に、私の忠告を聞きなさい。」
「お母さん、今はそれどころじゃありません。美重ちゃんがとんでもないことをやってました。今すぐ手を打たないとまずいです。」
「はあ? わけの分からないことを言わないで。そうやって私たちに取り入ろうとしても無駄よ。あんたの話なんて聞くだけ時間の無駄。もう少ししたら鉄郎も来るんでしょ。だったらあんたは出ていきなさい。これからは大事な家族の時間になるんだから。」
「そんなに私が邪魔ですか?」
「そうね。本当に鬱陶しい存在だわ。鉄郎もどうしてこんな人を選んだのかしら。性格最悪のどうしようもない女なのに。」
「どうしてそう思うのか説明してください。悪いところがあったら謝りますから。」
「そんなことしても意味ないわ。あんたの存在自体が私のストレスなの。なんなら鉄郎とも別れてほしいくらいよ。」
「私たちの関係にまで口出しするんですか?」
「私は鉄郎の親よ。そんなの当たり前じゃない。」
「分かりました。もういいです。」
「それじゃあ、さっさと私たちの目の前から消えて。あんたがいなくなってからが、内定祝いの本番なんだから。」
「……それじゃあ、美重ちゃんの内定は取り消しということで。」
「お前にできるもんか。」
「確かに、私にはできませんよ。あなたに言われなくても、ちゃんとやりますから。」
「あんた、何を言ってるの? 気持ち悪いわね。いいから出ていって。それと、美重には絶対に関わらないようにしてよ。」
「……分かりました。」
一週間後。
「ちょっと、これはどういうことよ! なんで私が内定取消しなんてされないといけないの!」
「どうしてそんなことを私に聞くの? 私は企画部の人間よ。人事に聞くのが普通じゃない?」
「聞いたわよ! でも詳しいことは言えないってしか言われなかったの!」
「あら、そう。それじゃあ、自分の胸に聞いてみたら?」
「私が内定取消しになるような覚えはないわ! そんなのありえないでしょ!」
「……やっぱり、何の罪悪感もないんだね。」
「どういうこと?」
「あなたが内定を取り消されたのは、試験情報を流出したからよ。」
「え? あれって、ダメなことだったの?」
「ダメに決まってるでしょ。試験情報は公開しないってのが基本ルールよ。採用試験を受ける前に、その説明をされてるはずでしょ。人事の人がそう言ってたわ。」
「……てことは、これを告げ口したのはあんたね。」
「そうよ。」
「よくもそんなことを! 私のことを陥れようだなんて、許されると思ってるの!」
「だって、不正は見逃せないでしょ。家族だったら庇うところだけど、私たちは家族じゃないものね。赤の他人でしょ?」
「い、いや……それは……。」
「私は会社の利益を守る方を選ぶわ。会社の人たちは仲間だもの。赤の他人と仲間なら、どっちを守るかは聞くまでもないわね。」
「守るって……大げさな言い方しないでよ!」
「あなたのやったことで、試験が平等に行われない可能性があったの。その結果、本来合格するはずだった優秀な人材を会社が取れない可能性だってあった。これは会社にとって大きな損失よ。それを防ぐために、全部人事部に伝えたの。おかげで採用試験の内容を大きく変えることになったけど、本当に多くの人に迷惑をかけたのよ。」
「確かに、試験の内容が全然違ったって言われたわ……。」
「そもそも、不正な方法で採用を勝ち取ろうなんて人間は、会社には不要よ。」
「どの口が言ってるのよ! 何であんたみたいな、しょうもない中小企業の人間が大手に転職できたのよ! あんたこそ不正なやり方をしたんでしょ!」
「そんなことするわけないでしょ。」
「どうだかね。確実に言えるのは、あなたのやったことは許されることじゃないってこと。だからあなたは内定が取り消されたの。これ以上のクレームは受け付けられないから、諦めて次の就職先を探したら?」
「今募集してるとこなんて、全部しょうもない企業ばっかりよ! 大手はどこも採用が終わってるんだから!」
「それでも、うちは諦めるしかないからね。」
「本当にあんたは最低なことしかしないわね!」
「それ、自分に向けた発言でしょ?」
それから三十分後。鉄郎から電話がかかってきた。
「鉄郎! あんたの嫁がとんでもないことをしてくれたわ! 美重が内定取消しにされたのよ! これもこれも、全部あんたの嫁のせいなんだから!」
「俺だって詳しい話は聞いてるよ。悪いのは全部美重だろ。カナを責めるのは、お門違いもいいところだよ。」
「あんた、まさか嫁の味方をするつもりなの!?」
「今回の件は、どう考えたってそうだろ。美重のこと擁護できないよ。社会人としてあるまじきことをやったんだから。母さんも親なら、俺たちに文句を言うんじゃなくて、美重を叱るべきだよ。」
「どうしてそんな冷たいことが言えるの!? あの女は自分の立場を守るために、美重を排除したのよ!」
「どういうことだよ。」
「美重が会社に入ったら、あの女は家族内で偉くなれないでしょ。だから美重を陥れたのよ!」
「はあ……意味が分からないよ。カナはそんなこと考えるような人じゃない。」
「あんたは恥ずかしくないの? 自分よりも嫁が偉い立場になってるのよ? 屈辱だと思わないの?」
「俺はカナのことを誇らしく思ってるよ。仕事ぶりが認められて、今の会社にヘッドハンティングされたんだぞ。それだけ優秀な人が自分の妻だってことが、何よりの自慢だよ。」
「ヘッドハンティングされたの?」
「そうだよ。だから今の会社で働けてるんだ。普通に中途採用で受かったとしても、難しい会社なんだぜ。枠だってほとんどないって聞いてるしな。今じゃ、責任あるポジションも任されてるみたいだしな。」
「え? 新卒入社でもないのに?」
「それは美重の思い違いだよ。どんな入り方をしても、会社では実力のある人間が出世していくんだ。そしてカナには、その実力があるんだよ。」
「そうだったの……。」
「それじゃあ、これで話は終わりだ。悪いけど、もう俺たちに関わらないでくれるか? この連絡先もブロックさせてもらうからな。」
「はあ!? なんでそんなことをするのよ!?」
「あんたはカナのことを他人呼ばわりしただろう。それで内定祝いの席で、ガリしか食わせなかったんだろ?」
「それが何だって言うのよ!」
「俺はカナの夫だからな。カナにとっての他人ってことは、俺にとっても他人ってことだよ。俺はもうあんたたちと絶縁する。」
「ちょっと待って! 考え直してよ! 私がカナさんに厳しくしてたのは、あんたのメンツを潰されたからよ! あくまであんたのためを思って厳しくしてたのよ!」
「そんなものが嬉しいわけあるか? もし本当にそう思ってるなら、『カナに負けないように仕事を頑張れ』って俺に言えよ。なんでカナの足を引っ張るような真似をするんだ。その時点で、あんたは間違ってるんだよ。」
「だけど絶縁なんて……!」
「これはもう決めたことだ。あんたたちとは、もう親子でも何でもない。二度と俺たちの前に現れないでくれ。」
そう言って、鉄郎は電話を切った。
それから二週間後。今度は美重ちゃんから連絡が来た。
「美重ちゃん、久しぶりね。」
「……何よ。ブロックしてたんじゃないの?」
「どうしても話したいことがあって、解除したの。ちょっと時間ある? 話を聞いてくれる?」
「こっちも忙しいのよ。就活、うまくいってるの?」
「うるさいわね。あんたには関係ないでしょ。」
「そうね。それじゃあ、本題に入りましょうか。」
「何よ?」
「あなたのことを、名誉毀損で訴えることにしたから。」
「はあ!? 何それ!」
「あなた、私に関する嘘をSNSで拡散したでしょ。」
「どういうことよ!」
「知らばっくれないで。私の知り合いから教えてもらったんだけど、私のことを書いてるアカウントがあったの。そこには、私が『中途採用試験に関して、体を使って採用を勝ち取った』って書いてあったわ。それで今、大手で働けてるんだってね。すぐに会社に報告したら、会社が動いてくれて開示請求をしてくれたの。それで、あなたのアカウントだってことが分かったのよ。」
「だから、私を訴えるって言うのね。」
「そうよ。当たり前でしょ。」
「ふん! でも私は間違ったことは言ってないわ! だって、あんたみたいな奴が大手に中途採用されるなんて変だもの! 大した大学も出てないくせに! 絶対におかしいわ!」
「私はヘッドハンティングされたの。」
「それが体を使ったってことでしょ?」
「違うわ。私はとある会社とのコンペで企画を提出したの。それを今の会社の人が高く評価してくれて、『うちで働かないか』って言ってくれたのよ。」
「そんなの、私が知るわけないわ。」
「知らないからって、嘘をついていいわけないでしょ。あなたって本当に子供みたいな性格してるわね。そうやって疑われて、私が今まで頑張ってきたことを全部否定されたみたいで、本当に気分が悪いの。自分がやれることをやった結果が今なのよ。ずるいことしか思いつかないあなたには、この気持ちは分からないかもしれないけどね。」
「……好きに言ってくれればいいわ。名誉毀損でも何でも、訴えたらいいでしょ。」
「ええ、そうするわ。慰謝料も請求させてもらうからね。」
「どうぞ、ご自由に。」
「それと、うちの会社もあなたを訴えるって言ってるから。」
「え? 会社が?」
「そうよ。だってあなたのSNSのせいで、うちの会社の信用が損なわれたわ。その分の損害賠償を請求するって言ってるから。言っておくけど、こっちの額は私の請求とは桁が違うからね。大手企業として被った損害は、本当に大きいものだから。」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの無理に決まってるでしょ!」
「無理かどうかなんて関係ないわ。大人なんだから、やったことの責任は取らないとダメよ。」
「ちょっと! お姉さん! そこをなんとか言って止めてよ! 私が反省してるって伝えて!」
「いやよ。そんなこと、私がするわけないでしょ。」
「お願い! 妹の私を助けて!」
「家族ぶるのはやめてよね。これからは、あなたなりのエリート道を突っ走りなさい。険しくて荒れた道だと思うけど、頑張ってね。」
それから後日談を聞いた。
美重ちゃんは、会社からの高額な損害賠償請求と、私からの慰謝料請求をされた。訴えられたことへのショックから満足に就活もできず、新卒採用の時期を逃してしまい、今は就職先が見つからずアルバイトを掛け持ちしているらしい。今はなんとか就職先を見つけようと、大学時代の仲間たちのコネを利用しようとしているそうだけど、誰からも相手にされてないみたいだ。「派閥を組んで会社で幅を利かせよう」とか言ってたけど、結局は大した絆もない関係だったってことね。
お母さんたちも、彼女の支払いを肩代わりしなきゃいけない状況で、生活がすごく苦しくなってしまったらしい。今じゃスーパーのお寿司すら手が届かなくなってしまったと聞く。高級寿司屋で食べたあの時の味を、一生忘れないようにしないとね。
一方の私は、鉄郎と幸せに暮らしている。会社では順調に成果を上げて、周りからも頼られる存在になれた。美重ちゃんの件では、会社の上の人たちが心のケアに気を遣ってくれて、本当にこの会社に来て良かったと改めて思った。
これからも、この会社に貢献できるように頑張っていこう。
あ、そうだ。今度、結婚5周年を迎えるの。だから、この前行った高級寿司屋に行こうかって、鉄郎と計画してるんだ。ガリだけでも十分美味しかったから、お寿司はどれだけ美味しいのか、今から本当に楽しみ。



