「年金手帳と通帳を今すぐ出してください。」
長男夫婦との同居初日。最後のダンボールが運び込まれた瞬間、嫁のれ子さんがまるで当然のように言い放った。
「どうして?」
「今日からこの家に住むんですから、お母さんの年金は私が管理します。生活費を入れるのは当然ですよね」
ここへ来る前、一人暮らしは心配だから家族で助け合いましょうと言っていたのは、いったい誰だったのか。
息子の高一は私と目を合わせずに言った。
「母さん、家計はれ子に任せてるんだ。黙って渡してくれよ」
「渡さなければ?」
それを聞いてれ子さんは玄関を指さして笑った。
「嫌なら今すぐに出て行ってください。行く場所なんてないでしょうけどね」
私はしばらく黙った後、思わず笑顔になった。
「ありがとう。助かるわ」
私はさち子、66歳。夫を亡くしてから、短時間の清掃の仕事をしながら一人で暮らしてきた。長男の高一は40歳。妻のれ子さんと小学3年生の娘・ゆいを育てている。
今は亡き夫はお金にだらしなく、給料の多くを自分のために使う人だった。だから息子には苦労させたくないと思った。高一が困るたびに助けた。大学時代の生活費も、就職後に作った借金も、「一度だけ」と言いながら肩代わりした。
あの頃の私は、助けることが母親の愛情だと思っていた。今なら分かる。私は息子を支えていたのではない。自分で責任を取る機会を奪っていたのだ。
高一がれ子さんを連れてきたのは、夫の葬儀から半年ほど経った頃だった。最初の挨拶でれ子さんは結婚式費用を求めてきた。私は息子のために金を出したが、彼女はさらに「ご祝儀は別ですよね」と念を押した。
結婚後も要求は続いた。孫のゆいが生まれると「孫の服を買ってください」と買い物へ誘われる。会計になると、ゆいの服だけでなくれ子さん自身の服まで並んでいる。断ろうとすれば人前で涙を見せる。私は周囲の目を気にして何度も支払ってしまった。
ゆいが小学校へ入ると、今度は放課後の世話まで頼まれた。
「私、仕事を始めるのでゆいの面倒を毎日お願いしますね」
相談ではない。決定だった。私にも仕事があると伝えると、れ子さんは深いため息をついた。
「では、ゆいを知らない人に預けろと言うんですか?あなたの孫ですよ。おばあちゃんなのに、かわいそうだと思わないんですね」
孫のためだと思い、私は仕事の時間を減らした。
どこか息子に似ている孫のゆいは、素直でとても優しい子だった。学校から帰ると先に宿題を終え、台所にいる私を手伝ってくれる。
ある日、二人でホットケーキを焼いていると、ゆいが小さな声で訪ねた。
「おばあちゃんって、ケチなの?」
手が止まった。
「誰が言ったの?」
「パパとママ。でも私はおばあちゃんがケチだと思わないよ。そう言ったらママに怒られたの」
私はゆいの頭を撫でた。
「人と違う考えを持ってもいいのよ。ゆいは自分が感じたことを大切にしてね」
その日からゆいは私の前でよく笑うようになった。反対に、れ子さんが迎えに来ると急に口数が減る。私はこの子のそばにいたいと思った。
そんな時、高一夫婦が新築の家を購入した。ところが間もなく、私が住んでいた地域で再開発の話が持ち上がった。それを聞いた高一は優しかった。
「母さんの家の周りも工事が始まるかもしれないんだろう。一人で住むのも心配だし、俺たちと同居しようよ」
れ子さんも笑顔で続けた。
「ゆいも喜びます。学校からも近いですし、お互い助け合えますよ」
助け合い。ただその言葉だけ、私は少し引っかかった。それでも「おばあちゃんと毎日暮らせるの?」と目を輝かせるゆいの願いに勝るものはなかった。私は同居を受け入れた。
翌朝、早くから引っ越しの準備を始めた。そして迎えた同居初日。れ子さんは「生活費」という最も正当な理由をつけて、年金手帳と通帳を要求したのだ。
私は荷物の上へ腰を下ろし、二人に尋ねた。
「私の年金を何に使うつもりなの?」
「もちろん生活費ですよ。お母さん一人増えれば食費も光熱費もかかりますよね。それに老後は2000万円必要だと言うでしょ。どうせ貯金もないんだから、今から私が管理してあげますよ」
私は一枚の封筒を取り出し、テーブルへ置いた。金融機関から高一宛てに届いた住宅ローンの書類だ。同居の相談に来た日、高一が私の家の前に落としていった。拾った時にはもう高一はおらず、封が開いていたため中身を確認した。すると、支払いが3ヶ月滞納していると書かれていた。
「生活費のためではないでしょう。私の年金で住宅ローンの穴を埋めたかったのよね」
高一の顔が引きつった。
「なんで知ってるんだ。ちょっと遅れてるだけだ。すぐに払える」
「何で払うの?」
私が尋ねると二人は黙った。二人とも家計のお金を勝手に使っていたのだ。高一は飲食や趣味に、れ子さんは服や美容に。互いに使った金額を隠し、引き落とし口座を空にしていた。
「あなたが使いすぎたからよ」
「お前だって勝手に引き出しただろ」
二人は私の前で責任を押し付け合い始めた。私は静かに手を叩いた。
「もういいわ。つまり二人で使ったんでしょ。そして二人で私の年金を当てにした」
短く言うと、二人は同時に口を閉じた。高一が観念したように言った。
「でも母さんが住んでた家を売ればなんとかなるんだよ。再開発が決まれば高く売れるかもしれない」
ようやく本音が出た。私を同居させれば空いた実家を売れる。その代金で住宅ローンを立て直せる。そう考えていたのだ。
「母さんの家なんだから、いずれ俺が相続するだろ」
私は高一を見つめた。
「誰があの家を私のものだと言ったの?」
「え?」
「あの家は借りていたのよ」
高一の顔からみるみる血の気が引いていった。私が住んでいた家は、元上司が管理を条件に貸してくれていた家だった。高一は父親の持ち家だと思い込んでいたのだろう。
「そんな…母さん、家賃はないって言っただろ」
「払っていないとは言ったわ。持ち家だとは一度も言っていません」
高一はその場に座り込んだ。れ子さんが声を荒げる。
「だったら最初から言いなさいよ。私たちはあの家が売れると思って…」
言いかけて、口を抑えた。私はゆっくり立ち上がった。
「やっぱり私を心配していたわけではないのね。年金と家が欲しかっただけ。そうよね」
高一が声を荒げた。
「違う。ゆいのこともあるし、一緒に暮らしたかったのは本当だ」
「あら、ではなぜ同居初日に私の通帳を要求したの?」
高一は何も答えられなかった。
私は引っ越し業者へ電話をかけた。
「本当に出ていくの?」とれ子さんが慌てる。
「出ていけと言ったのはあなたでしょう」
「でも、年金くらいは入れてくださいね」
私は耳を疑った。同居しないのに。
「家族なんだから、困った時は助け合うものでしょ」
あまりにも厚かましい話に、言葉が出なかった。それを見た高一が頭を下げた。
「母さん、頼む。今月だけでも助けてくれ」
以前の私なら財布を開いていただろう。息子が困っている。孫がいる。家族なのだから。そう言ってまた代わりに責任を負っていたはずだ。
しかし私は、ゆいに伝えた言葉を思い出した。
「自分が感じたことを大切にしていい」
それは私自身にも必要な言葉だった。
「助けません」
私ははっきり告げた。
「あなたが失敗するたび、私が代わりに払ってきました。それが母親の愛情だと思っていた。でも違った。今度は自分で責任を取りなさい」
翌日、私は荷物を運び出した。ゆいには大人同士の金銭問題は話さなかった。ただ「少し離れて暮らすけれど、いつでも会えるからね」と伝えた。ゆいは泣きながら私の手を握った。
その後、高一夫婦は住宅ローンを立て直せず、家を手放した。養育費を巡る争いも続き、二人は別居することになった。高一は仕事を続けながら、小さな部屋でゆいと暮らしている。
私はゆいの面倒を以前のように無条件では引き受けない。必要な時は高一が頭を下げ、予定を確認してから頼みに来る。私も自分の仕事や生活を優先し、できる時だけ手伝っている。
ある日、高一がぽつりと言った。
「母さんが助けてくれなくなって、初めて自分がどれだけ甘えていたか分かった」
私は答えた。
「遅かったけれど、分かったなら今から変わりなさい」
私は今も年金を受け取り、短時間の仕事を続けている。決して裕福ではない。でも自分のお金を自分で使い、自分の時間を自分で決められる。
家族を愛することと、家族の言いなりになることは違う。助けることと、責任を肩代わりすることも違う。
同居初日に「出ていけ」と言われたあの日、私は住む家を失ったのではない。長い間手放せなかった「母親だから我慢しなければならない」という思いから、ようやく出ていけたのだ。



