「あの日、自分の誕生日会で、嫁に『家族だと思ったこともない』と言われた。プレゼントは『ゴミになる』と突き返され、私は『赤の他人』として、たった一人で庭に立っていた。 それから一年後、今度は私の母の葬式。息子夫婦が持ってきた香典は、なんと一万円。『お母さんの価値はそれだけってこと?』と問い詰めると、息子は言い放った——『じゃあ、今日で最後にしましょう』。…

「あの日、自分の誕生日会で、嫁に『家族だと思ったこともない』と言われた。プレゼントは『ゴミになる』と突き返され、私は『赤の他人』として、たった一人で庭に立っていた。 それから一年後、今度は私の母の葬式。息子夫婦が持ってきた香典は、なんと一万円。『お母さんの価値はそれだけってこと?』と問い詰めると、息子は言い放った——『じゃあ、今日で最後にしましょう』。...

「もう、早く帰ればいいのに」
 私はつい、そう呟いていた。

 今日は孫の誕生日会。なのに、私はほとんど知らない人ばかりの庭にひとりで立っていた。リサ——息子の嫁に、私は「家族だと思ったこともない」と言われているのを、偶然耳にしてしまったのだ。

 あの瞬間、空気が凍った。
「お母さん……聞こえてました?」
「ええ……まあね」
「すみません。でも本音なんで」

 そう言われて、私は何も言い返せなかった。息子の龍二に誘われて来たものの、どうやら彼は妻のリサに「来ても無視しろ」と言われているらしい。私はただの「赤の他人」として、そこに居場所がなかった。

 それでも、私はプレゼントを用意してきた。一歳の男の子が喜びそうな絵本とおもちゃ。でもリサはそれを見て、鼻で笑った。
「マジか。もういらないんで、持って帰ってください」
「はる樹君は気に入ってくれるかもしれないじゃない?」
「ゴミになるだけなんで」

 その言葉に、私は何も言えなかった。リサは続ける。
「お金くれれば一番嬉しいんですけどね。そういうの、わかんないんですか?」

 私は、ただ息子の家族と仲良くしたかっただけなのに。

 翌日、夫の雄二に愚痴った。すると彼は言った。
「俺も聞いてたよ。リサに言われてたんだ。俺が来ても無視しろって。そうすれば5分で帰るだろってさ」
「何なのよ、それ……」
「お祝い目当てに決まってるじゃん。お前も大概だと思ったけどな。リサすごくがっかりしてたぞ」

 まさか、夫までもが私を責めるなんて。私は反論した。
「お祝いの額で付き合い方を変えるっていうの?私は孫が喜ぶものを選んだだけよ」
「はるきに好かれたかっただけだろ?それこそエゴじゃないか」
「あなた、結婚する前は優しい子だったじゃない」
「別に変わったつもりはないけどな」

 その日のうちに、私はこう宣言した。
「そう。じゃあ、今後一切関わらないことにしましょう」
「ああ、それでいいよ」

 本当に、それで終わると思っていた。

 それから三ヶ月後。今度は私の母が亡くなった。

 葬儀の日、息子夫婦が弔問に来た。驚いた。あれほど縁を切ったと言ったのに。でも、彼らが来た目的は、手ぶらではなかった。
「お悔やみ申し上げます。あの、これ、香典です」

 差し出された封筒の中身を見て、私は言葉を失った。一万円。
「何なんですか、これ」
「え?」
「私の母は、一万円の価値しかないって言いたいの?前にリサさんがくれた誕生日プレゼントは、安いおもちゃでいいと言ったのはあなたたちじゃない。そういう気持ちの問題でしょ?」
「あの時は俺たちも苦しかったんだ」
「私はそれを聞いて許せるほど、できた人間じゃないわね」
「じゃあ、今日で最後にしましょう」
「ええ、願ったり叶ったりよ」

 その日、私は本当に、この人たちと縁が切れたと思った。

 ところが。一年後。一通のLINEが届いた。
『お母さん、ご無沙汰してます。お元気ですか?リサです』

 私は思わずスマホを見つめた。確かに、ブロックはしていなかった。設定の仕方が分からず、そのままにしていただけだった。

 リサは言った。
「あの時は私も育児疲れでどうかしてました。1年かけて、やっと謝らなきゃって思えたんです」
「今更何なの?もう連絡しないって話で終わったわよね」
「あんなの間に受けないでくださいよ。お祝いや香典が少ないという理由で遠ざけたのは、あなたがたでしょう?」
「それこそ、あなたから始めたことじゃない」
「……実は、今すごく困ってて。助けて欲しいんです」

 話を聞くと、リサは仕事を始めたが、息子の龍二は多忙で、保育園に入れないのだと言う。遠くの保育園なら空きがあるが、電車とバスを乗り継がなければいけない。だから、たまにはる樹の面倒を見て欲しいというのだ。
「はる樹の将来のためにお金を貯めたいんです。どうか、一ヶ月だけでいいんで」
「……あなた、何があったの?」
「親友が義母問題で苦しんでて。最初に強く出ておけばいいってアドバイスされて、それを受けちゃったんです。全部、私が間違ってました」

 私はひとり、考え込んだ。あの時の仕打ちが、許せないわけではない。でも。はる樹に罪はない。私は血のつながった孫を、もう一度抱きしめたくなっている自分に気づいた。
「……分かった。夫と相談してみるわ」

 数日後、私はリサに返事をした。
「今回だけよ。協力することにしたわ。ただし、1年前のことを許したわけじゃない。その言葉は預からせてもらうから」
「はい。それで構いません」

 こうして私は、再び孫の世話をするようになった。

 最初は週に二、三度だった。ところが、数週間もすると、リサは毎日のようにはる樹を預けに来るようになった。夜も遅い。
「ちょっと、最近帰りが遅すぎない?はる樹もママが恋しがってるわよ」
「残業代稼がないとやっていけないんです。うちの子はメンタル強いんで、平気ですから」
「もう寝てるなら、そのままお願いしますね」

 私はおかしいと思った。昼に働いて、夜も遅くまで。そんな無理、続くわけがない。夫に話すと、彼は考え込んだ。
「なんか、様子が変だな。俺の知り合いに調べてもらおうか」

 夫の友人のマイクさん。日本人の心を持つ外国人で、今は全国を旅しながら生活している人だった。彼にお願いすると、数日で驚くべき報告が届いた。

「みか子様、息子夫婦の闇が深すぎるわ。リサは昼の仕事なんかしてないよ。キャバ嬢じゃ」
「え……?」
「そもそも、保育園の申し込みすらしてない。稼いだ金は全部、ホストの男に注ぎ込んどる」
「嘘でしょう……」
「さらに、竜二も竜二よ。会社は首になってた。無断欠勤と借金トラブルでな。夫婦関係はとっくに破綻しとるで。今はネットカフェ暮らしらしい」
「信じられない……」
「一番の問題はこれじゃ。リサの母親が残した遺産、五千万あったんだと。旦那さんが経営者だったって言うてたやろ?二人ともその遺産に興奮して、派手に遊びまくったんよ。それが一年も持たずに消えて、それでも暮らしのレベルを落とせず、借金を重ねて家も手放したんや」

 私は、怒りよりも先に悲しみがこみ上げてきた。あの子たちは、何をやっているんだろう。
「どうしたらいいの……?」
「みか子様、僕に任せて。追い詰め屋の本領発揮させてもらうわ」

 私は怖くなって言った。
「マイクさんが法に触れるようなことはしてほしくないわ」
「そんなことはせんよ。じわじわとストレスを与えるだけじゃ。人の心がどう動くか、楽しみやろ?」

 私は半信半疑で、彼に任せることにした。

 数日後。リサに異変が起きた。彼女はずっとLINEで連絡を取り合っている推しのホスト、ひろし君の連絡先が変わったという。
「ひろし君、なんで突然LINE変えちゃったの?」
「しつこい客がいたのさ。少しずつ慣れてもらおうと思って、これで行くことにした」
「何その喋り方……でも、なんか新鮮でドキドキする」

 リサは、その「ひろし君」に夢中になった。そして、いつものように出勤しようとしたが、なぜかお店にたどり着けない。
「お店に行こうとするとなぜか道を聞かれたり、落とし物を拾ったおばあさんに二時間も引き止められたりして、なかなかたどり着けないの」
「僕は今日も休みだよ」
「え、そんな……」
「牡蠣に当たったんだよ」

 その日から、リサはホストクラブに行けない日々が続いた。私は彼女がはる樹と過ごす時間が増えたことに気づいた。一歩前進かもしれない。

「みか子様、次は竜二じゃ。そろそろ彼から連絡があるはず。その時は、今から送る言葉以外は言わないでほしい」
「どんな効果があるの?」
「観察じゃ。人間が何を大事に思っているかが、よく分かるからな」

 数日後、確かに竜二から電話が来た。
「母さん、久しぶり。ある人から体調悪くしたって聞いたんだけど、大丈夫?」
「……あんた、飯は食ったかね?」
「え?今ご飯の話はしてないよ。リサとはうまくいってなくて、はる樹とも会えてないんだ。近々俺も実家に顔出していいかな?」
「……わしゃ、飯は食ったかね?」
「母さん、どうしたの?入力ミス?」
「パンがなければ、お菓子を食べたらいいじゃない?」
「いきなり何言ってんだよ、母さん!?子供がまだパンを食ってる途中でしょうが!」

 電話の向こうで、竜二は完全に動揺していた。
「母さん、すぐ帰るから!一緒に病院に行こう!パン!やばい、パンがおかしい!」
「……そうか。分かった。待ってるわね」

 私は言われた通り、それだけを言って電話を切った。後日、マイクさんが笑いながら言った。
「あれで息子は、母が認知症になったと思い込んで慌ててるはずよ。人の心は1mmくらいは残ってたね」
「でも……これで本当に帰ってきたら、私たちはどうしたらいいの?」
「大丈夫。帰ってこれないようにしてあるから」
「また一体、どうやっているのよ」
「観察の続きじゃ」

 翌日、竜二から再びLINEが来た。
『母さん、ごめん。帰りたいんだけど、どうやっても帰れないんだ。パン症状が悪化してる。父さんとも全く連絡がつかないんだ。パン、俺がそばにいればこんなことにならなかったのに。孫の顔を見せてればボケずに済んだんだよな。パン』

 そこには、リサとの生活、遺産の使い込み、借金、家を売ったこと。そして、はる樹に会いたいという後悔が、長文で綴られていた。
『母さんお母さんが焼いてくれたパンが食べたいよ。俺さ、リサとうまくいかなくなって家を出たんだ。お母さんの遺産で浮かれて、子供を預けて好き放題使ってたら一年も持たずに消えて、気づいたら生活レベル落とせなくなってたんだ。パン。二人で借金重ねて、せっかく買った家も売ってしまった。リサの言うことに逆らえずに孫にも合わせずに悪かったよ。早く駆けつけたいけど、なぜか帰れないんだ。パン、もう俺のことも覚えてないんだろうな。まともに会話もできなくなる前にもっと親孝行しておくべきだった。パン、悪かったよ。はる樹にも会いたい。リサがまともに子育てしてるとは思えない。心配だけど連絡も取れないし、本当に後悔してる。ごめん。必ず帰るから、もう少し待ってて』

 私はスマホを見つめたまま、しばらく動けなかった。

「マイクさん、息子が本当に謝ってきたわ」
「そうか。それは良かったね」
「でも、なんでこんなことをしたの?」
「人ってさ、大事なものを失わないと気づけない生き物なんだよ。リサは推しのホストを失いかけて、その代わり子供との時間が増えた。もうはる樹を預けなくなったでしょ。竜二は母がボケたかもと思った瞬間に親の大事さに気づいた。家に帰れないことで、その気持ちはさらに強くなってるはずさ」
「……なるほどね」
「ただ、また同じことを繰り返すかもしれないよ。あいつらはアホだからな。だから、これからはとことん無視していい。会えない時間が愛を育てるのさ。かけがえのない存在だと心から思えば、きっと努力するよ」

 私はマイクさんの言葉を信じることにした。それが最大の罰であり、最大の愛だと。

 あれから数ヶ月。リサはどうしてもホストクラブにたどり着けず、やがて仕事をやめた。竜二も実家に帰ろうとするたびに、なぜか駅で道を聞かれたり、お年寄りが倒れて付き添ったりして、結局帰れなかった。

 そうこうしているうちに、二人は徐々に目の前のことに向き合うようになった。そして、再び一緒に暮らし始めたそうだ。二人の間で笑うはる樹が、どれだけ大切な存在なのか。ようやく気づいたのだろう。

 借金は残ったものの、二人は昼の仕事に就き、はる樹を保育園に預けて必死に働いている。そして、私に連絡をしてくることはない。マイクさんの言った通り、認知症だと思っている母を頼ろうとは思わないらしい。

 私は今、保育園の補助員として働き始めた。たまたま見つけた求人が、たまたまはる樹の通う保育園で、彼のクラスの担当になったのだ。それを知った時の驚きと喜びは、言葉にできない。でも、息子夫婦には内緒にしている。

 人は過ちを犯すもの。でも、誰かの手助けと道案内があれば、立て直すことができるのかもしれない。それを教えてくれたのは、遠い国から日本に来た友人のマイクさんだった。

 私たち夫婦は、今も時々、彼から届く広島のおみやげを食べながら、次はどの街を旅しているのだろうかと、彼のことを想っている。

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