「お前、ハワイで何してるの?」夫のスマホ越しに聞こえたのは、プールサイドの水音と、知らない女の笑い声。結婚3周年の記念旅行に行くはずだった私は、義母の家で草むしりをさせられていた。「なんで母さんがハワイにいるの?私は家にいるんだけど」そう電話を切った後、私は決めた。もう、こいつの思い通りにはならないって。浮気の証拠を掴んだのは、夫が「母さんと2人で行く」と嘘をついた日のこと。私は、夫が誰とハ…

「お前、ハワイで何してるの?」夫のスマホ越しに聞こえたのは、プールサイドの水音と、知らない女の笑い声。結婚3周年の記念旅行に行くはずだった私は、義母の家で草むしりをさせられていた。「なんで母さんがハワイにいるの?私は家にいるんだけど」そう電話を切った後、私は決めた。もう、こいつの思い通りにはならないって。浮気の証拠を掴んだのは、夫が「母さんと2人で行く」と嘘をついた日のこと。私は、夫が誰とハ...

「ねえ、母さんもハワイに連れて行くから。」

結婚3周年の記念旅行の話をしている最中に、夫の元城が突然そんなことを言い出した。私は耳を疑った。

「は?なんで?」

「母さんがさ、『自分たちだけずるい』って泣いちゃってさ。『私も行きたいわ』って。」

「泣いたの?それは絶対嘘泣きでしょ。」

「ひどいな。俺の母さんを嘘つきみたいに言うなよ。」

「足の骨が折れたって言われて、仕事を放り出して駆けつけたら、ただの捻挫だったこと、忘れたの?顔が見たいだけの嫁に、洗い物と風呂掃除までさせる愛情表現、いらないんだけど。」

私はそう言ったが、元城は「親孝行だと思ってさ」と譲らない。確かに、親孝行はできるうちにしておくべきだとも思う。私だって、夫の母親とは上手くいっていないけれど、嫌いなわけじゃない。最終的には折れることにした。

「わかったわよ。ただし、部屋は別よ。」

「当たり前だろ。ありがとな!手配は全部俺に任せて。」

旅行前日。私は体調が優れなかった。胃が重くて、朝から気分が悪い。鏡を見ると、顔色が土みたいになっている。元城が心配そうに言った。

「レナ、明日は家でゆっくりしてた方がいいんじゃないか?」

「何言ってるのよ。せっかくのハワイなんだから、顔が何色だろうが行くわよ。」

そこで元城は、少し間を置いて、こう言った。

「正直に言う。今回は遠慮してほしい。」

「何それ?前日に言うこと?」

「母さんがどうしても2人で行きたいって言うんだ。」

「チケットはどうすんのよ。直前キャンセルだと手数料かかるでしょ。」

「……チケットは、最初から2枚しか取ってないんだ。」

その言葉に、私は息を呑んだ。

「最初から、騙すつもりだったの?」

「いや、3人分取ろうとは思ってたんだ。ただ、決済画面見たらあまりの高さに怖気づいちゃって。」

「分かりきってたことよね。1人増やそうとしたのは、自分でしょ。」

「そうだよ。でも、3人で行ってケチケチするより、浮いたお金で少しでも親孝行してあげたいんだ。」

「あなたと結婚して3年経つけど、そんなに親孝行したい人だとは知らなかったわ。」

「目覚めたんだ。親へ恩を返すということにさ。」

「はいはい。ご立派ご立派。」

私は怒りを通り越して、呆れてしまった。そして、こう言ってやった。

「いいわよ。その代わり、じゃあここで永遠にさよならするけど、大丈夫?」

「う、なんで?」

「妻との約束を破るからよ。」

「だから、それは親孝行のためで……」

「あのさ、それを免罪符に使うの、やめてくれない?妻を犠牲にしてまで親孝行するのは、違うと思う。この先の長い人生を歩んでいくのは、私たち2人なんだよ。」

「でも、母さんとの時間は短い。」

「そうね。だから私は、一緒に行くことを許可したの。なのに、いつの間にか私だけ省かれてる。それはおかしいでしょ。」

「今回が最後だからさ。」

「チケット取ってないんだから、私がごねても無駄なんでしょ。分かったわ。行ってらっしゃい。」

「ごめんな。お土産いっぱい買ってくるからさ。」

翌朝。私は義母の家に電話をかけた。

「お母さん、ハワイ、楽しんできてくださいね。怪我のないように祈ってます。」

「はあ?何の話よ。」

「とぼけても無駄ですよ。私が引き下がったおかげで、ハワイに行けるんですから、感謝してください。」

「あんた、何言ってるの?年寄りをからかうなんて、趣味が悪いわよ。」

「今更、知らばっくれる必要はありません。念願のハワイなんですから、堂々と言ってください。」

「私は家でワイドショー見てるの。邪魔しないで。」

「本気で言ってます。」

「当たり前じゃない。こんな嘘つく理由がないわ。」

「ですよね。ハワイに行くことを、今更私に隠す意味も分からないし。」

「意味の分からないことばっか言わないでちょうだい。そんなこと言ってる暇があるなら、うちの草むしりでもして欲しいくらいよ。」

私は、その言葉に即座に反応した。

「分かりました。行きます。」

「え?」

「所帯確認のためにお伺いします。草むしりでも、風呂掃除でもしますよ。予定がなくなって暇なので。」

「あら、そう。助かるわ。」

「30分以内にはお伺いしますので。」

「なんか、買ってきて。」

数時間後。私は草むしりに没頭していた。腰が痛い。そこに、スマホが鳴った。マイクからだ。

「レナ、どうした?腰が痛いって?」

「マイク、助けて。実家の庭の草むしりをしてるの。」

「また義母に使われたのか?断れよ。」

「いや、今回は自分で飛び込んだっていうか……元城が義母とハワイに行くから、今回は我慢して欲しいって言ってきたの。」

「親孝行じゃん。そう思うだろ?私もそう思った。でも、義母は日本にいるのよ。」

「どういうこと?夫が嘘をついてるってことか?1人で行ったのか?」

「わけないでしょ。」

マイクは、私の父の弟子だった。父が「質問の師匠」と呼ぶ男で、今は日本全国を旅しながら人に嫌がらせをして回っているという変わり者だ。私は彼に頼んだ。

「マイク、夫のいるホテルを教えるから、ちょっと見てきてくれる?」

数時間後、マイクから連絡が来た。

「女といたよ。プールサイドでイチャイチャしてた。」

「はあ。分かりきってたことじゃん。」

「数パーセントの希望くらいは持ってたわよ。おちょくらないで。これでも一応ショック受けてるんだから。」

「人生はひつまぶしと同じだよ。」

「何それ?」

「途中から薬味とかお出汁を入れて味を変えるだろ?味変は自分で決められる。レナにとって、今が味変の時なのさ。」

「分かるような、分からないような。何を言ってんだ?」

「師匠の言葉だぞ。僕はひつまぶしのように生きたい。レナもそうしろ。」

「まあ、そうかもしれないね。」

「てなわけで、あのクズにお出汁ぶっかけてやろうぜ。」

翌日、私は元城に電話をかけた。

「ハワイ、どう楽しんでる?」

「もちろん、母さんも大喜びだよ。」

「頭、悪すぎない?」

「あ?」

「私、昨日あなたの実家に行ったんだけど。」

「なんで?」

「そんなことはどうでもいいわ。とにかく、お母さんはハワイのことなんて知らなかったし、日本にいるわ。」

「あ、それはね、色々あって……いざとなったら、外国行くのが怖いって言い出したんだ。」

「でも、お母さんは言ってたわよ。『ハワイに行ってみたいわ』って。」

「心の準備ができたらってことじゃないかな。」

「もう、全部わかってるから。正直に言って。」

「誰と、言ってるの?」

「実は、1人なんだ。」

「嘘ね。1億賭けてもいいわ。」

「なんで、そんなに自信ありげなんだよ。」

「全部見てるからよ。プールサイドで女性とイチャイチャしてるお前。私と言った時よりいいホテルに泊まるお前。ブランド品を買ってあげて満足げなお前。全部、見た。」

「いや、ちょっと待て。まさか、レナもハワイに来てるのか?」

「だったら、どうする?」

「どこだ?出てこい。」

「嫌だね。」

「これは誤解だ。現地でちょっと仲良くなっただけっていうか。」

「それはそれで問題でしょ。一緒に行ったのは知ってるの?」

「俺のこと、信じてくれないんだな。」

「信じない私が悪いみたいに言わないで。信じてもらえない自分が悪いんでしょ。とにかく、帰って話そう。」

「今はお互い、ハワイを楽しめばいいじゃないか。」

「そうね。そうするわ。」

「よかった。分かってくれて。」

「楽しめるといいわね。」

「なんか、怖いな。」

翌日、元城から悲鳴に近い電話がかかってきた。

「お前の仕業か?」

「何の話?」

「予約してたレストランもアクティビティも、全部キャンセルになってしまって。現地の知らない人に早口の英語で怒られたり、警察に5回もお世話になったり、もう意味が分からないんだよ。」

「すごい。何かしたのか?」

「俺が浮気してると思って、嫌がらせしてるんだろ?」

「何もしてないけど。」

「じゃあ、なんでこんなに災難が続くんだ?」

「さあね。私が知ってるのは、あなたが浮気したってことだけよ。」

「おまけに、一緒に来た彼女は現地のイケメンにナンパされて、ついて行っちゃったんだぞ。」

「そっちでたまたま偶然会った人じゃなかったっけ?」

「あ、もういい。そうだよ。浮気してたわ。」

「開き直るんじゃないわよ。」

「だって、しょうがないだろ。おねだりされて、断れなかったんだからさ。」

「私たち、約束したよね。毎年ハワイに来れるようにお互い仕事頑張ろうって。子供が生まれたら、その子たちも連れてこようって。」

「そのうちの1回くらい、別にいいだろ。」

「いいわけないでしょ。」

「ごめん。そりゃ、俺とお母さんは上手くいってないよ。何度も嘘疲れたし、人遣い荒いし。でも、あなたの母親ならと思って、OKしたの。赤の他人の知り合いの女のために、お金を貯めてきたわけじゃない。」

「分かった。俺が全部悪い。」

「当然ね。」

「ハワイにいるんだろ?合流しないか?」

「いないわよ。そんなお金ないし。」

「え?昨日、いるって言ってなかった?」

「あなたが勝手に勘違いしただけでしょ。じゃあ、この災難は誰の仕業なんだよ。」

「知らないけど。あり得るとしたら、神様じゃない?」

「お天道様は見てるってこと?」

「1人でこんなところにいても暇だ。帰国するよ。」

「それはいいけど、今まで通りだと思わないでね。」

「分かってる。もう2度と浮気なんてしないし、生まれ変わるから、好きにしてください。」

私は、マイクに電話をかけた。

「マイク、全部キャンセルってどういうこと?」

「まあ、正義執行って言うんだろうけど。僕のセリフ取るなよ。彼女までイケメンに奪われたらしいじゃん。」

「そうなの。ジャパニーズシリガール。ちょろいわ。簡単に乗り換えてたわよ。もう心が折れたから帰国するって言ってたわ。」

「甘いね。」

「え、まだ追い込むの?」

「もちろん。僕の大事なレナを泣かせるような奴は、徹底的にコテンパンにしてある。」

「マイク、ありがとう。」

「レナは、義母に全部ばらしておいてくれるか?」

「行っちゃっていいの?」

「元城を孤立させるため、まずは味方を奪うのさ。その次にやることは、また連絡する。しばし寝て待て。」

数分後、私は義母に電話をかけた。

「お母さん、先日は相変わらずコキ使っていただき、ありがとうございました。おかげで腰痛で3日苦しみました。」

「どういたしまして。まだ草残ってたけどね。」

「で、何の用なのよ。」

「先日、私が連絡した際に言ったことを、覚えてますか?」

「ああ、ハワイがなんとかって言ってたわね。ついに頭がおかしくなったのかと思ったけど。」

「元城さんは、私には『お母さんをハワイに連れて行く』と言ったんです。」

「え、本当?嬉しいわ。」

「しかし、実際は別の女を連れて行きました。」

「は?それ、本当なの?」

「はい。私の友人が偶然ハワイにいて、証拠もあります。」

「許せない!あんなやつ、ボコボコにしてやる!」

「お母さん、私より怒ってる。」

「私、何度もあの子に言ったのよ。『レナも一緒にハワイに連れて行ってね』って。『はい、いいよ。必ず連れていくよ』って言ってくれたのよ。」

「そうですか。」

「なのに、嫁でもなく、見知らぬ女を連れてったって?」

「そうなんです。最低でしょ。」

「ゴミクズだわ!で、帰国はいつ?」

「明日には帰ろうかなとか言ってましたけど、どうなるか分かりません。チケットの手配次第かと。」

「私が知ってることは黙っててちょうだい。そして、あの野郎に伝えて。帰国後、すぐにうちに来るようにって。」

「分かりました。」

「頼んだわよ。1つだけ言っておくと、私はお母さんにハワイ旅行を譲りましたからね。結果的に騙されましたけど、親孝行ならいいと思って、最後は折れたんです。」

「分かってる。あんたはいい嫁よ。」

その言葉に、私は驚いた。

「え?」

「厳しくしたけど、接し方が分からなかっただけなの。嫌いになってくれたら、その方が楽だと思って。」

「それ、本当ですか?」

「でも、あんたは私が呼んだら断らないし、悪態付きながらもなんだかんだやってくれるし、心の中では感心してたのよ。」

「私は、好きな人のお母さんだから、できることはしようと思ったし、今よりももっと仲良くなれたらって思ってたんです。」

「そうなの?」

「はい。これは本当です。」

「ムカつくことの方が多かったけど、なんか無駄な時間を過ごしちゃったわね。」

「はい。そうですね。」

「よし、今日からはどうしよう?クズ討伐を組みましょう。」

「面白そうですね。」

「さあ、どう料理してやろうかしら。」

3日後。元城が帰国した。

「チケットが取れなくてさ、結局最終日までいることになったんだけど、マジ最悪だったわ。」

「一応聞いてあげるけど、何があったの?」

「部屋のカードキーが毎回故障を起こしたんだ。その度にフロントまで降りて行って、何度も繰り返した。写真を撮るたびに謎のアメリカ人が映り込むし。シャワーは何度フロントに行っても水しか出ないし。極めつけは最後の便だ。200キロ以上ありそうな男が隣でさ、ずっと肩が密着してて、汗だくだったんだよ。」

「大変だったね。」

「ああ、久しぶりに和食食べたいな。何か作ってくれる?」

「そうだと思って、お母さんが待ってるみたいよ。」

「え、マジ?」

「あなたの大好物ばかり用意してくれてるみたいよ。」

「嬉しいな。じゃあ、実家に寄って帰るわ。」

「うん。楽しんできて。」

5時間後。元城が憔悴しきった顔で帰ってきた。

「終わった。」

「何が?」

「なんで母さんに全部言っちゃうんだよ。」

「事実しか伝えてないけど。」

「実家に帰ったら、和食どころか水1杯すら出てこず、4時間正座で説教だぞ。俺がハワイに行ったことの恨みを、延々と言われた。」

「あらま。」

「『いつか連れて行く』って言ったけど、『親子の縁は切る』って聞かないし。どうしてくれんだよ。」

「まあ、お前が悪いよね。母さんが傷つくと分かって言ったお前が悪いだろ。」

「は?浮気した自分が悪いんじゃないですか?」

「騙された私とお母さんの何が悪いのか、原稿用紙1枚にまとめて提出していただけます?」

「それは無理。」

「しれっと連絡してきてるけど、私はあんたとは離婚する気でいるからね。」

「なんで?逆になんで、そのまま続けられると思った?」

「それは……一緒に行ったけど、あっちはすぐに他の男に乗り換えたし、俺はずっと1人だったし。」

「知るか。私たちに嘘をついたことが問題なの。裏切ったのは自分でしょ。」

「ごめんなさい。」

「そんな軽い謝罪は要らないわ。」

「頼むよ。許してくれ。」

「浮気相手の素性も全部把握したわ。会社の近くにあるガールズバーの店員なんだってね。なんで私が知ってるかって?マイクが偶然ハワイにいて、全部特定してくれたのよ。」

「嘘だろ。」

「ちなみに、ハワイでミクちゃんをナンパした男は、私の友達の知り合いのケビンって人よ。ケビンにベタ惚れして、帰りの便のことも考えずに、どっぷりはまってるらしいけど。ケビンって、無職で全然お金持ってないから。」

「いや、ミクは『ハワイの不動産王だ』って言ってたぞ。俺より金持ってるから、もう用なしって言われたんだ。」

「かわいそう。全部嘘なのに。」

「ま、マジかよ。それはざまあみろだな。」

「あなたをスカッとさせるためにしたんじゃないのよ。全てを知ったミクちゃんが帰国して、あなたに対して何をするか、想像できてる?」

「いや、分からない。もう会うこともないだろうし。」

「自分が他の男に乗り換えたことをなかったことにして、あなたによりを戻そうと詰め寄ってくるわ。」

「いやいや、俺には妻がいるし、ちゃんと断るから。」

「妻がいるのに、浮気相手と旅行したくせに、何を言ってんのよ。」

「それは過去な。これからの俺は違う。」

「でも、もうすぐ独身になるんだし、好きにすれば?」

「は?なんで?」

「だから、離婚するって言ってるじゃん。何度も言わせないで欲しいんだけど。」

「ちょっと待ってくれよ。ハワイに行ったのは悪かった。でも、彼女に裏切られて、俺はずっと1人で過ごしたんだぞ。」

「プールサイドでイチャイチャしてたくせに。一晩だとしても、楽しんだでしょ。」

「どうしたら許してくれる?」

「何もしなくていい。」

「たった1人の親も嫁も一気に失って、俺の精神が耐えられると思うか?」

「知らない。勝手に崩壊すれば。」

「あんたの荷物は貸し倉庫に入れてあるわ。鍵は会社に送った。」

「は?」

「離婚届とか慰謝料の内容証明とか、全部会社に送らせてもらうね。住所不定だから。」

「やめろ!」

「お前に物を申す権利はないわ。」

「そ、そんな……」

「これから平穏な毎日を送れると思わないでね。」

「どういうことだよ。」

「ハワイ以上の災難が、あなたに舞い込んでくるはずよ。」

「なんで、そう言い切れるんだよ。」

「お天道様は見てるってこと。」

翌日、私はマイクに礼を言った。

「マイク、ありがとう。」

「ユア・ウェルカム。」

「まだハワイにいるの?」

「ああ、浮気相手のミクちゃんの後始末が残ってるからね。」

「へ?元城は一応ママとワイフを失ったけど、ミクはノーダメージじゃん。」

「まあ、そうだけど。結局、ケビンにも捨てられるわけだし。」

「こんなの、屁の突っ張りにもならないよ。」

「使い方、合ってんのかな?まあ、もうちょい待ってな。ミクの絶叫が日本に轟くぜ。」

1週間後。マイクが息巻いて電話をかけてきた。

「レナ、聞いてくれよ。最高だぜ。」

「何かいいことでもあった?」

「俺、ネットカフェに寝泊まりしてもいいし、気分も最悪で落ちてたんだけど、今、最高に上がったぜ。ミクが帰国したらしくてさ。」

「それが何なのよ。」

「お前の言う通り、ケビンに捨てられたらしいんだけど、それだけじゃなくて、ケビンからもらったブランド品が全部偽物で、税関に没収されたんだって。しかも、自分が持ってた本物のバッグまで没収されてやんの。」

「あ、そう。」

「おまけに、帰りの飛行機で100キロ超えのおばさんが隣に座ったらしくて、肩びしょびしょだったって。」

「楽しそうだね。ざまあみろだよ。最高だね。」

「その上、レナの言う通り、案の定よりを戻したいとか言ってきたから、断ってやったぜ。」

「もっと喜ばせてあげようか。」

「おお。」

「ミクちゃんの家に、内容証明を送っておいたわ。」

「ナイス!」

「あんたも払うのよ。」

「うっ。そうだった。でも、あいつにもダメージ与えてくれるのは嬉しい。」

「ゲスだね。」

「レナ、もう1回考え直してくれないかな?」

「何を?」

「俺ら、ハワイ直前まで愛し合ってたわけじゃん。」

「そうだったかもしれないけど、裏切ったのはそっちでしょ?出来心だったっていうか、愛してるのはレナだけなんだ。」

「でもなあ、もうすぐパパになるんだし、責任は取らないといけないんじゃないの?」

「何?どういうこと?まさか、妊娠したの?」

「うん。」

「マジか!やった!俺、いいパパになるから、頑張って!」

「いやいや、一緒に頑張ろうよ。」

「そう言われても、私が産むわけじゃないし。」

「は?」

「妊娠してるのは、ミクちゃん。」

「え、嘘だろ?」

「本当だよ。」

「なんで、お前が知ってんだよ。」

「ミクちゃんが帰国して、家を特定するために探偵さんにつけてもらってたら、産婦人科に行ってたの。ただの検診かもしれないだろうけど、その後、役所に行って母子手帳をもらってたわ。お腹に母子手帳ケースをつけてたからね。これ、ほぼ確定じゃん。」

「いやいや、俺の子じゃないって!多分、ハワイであったケビンってやつの子だろう。」

「出会ってから10日しか経ってないわ。妊娠が分かるのは、もっと早いのよ。既婚者に手を出すような女だぞ。俺以外にも男がいるに決まってる。」

「誰が言ってんの?勘弁してくれよ。あんな女と子育てなんて、嫌だ。」

「じゃあ、DNA鑑定でもしたら?6週目以降なら、母体の血液検査で分かるらしいわよ。」

「そうなのか。」

「母子手帳が発行されたなら、6週は超えてると思う。」

「なるほど。そうしよう。それで、俺の子じゃなかったら、考え直してくれるよな?」

「いいわよ。分かった。連絡してみる。」

2週間後。元城から、消え入りそうな声で電話がかかってきた。

「……俺の子だった。」

「でしょうね。」

「どうしたらいいんだ?」

「責任取るしかないでしょ。」

「レナとは、もう一緒にやっていけないってこと?」

「妊娠どうのこうのの前に、浮気した時点でアウトだけどね。」

「母さんも、あれからずっと怒ってて電話も出てくれないし。この間家を訪ねたら、2階から水をぶっかけられたんだ。」

「息子大好き、嫁大嫌いだったのに、逆転したね。」

「は?私とお母さん、あれから意気投合しちゃって、しょっちゅう飲みに行ってるのよ。共通の敵がいるってだけで、結構盛り上がるんだよね。」

「いやいや、おかしいだろ。てか、離婚届、会社に届いたでしょ?早くサインしてよ。調停とか裁判とか、やりたくないよね。」

「本当に別れるのか?」

「うん。」

「いいことも、たくさんあったよな。そういうの、思い出せよ。」

「そうね。新婚旅行、本当に楽しかったよ。毎年行こうねって約束も、2年目まで守ってくれて嬉しかった。」

「うん。」

「この人なら信頼できるし、一生ついていきたいって、ほんのちょっと前まで思ってたんだよ。」

「裏切ってごめん。」

「嘘に嘘を重ねて、私もお母さんも騙して、外で子供まで作って。どこに許す要素がある?」

「悪いと思ってるよ。」

「だったら、今のあなたにできることは、その謝罪をお金に変えることだけ。」

「お金も払う。子供も下ろしてもらうから、どうにかならないかな。」

「最低。今ので、マジで人としてありえないって分かったわ。命を何だと思ってんの?」

「じゃあ、一生地味なストレスで苦しめ。」

数週間後。ようやく離婚が成立した。

「マイク、色々ありがとう。」

「離婚できたかい?」

「最後の最後までごねたけど、調停まで行かずにどうにか判を押させたわ。」

「そっか。お疲れ様だったな。」

「本当に疲れ果てたよ。妊娠は想定外だったけどな。」

「おまえは、どうするんだ?」

「私は、自由よ。慰謝料は、私の旅行代金を使い込んだことも含めて、破格の500万になったわ。」

「レナ、大丈夫か?」

「うん。だいぶ落ち着いた。」

「そっか。ハワイの土産、何がいい?」

「別にいいわよ。」

「離婚祝いだ。」

「何それ?離婚は祝いもんじゃないでしょ。」

「めでたいじゃないか。あんなクズと縁が切れて、新しい出会いのチャンスが待ってるんだから。」

「まあ、確かにそうかも。マイクのおかげだよ。」

「レナのパパにはお世話になった。質問の師匠の娘なんだから、僕にとってのシスターみたいなもんさ。」

「意味は分からないけど、嬉しいわ。うちの父も、母を失って寂しかった毎日に、マイクがそばにいてくれて、すごく喜んでたから。今後も、困ったことがあったら頼るわね。」

「うん。本当にありがとう。」

「元城は、ボロアパートを契約したみたいだよ。」

「そうなんだ。」

「隣人以外は全員外国人。壁が薄いから、夜中にいろんな言語や音楽が飛び交って、語学の勉強には最適だね。」

「最高じゃん。それもマイクの仕業?」

「さあね。」

「てか、あの2人、一緒にならなかったんだ。ミクも最後の最後であいつの本性に気づいて、養育費だけもらうことにしたみたい。」

「ええ。慰謝料と養育費のダブルパンチね。それで安アパートに住んでるのか。」

「レナはラッキーだな。あんな男と一生暮らさずに済んだんだから。レナなら、もっといい男が見つかるさ。」

「うん。楽しみにしてる。マイクは今、どこにいるの?」

「今はカツオ漁師の師匠に弟子入り中ぜよ。」

「高知かよ。」

「レナも遊びに来い。シュマントリーバー、めっちゃ最高ぜよ!」

「絶対行く。」

たった1人の母親にも絶縁され、完全に孤立してしまった元城は、離婚に同意するしかなく、弁護士同席のもと、しぶしぶサインしたと聞いた。ミクとは同居を拒否し、養育費だけを渡す関係だとか。慰謝料と養育費の二重払いで手元に残るお金はほぼゼロ。外国人だらけの薄い壁のアパートで、知らない言語に囲まれながら眠れない毎日を送っているそうだ。一方ミクにも、慰謝料200万円を請求。裁判は困るとのことだったので、親から借りて一括で支払ってもらった。親への返済と子育てを両立しながら、自分の過ちと向き合い、子育てして欲しいものだ。

お母さんとは、今も月に数回、一緒に食事や飲みに行く仲だ。今回はマイクに救われてばかりだった。今度は漁師の修行とは笑えるが、それがマイクらしくて好きだ。毎年ハワイへ行く約束は消えたけれど、いつかまた、自分のためにあの海を見に行くつもりでいる。お天道様に恥じないよう、生きていこう。

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