「今なんて言いました?」
義母のかず子が鼻で笑った。「聞こえなかったの?嫁も孫も火政府だって言ったのよ」
その横で、6歳の娘ひまりが炊飯器の内釜を抱えていた。目には涙、小さな手は水で濡れていた。
その瞬間、私の中で何かが切れた。
これは今年のお盆に起きた話です。
私はみさ、35歳。夫の直とは以前勤めていた会社で出会いました。結婚して間もなくひまりを授かり、私は仕事をやめました。直の実家は車で何時間もかかる田舎町。義母のかず子とは結婚後もほとんど会っていませんでした。
そんな直が今年の夏に言いました。「今年のお盆、久しぶりに実家へ帰らない?ひまりもちゃんと母さんに合わせてないし」
確かに、ひまりが物心ついてから実家へ行ったことはありません。私は了承しました。家族3人、久しぶりの旅で少しでも夏の思い出になるかもしれない。そう思っていたのです。
ところが、義実家に着いた翌朝、まだ7時前でした。
「みささん」
廊下から義母の声が響きました。「いつまで寝てるの?」
慌てて起きると、かず子は不機嫌そうに言いました。「朝ごはんはまだなの?」
「え?私が作るんですか?」
「他に誰が作るのよ?」
直を見ると、ソファーに寝転がったままスマートフォンを見ています。
「直、少し手伝って」
「俺は実家に帰ってきた時くらい休ませてくれよ」
その一言で嫌な予感がしました。
朝ごはんを作り終えると、次は庭の草むしり。それが終わったら仏壇を掃除してお墓に持っていくものも確認して、と次々に指示されました。夏の日差しが照りつける中、草を抜いているだけで汗が首筋を流れます。
ようやく終わり、冷房の効いた部屋へ戻ると、「誰が休んでいいと言ったの?」とかず子が言いました。「昼ご飯の準備があるでしょう」
「少しくらい休ませてください」
思わず口にすると、義母は大きなため息をつきました。「最近のお嫁さんは本当にダメね。昔はね、嫁が働くのは当たり前だったのよ。直が働いたお金で生活してるんでしょ。だったらこういう時くらい役に立ちなさい」
横を見ると、直は笑っていました。「まあまあ、母さんも言い方きついって」
止めるのかと思いました。違いました。「みさもさ、そんな無気力になるなよ」
それだけ。私は何も言えませんでした。
昼前、かず子が冷蔵庫を開け、また私を呼びました。「夕飯の材料が足りないわ。買いに行ってきて」
義実家の近くにはスーパーがありません。歩けば片道30分以上。
「なおと一緒に来て、荷物だけでも持ってほしい」
「嫌だよ」
即答でした。「今高校野球見てるし」
「車で連れて行ってくれるだけでも」
「めんどくさい。母さんの自転車借りれば」
土地勘のない田舎道、しかも夏。私は深く息を吐きました。結局1人で歩いて買い物へ向かいました。照り付ける日差し、重い買い物袋。帰り道には腕がちぎれそうでした。
ようやく実家へたどり着き、玄関へ荷物を置いた時、聞こえたのです。
「早くしなさい」
義母の鋭い声。続いて「ごめんなさい」というひまりの声。
疲れが一瞬で消えました。私は靴も揃えずキッチンへ駆け込みました。
「何してるんですか?」
ひまりは内釜を抱えていました。中には水と米。小さな手では重かったのでしょう。床にも水がこぼれています。
「ママ…」
ひまりが私を見て泣きました。「おばあちゃんがご飯炊いてって」
私は義母を見ました。かず子は椅子に座ったまま。「何が悪いの?もう6歳でしょ?お米くらい炊けないと」
「6歳ですよ」
「だから教えてるのよ。お母さんが自分でやればいいでしょ」
すると義母は顔を真っ赤にしました。「なんてこと言うの?この年の私を働かせる気?」
「嫁は火政府なんだから黙って働けばいいのよ」
私は凍りつきました。さらにかず子はひまりを指差しました。「その娘も同じ。火政府の娘なんだから少しくらい役に立ちなさい」
そこで私の我慢は終わりました。
私はひまりを連れ、廊下へ出ました。するとリビングからかず子と直の会話が聞こえました。
「本当に使えない嫁ね」
「まあまあ、ひまりももう少し大きくなれば家のことできるようになるだろう」
私は足を止めました。かず子が続けます。「ひまりのこと、こっちで一緒に暮らしたらみささんに働いてもらって、あんたは地元で楽すればいいのよ」
直が笑いました。「それも悪くないな。俺も今の仕事に正直疲れたし。みさなら昔は結構仕事できたからさ、また働かせればいいだろう」
私は背筋が寒くなりました。妻を働かせる。娘も働かせる。そして自分は母親と楽に暮らす。冗談ではありませんでした。笑っていたから、当たり前の未来のように話していたから。
その時、ひまりが私の手を握りました。「ママ…」
私はしゃがみ、娘と目線を合わせました。「ひまり、パパのこと好き?」
ひまりは少し考えて、「わかんない」と言いました。胸が痛みました。直とは家でもほとんど娘と遊びません。ひまりの好きな食べ物も、最近好きな遊びも知りません。来年小学校へ入る娘のランドセルを何色にしたいかさえ聞いたことがありませんでした。
「じゃあ、おばあちゃんは?」
即答でした。「嫌い」
思わず少し笑ってしまいました。するとひまりが言います。「だってママをいじめるもん」
私は目を見開きました。「お盆なのにママだけずっと働いてる。パパは何もしてない。おばあちゃん、ママにばっかり命令してる」
6歳の娘は全部見ていました。
「ひまり、ここでおばあちゃんと一緒に暮らしたい?」
娘は首を振りました。「いや…パパと離れても」
少しの沈黙。そして「ママといる」
私は娘を抱きしめました。答えは決まりました。
翌朝、私はひまりを連れて義実家を出ました。
「どこ行くんだ?」
直に聞かれましたが、「ちょっとね」とだけ答えました。
向かったのは私の実家。両親へ全てを話しました。母は黙って聞いた後、「帰って来なさい」と言いました。「みさもひまりもここにいていい」
父も頷きます。「仕事を始めるなら、ひまりのことは俺たちも手伝う」
その言葉を聞いた時、ようやく肩の力が抜けました。私はその日のうちに離婚届を用意しました。
夕方、もう一度義実家へ戻りました。
「遅い!」
かず子が怒鳴りました。「夕飯はどうするの?」
私は無言でお茶を2人の前へ置きました。直が湯呑みへ手を伸ばします。私はその湯呑みを引き寄せました。
「なんだよ」
「最後のお茶です」
私は2人を見ました。「今日で火政府をやめます」
かず子の顔が引きつりました。「何を言ってるの?私はあなたの息子の妻よ。火政府ではありません。そしてひまりはあなたの孫です。6歳の孫へ火政府なんて言う人を、私は家族とは思えません」
かず子が立ち上がります。「私は直の母親よ。家族でしょ」
「だったら」
私は遮りました。「家族を火政府扱いしないでください」
義母が黙りました。私は直へ向き直りました。「それからあなた。俺、お母さんがおかしいことより、あなたが何もしなかったことの方が私は許せない」
直の表情が固まりました。「私が朝から働かされても笑って見てた。ひまりが泣いていても助けなかった。それどころか、大きくなれば使えるって言ったよね」
「いや、それは冗談で…」
「冗談?」
私は一歩近づきました。「妻と娘を差し出して自分だけ楽をする話のどこが冗談なの?」
「母さんに逆らうと面倒だから…」
「だから妻と娘なら犠牲にしていいの?」
直は黙りました。私はバッグから1枚の紙を出しました。「これ、書いて」
「なんだよ」
紙を見た直の顔が青ざめました。「離婚届?」
「そう。私はもう書きました」
「嫌だ」
直は即座に首を振りました。「離婚なんて困る」
私は冷静に聞きました。「私がいなくなると寂しいの?」
「そ、それもあるけど…家のことどうするんだよ。ひまりのこともあるし、俺料理できないし」
私は笑いました。「最後まで自分が困る話しかしないのね」
直は最後の切り札のように言いました。「でも俺がいなくなったら生活できないだろう。みさはずっと専業主婦なんだから」
私は呆れてしまいました。「忘れたの?」
「何を?」
「私たち同じ会社だったでしょ?」
直の顔が曇りました。「結婚する前、私の方が先に昇進してたよね。給料もあなたより多かった」
直の顔色が変わりました。
「妊娠したからやめただけ。ブランクはある。以前と同じように働けるかもわからない。でも」
私は直をまっすぐ見ました。「働きます。少しずつでも自分とひまりの生活を作ります。両親も力を貸してくれる。あなたの火政府を続けるより、そっちの方がずっと楽です」
直は半泣きになりました。「反省する。心を入れ替えるから」
「チャンスは何度もあったよ。今日だけじゃない」
私は言いました。「ひまりが生まれてから6年間、父親になるチャンスは毎日あった。全部自分で捨てたんだよ」
私は荷物を持ちました。「ひまり」
奥の部屋から、小さなバッグを持った娘が出てきます。「準備できた?」
「できたよ」
「じゃあ帰ろ」
直が追いかけてきました。「待てよ。本当に行くのか?」
「行くよ。私の実家へ」
「おい、みさ」
玄関を開けようとしたその時でした。
「待ちなさい」
かず子の声。私は振り返ります。義母は困り果てた顔をしていました。
「何ですか?」
かず子は叫びました。「今日の夕飯は誰が作るのよ」
私は答えました。「自分で作ってください」
そしてひまりと2人で義実家を出ました。
その後、離婚の話し合いは簡単には進みませんでした。直は最後までやり直したいと言い続けましたけれど、ひまり自身も父親との生活を望まず、私の決意も変わりませんでした。話し合いを重ね、私たちは離婚。私は実家で両親に助けてもらいながら、少しずつ仕事へ復帰しました。最初は短時間、思うようにいかない日もありました。それでも自分で稼いだお金が口座に入った日、私は少し泣きました。嬉しかったのです。誰かの火政府ではなく、自分としてまた歩き始められたことが。
一方、直は義実家へ戻ったそうです。ところが、今度は直が「ご飯まだ」「買い物行って」「庭の草取って」とかず子から毎日のように命令されるようになりました。
ある日、直から電話が来ました。
「みさ、何?」
「母さん、何にも自分でやらないんだよ。俺、仕事から帰って飯作って掃除して…。ええ。少しくらい手伝いに来てくれないか?」
私は少し考えました。そして、あの夏の直と同じ口調で言いました。「え?私、今忙しいの。だから行けない」
電話の向こうが静かになりました。私は笑って最後に言いました。「自分のお母さんでしょ?自分でなんとかして」
電話を切り、その番号を着信拒否にしました。
隣ではひまりが夏休みの宿題をしています。
「ママ、見て」
「何?」
「家族の絵、書いたの」
そこには私、ひまり、そして私の両親。3人では亡くなった家族でも、前よりずっと笑っていました。
私が捨てたのは家族ではありません。家族だからという言葉で、妻と娘だけに我慢を押しつける生活です。家族は誰か1人が火政府になるものではない。互いに大切にするもの。今の私はそう思っています。



