初めまして、りえさん。健太の母のひみです。突然連絡してしまって悪かったわね。健太からあなたと婚約したと聞いてね。どんな人なのか、どうしても気になってしまって。
そうだったんですね。健太からお母さんに連絡先を教えてもいいかと聞かれた時は、少し驚きました。
でしょうね。普通の家庭ならこんなことはないでしょう。ただ我が家は他とは違うのよ。それはあなたもよく知っているわよね。
はい。スーパーを経営されているんですよね。
うちの夫が社長をしていてね。何もないところから店を大きくしていって、今では県内に六店舗を構えるようになったの。これからもっと増やす予定よ。うちはそういう家だってことを理解してほしいの。
素晴らしいことだと思います。
健太はその後継者になるのよ。そしてあなたは将来の社長夫人ってわけ。その自覚はあるのかしら。
私は私で仕事は続けるつもりですが。
別に経営をしてくれなんて言ってないわ。あなたにはそんなの無理だって分かってるから。でもね、社長夫人ともなると気品が必要とされるのよ。あなたのせいで健太が周りから白い目で見られるなんて、あってはならないことでしょう。
それは、そうだと思います。
なら、将来の社長夫人としての自覚を持って、これからの行動に気をつけてもらいたいわ。
わかりました。
ところで、あなたのことを教えてちょうだい。お仕事は何をしているの?
父が農業をやっているので、その手伝いです。
農業?土いじりで生活をしているの?
そういう言い方はやめてください。
そんな生活を送ってきた人にうちの家計に入られるのは、ちょっと嫌ね。
それは関係ないじゃないですか。
ちなみに最終学歴は?
高卒ですが。
嘘でしょう?
本当です。
そんな人間と健太が結婚しようとしているの?
学歴や生活環境なんて関係ないと思います。私たちは愛し合っていますから、結婚するんです。
どうやって健太を丸め込んだのかしら。
後ろめたいことは何もしていませんよ。
ちょっとあなたとの結婚は考えさせてもらうわ。
それは私たちが決めることです。お母さんの意見で決まるものではありません。
黙りなさい。こっちは会社の将来もかかっているのよ。
その三十分後、りえは健太に電話をかけていた。
母さんとは話した?
うん。でも、いい印象は持たれなかったわ。
もしかして、学歴とかそういうことか?
そう。農家の娘だってことも引っかかってたわ。
あの人は本当に変なところを気にするんだよ。母さんだって大学を出てるわけじゃないのに、偉そうに学歴がどうとか言うなよ。コンプレックスがあるんだろうな。
だとしても、それを息子の妻に求めるのは変よね。
そうだな。もしかしたら、結婚の挨拶で反対されるかもしれない。
そんなことは俺が絶対に許さないから安心しろ。俺にとっては、りえしか結婚相手はいないんだ。
それは私も同じよ。だからこそ、みんなに祝福してほしいわ。
うちの両親は昔からああなんだ。会社が大きくなる前から、勉強を頑張れとは言われてたけどな。でも、業績が上がって店舗が増えていくうちに、二人とも人を見下すようなことをよく言うようになったんだ。父さんは自分一人で会社を大きくしたって自負があるからそうなんだろうけど、母さんもそれに影響されちゃってさ。
なるほどね。高卒の私のことを下に見て当然なのかな。
そんなことないよ。りえはすごいことをやってるじゃないか。俺は心から尊敬してる。それに、うちもその恩恵を受けることになるんだし。
でも、あのことはまだ話さないでほしいの。
やっぱり嫌なんだ。
そのことで手のひらを返されて結婚を認められるのは、少し悲しいの。私自身のことを受け入れてもらいたいから。
分かるけどさ。
どうにかして気に入ってもらえないかしら。
りえがそこまで考える必要はないよ。何も考えずに普通に挨拶すればいいんだ。俺から二人にもきつく言っておくからさ。
大丈夫なの?あなたと両親の関係が悪くならない?
そんなの気にしてられないよ。俺にとって一番大事なのはりえなんだ。りえと結婚するためなら、何だってする覚悟がある。
ありがとう。私も覚悟を決めて挨拶しないとね。
一ヶ月後、りえは再びひみから呼び出され、レストランで向かい合っていた。
ちょっと相談があるんだけど、いいかしら。
何ですか。
何よ、不満でもあるの?
いえ、不満ではなくて驚いてしまって。どうしてLINEで連絡をしてくるんですか?レストランで食事をしているのですから、直接話せばいいんじゃないですか。
ちょっと表立っては話せないことなのよ。
それは何ですか。
あなたから健太に婚約を解消すると伝えてくれない?
なんですって?
できれば健太を説得したかったんだけど、あの子はあなたに入れ込んでるみたいで無理そうなの。だからあなたから婚約を破棄するって言ってほしいのよ。
どうして私がそんなことをしないといけないんですか?
やっぱりあなたを我が家に迎え入れるのは無理だと判断したわ。できればあなた自身から去ってもらいたかった。自分の立場を考えれば、うちに嫁入りなんてできるわけがないって思い知ってほしかったの。でもあなたはイヤイヤしながらも結婚しようとしている。今でも信じられないわよ。まさか高卒の人間が息子の結婚相手として来るなんてね。
そうやって学歴だけで人を判断するのは良くないですよ。私はきっとお母さんたちのお役に立てると思っています。
思い上がりもここまで来ると立派ね。でも、高卒の人間が私たちの力になることはありえないわ。まあ、レジ打ちくらいならやれるかもしれないけどね。そんな人間は健太の妻としてふさわしくないの。だから、あなたには自分の口から別れを伝えてほしいのよ。
どうしてそんなことをしないといけないんですか。
もうこっちは健太にふさわしい奥さんを見つけているの。夫の友達の会社の社長さんの娘さんでね、独身なんだって。健太の話をしたら、ぜひ娘をもらってほしいって話になったのよ。もしそこの娘さんと結婚したら、会社同士の繋がりも深くなって、我が家は今以上に羽振りが良くなる。そういう人間と結婚した方が私たちのためだからね。
いつの時代の話をしているんですか。どうせその話、健太は知らないんでしょう。
そうよ。でも、説得はしてみせるわ。
ふざけないでください。私や健太の気持ちを無視して、勝手に話を進めたりしないでください。これは健太と私の人生なんです。結婚相手は自分たちで決めさせてください。
そんなに必死にならなくてもいいじゃない。どうせ金目当てで健太に近づいたんでしょう。私はお前みたいな財産狙いの小悪魔に健太はやらないから。
私はそんなお金なんて欲しくないです。
嘘ばっかり言わないで。そうじゃなかったら、健太と結婚なんてしようと思わないでしょう。真面目だけが取り柄のような子なんだから。
自分の子供によくそんなことが言えますね。
事実なんだから仕方ないでしょう。
あなたがどういう人間か、よくわかりましたよ。
じゃあ、私のお願いを聞いてくれる?もちろんお礼は出すわ。あなたの大好きなお金をもらえるんだから、やってくれるわよね。
私は健太と別れるつもりはありません。
これ以上ごねるのなら、こちらとしても強硬手段を取るしかないわよ。
何でもやればいいでしょう。脅されても、私の意思は変わりませんよ。
その三十分後、今度は健太の父、剛が現れた。
やれやれ、我儘を言わないでくれるか。
お父さんもそっち側ですか?
当たり前だ。我が家の繁栄のためには、お前の存在は邪魔なんだよ。
あなたは会社の繁栄のために息子を利用するおつもりなんですか?
そんなの当然だろ。俺が会社を大きくしたおかげで健太はいい暮らしができているし、うちの会社で働くことだってできているんだ。今時、就職するのも難しいのに、あいつはコネで仕事をもらってるんだぞ。
だとしても、健太は仕事を頑張っています。結果を残して若くして本部長になってるんですよ。
そんなのは当然だ。俺の後継者なんだからな。俺たちが優雅な暮らしができるように、働いてもらわないと困るんだよ。結婚相手だって、俺たちの言うことを聞いてもらう。俺はもっともっと贅沢な暮らしがしたいんだ。
あなたは息子のことを何だと思っているんですか?
お前にわざわざ説明する義理はない。とりあえず、この話は円満に終わらせろ。そして、その後で別れを切り出せ。もちろん、こちらから命令されたなんてことは言うなよ。もし俺たちに逆らうようなことをしたら、後悔させてやるからな。俺は色々なところに顔が利くんだ。お前の人生を終わらせるくらいわけないからな。
そうですか。そちらがそうおっしゃるのなら、仕方ないですね。
最初からそうやって素直に従えばいいんだよ。
翌日、健太は実家に帰り、母を問い詰めていた。
母さん、あんたは本当にバカな人だな。
何よ、急に。
りえから話を聞いたよ。りえを脅して俺と別れさせようとしたみたいだね。
あの子がそう言ったの?
そうだよ。どこまでも俺たちのことを舐めてるみたいだな。言っておくが、俺はりえと別れるつもりはないからな。
私たちはあんたの将来や会社のことを考えて言ってあげてるのよ。それなのに、どうして分かってくれないのかしら?
あんたは自分たちの利益しか考えてないだろう。最もらしく親のふりなんてするんじゃない。あんたたちは自分たちが金を儲けていい暮らしをすることしか考えてないんだろう。
親に向かってなんて口の聞き方をするの?
あんたたちこそ、りえに対してなんてことを言ってんだ。あんたのせいでりえはめちゃくちゃ悲しんでたぞ。
あんな娘が可哀想だって?何言ってるのよ。
やっぱり彼女が誰なのか知らないみたいだな。りえは気づかれないなら黙っておいてほしいって言ってたけど、あんたたちには分からせた方がいいらしい。
何を言ってるのか分からないわね。
奇跡の桃って知ってるか?
知ってるに決まってるでしょ。甘くて美味しくて、その味が奇跡と呼ばれるほど人気のある桃でしょ。全国から注文が殺到して、テレビでも特集されたりしてるやつ。基本は通販メインだけど、決まったお店だけ店舗でも販売してるんだよね。うちでも取り扱うようになったじゃない。
そうだよ。うちでも取引をするようになって、これでまたうちのスーパーの名前が全国的に知られるようになるってもんよ。
その桃を販売している会社の社長が、りえなんだよ。
は?何それ?あいつは高卒の農家の娘でしょ?
そうだよ。お父さんが桃を作られていて、りえはその手伝いをずっとやってたんだ。お父さんが作る桃は、知ってる通りとても美味しくて地域では有名だった。ただそれだけで生活が豊かになることはなかった。赤字続きで、農業を続けることも難しくなってたらしい。そんな時にりえはネットやSNSを駆使して桃をPRしたり、全国に通販ができるようにしたんだ。おかげで桃は多くの人に知られることになり、りえは販売する会社を設立して、経営するようになったんだよ。
だから高卒だったのね。
そうだよ。りえはもうやりたいことを見つけて、それを実現させていた。だから大学に行く必要がなかったんだ。
まさか、そんな人だったなんて。
これで自分が何をしでかしたか分かったか?
急いでりえさんに謝らないと。
三十分後、ひみはりえの家を訪れていた。
りえさん、本当に失礼なことをして申し訳ありません。
お母さん、もうそんなことはやめてください。私はあなたたちのことを許さないと決めましたので。
そんなこと言わないでよ。
いえ、もう無理です。桃の販売を許可しようと思っていましたが、その話はなかったことにさせてもらいます。
そんな、どうしてよ。
そもそも、あなたたちのスーパーでの販売を許可したのは、結婚をするということがあったからです。お父さんたちの力になれればと思っていたんですが、あなたたちと仕事をする気はもうありません。
そんなこと言わないで。奇跡の桃を取り扱うとなったら、我が家にはとてつもない恩恵があるのよ。スーパーの名前は全国に知れ渡るし、売上だってうなぎ登りになるって夫は言ってたわ。だから、やめるなんて言わないでよ。
おかしいですね。高卒の私があなたたちの力になるはずがないとおっしゃっていたはずですが。
いや、それは……
学歴なんて人を測る上であまり意味はないですよ。もっと大事なものを見た方がいいと思います。あなたたちは、私が正直に肩書きを言ったら結婚を受け入れてくれましたか?私はそうなるのが嫌だから黙っていたんです。私のことを散々金目当てだとか言ってましたけど、あなたたちこそそういう人種じゃないですか?
違うわ、私は会社のことを思って……
会社のことを思うのなら、息子の嫁に口出しなんてせずに、売上を伸ばすために頭を捻った方がよっぽど効果的だと私は思いますけどね。
随分と嫌なことを言ってくるじゃない。
お母さんから言われた嫌味の百分の一にも満たないですよ。あなたはもっと嫌なことを私に言ってたんですから。私のことを嫌ってもらって構いません。でも、桃の販売と健太との結婚を考え直してくれない?
何を言ってるんですか?健太とは結婚するに決まってるじゃないですか。どうして婚約破棄すると思ったんですか?
え、そうなの?私たちのことを嫌ってるから、てっきり家族ごと縁を切るのかと思ってたわ。
そんなのは関係ありません。私は健太のことを心から愛しています。だから、どんなことがあっても一緒になりますよ。
だったら、桃の販売も考え直してよ。私たちのためじゃなくて、健太のためにさ。
健太のためになることは、色々と考えています。
それは何?
すぐに分かると思います。それまで待っていてください。
それから一ヶ月後、剛は会社で信じられない知らせを受けた。
健太、これはどういうことだ?
父さん、どうかしたのか?
知らばっくれるな。たった今、俺はこの会社から追い出されることが決まったんだ。取締役会と臨時の株主総会が立て続けに行われてな。社長から引きずり下ろされて、取締役からも解任された。話を聞いたら、このクーデターはお前が率先してやっていたらしいな。お前は俺が育てた恩を仇で返したんだぞ。
確かに父さんには色々と感謝をしています。父さんのようになりたくて今の会社に入ったんですからね。でも、会社でのあんたの立ち振る舞いは暴君そのもので、俺は心底幻滅したんだ。あんたは自分の立場を利用して、社員たちに最低の振る舞いをし続けていた。誰一人として、あんたに言い返すことができなかった。
俺がこの会社をでかくしたんだぞ。
それは認めます。今まではそうだった。でも正直、あんたのやり方ではもう限界が来ていた。店の売上だってどんどん落ちてる。会社はもう生まれ変わる必要があったんだよ。実際、あんたの傲慢さが原因で奇跡の桃を販売することができなくなった。この先もっと大きな問題が起きたら、会社にとって致命傷になりかねない。そうなる前に、父さんのことは会社から追い出さないといけないと思ったんだ。そのために取締役の皆さんや株主の皆さんに今回の件を説明して、みんなでこの決定を下したんだ。
お前、よくもそんなことを……
悪いが、決定したことだから受け入れてくれ。これからは俺たちに会社のことを任せてほしい。
お前はどうしてこんな血も涙もないことができるんだ。実の親を裏切るなんて、よくできるな。
あんたのことを実の親だなんて思ってないよ。りえと別れさせようとした時点でね。
俺はお前のことを思って、でかい会社と関係性を作っておいて、なんとか売上をよくしようとしただけだろ。そうやって生き残ろうとしたんだ。全ては後継者であるお前のためだったんだよ。
余計なお世話だよ。そんなことをしなくても、会社は俺が立て直せる。あんたはずっと自分たちの金回りのことばかり考えて、会社のことに一切目を向けていなかった。経営のことだって取締役の人たちに投げっぱなしで、あんたは外で人脈作りばかりをやっていた。そんなのが本当に会社のためになると思ってたのか。昔のあんたは汗水垂らして会社を大きくしようとしていたよ。会社が大きくなって、あんたは大事なものを失ったんだ。その付けが今回の解任だと思ってくれ。
本当に俺のことを追い出すんだな。
もうこれは決まったことです。ゆくゆくは俺が会社の社長になって、社員のみんなを引っ張っていくよ。俺が憧れたかつての父さんのように、立派な社長になろうと思ってる。でも、どれだけ会社を大きくできたとしても、今のあんたみたいにはならないようにするよ。
それからさらに一ヶ月後、今度はりえが剛のもとを訪れていた。
お父さん、ちょっとお話があるのですが。
なんだ。お前と話すことなんて、もう何もないはずだ。結婚式だって俺は出席しないからな。
そうですか。それは仕方ないですね。ですが、今回はその話ではありません。
なんだよ。
実は、私は外部取締役として、お父さんの会社で仕事をするようになったんです。
なんだと?
ネットやSNSを使ったプロモーションや、経営していく上でのノウハウなどを教えてほしいとお願いされたんですよ。健太のいる会社ですから、力になれるのならと思って引き受けました。
それが何だと言うんだ?自慢なら聞かんぞ。
会社の経営を黒字にするために、お金の流れを健太や他の社員さんと協力して調査させてもらいました。すると、お父さん、あなたが不正に会社のお金を使い込んでいたことが分かったんです。
俺はそんなことはしてないぞ。
いいえ、それはありえません。あなたは色々な取引先と結託して、架空の取引を行ったように見せかけて、自分の懐に全てを入れていましたよね。そうやって会社のお金を私的に使っていたことが明らかになりました。
お前、余計なことを……
余計なことをしているのはそっちですよね。会社のお金を流用したり、私と健太の結婚を邪魔したり、余計なことばかりしているのはあなただ。会社のためにやってるなんて言ってましたけど、結局あなたは自分のことしか考えていなかったんですね。
生意気なことを抜かすな。俺が稼いだ金だぞ。俺が好きに使って何が悪い?
会社というのは多くの人の力があって成り立っているんです。あなた一人で稼いだお金なんてものは存在しないんですよ。そんなことも気づかないなんて、あなたは経営者失格です。これから、お父さんには会社から損害賠償請求をさせてもらいます。かなりの額になると思いますので、覚悟しておいてください。
損害賠償だって?ちょっと待ってくれ。俺にそんな金を払えるわけがないだろう。
あなたが不正に使った分を戻してもらうだけです。言い訳なんてできませんよ。
ちょっと待ってくれ。家族を地獄に叩き落とすような真似をするのか?
あなたたちを家族だと思っていません。健太がそうお伝えしたはずですけどね。もちろん、私も同じ気持ちですよ。私だけならまだしも、健太のことをあなたたちは馬鹿にした。あなたのことを尊敬して、あなたのようになろうと努力している健太のことを、あなたは自分の私利私欲のために利用しようとした。そんな人を家族だと思えるわけがないでしょう。
見捨てるってことか。
請求はさせてもらいます。
ふざけるな。俺はそんな金は一円も払わんぞ。
それはやめた方がいいですよ。損害賠償請求は裁判を通じて行います。逆らわない方がいいですよ。きっと後悔することになりますから。
本気なんだな。
そうだと言ってるでしょ。両家顔合わせの時に人生終わらせてやるとかおっしゃってましたけど、あれはご自分のことだったみたいですね。
その後、剛は多額の損害賠償請求を受けることになった。当然支払えるはずもなく、家にあった高価なものは全て差し押さえられ、住んでいた家さえも手放すことになった。その後はひみと二人で小さなアパートに移り住んで、細々と暮らしていたのだが、一度贅沢な生活を知ってしまった二人にはその苦労があまりにも大きすぎたのだろう。やがて関係は悪化し、結局離婚に至った。ひみは実家に戻ろうとしたものの、裕福だった頃に実の両親にまで高圧的な態度を取っていたため、受け入れてもらえなかったという。今はパートをしながら一人で暮らしているそうだ。人を見下し、踏みにじってきた人間ほど、いざという時に誰にも手を差し伸べてもらえない。そのことをようやく理解したのかもしれないが、やはり遅すぎる。
一方、剛はアパートに残って一人暮らしを続けていたものの、全てを失ったショックから体調を崩し、通院生活になったという。見る影もなく痩せ細り、かつての威圧感や勢いはもうどこにも残っていない。傲慢に振る舞い、他人を踏み台にしてきた人間の末路としては、あまりにも分かりやすく、そしてふさわしい結末だと言える。
一方で、りえは自分の会社を経営しながら、外部取締役としても精力的に活動を続けている。健太も営業部で仕事を頑張っていて、どんどん成果を出し続けている。剛がいなくなってから会社の雰囲気がかなり良くなったと周りの人が言っていて、実際に経営状況もかなり良くなってきた。そして、いつの日か健太が社長になって、りえはその健太を支えられるようになれたらいいなと思っている。もちろん、剛みたいに全部自分の力でやったなんて勘違いをしないように、周りの人たちへの感謝だけは忘れないようにしたいものだ。



