「あい、聞いて。今月の仕送り、まだ届いてないんだけど」
義母の声は、電話越しでも刺さるように鋭かった。
「すみません、今月は25日が土曜日なので、月曜日に振り込みます」
「言い訳しないの。中卒だから振り込みの仕組みも分からないの?夫の稼ぎを振り込むだけの簡単な作業くらい、さっさとやってほしいわ」
私は慎ましく息を吸った。六年間、毎月のように聞かされてきた言葉だった。
「息子の会社でお手伝いしかしてないから、ちゃんとしたこともできないのよ。そんなんだから、集まりにも呼ばれないの。自覚ないのかしら?」
そして、今年もその言葉が続いた。
「あ、そうだ。正月は来なくていいから。近所に中卒の嫁がいるのがバレたくないのよ」
「……分かりました」
電話を切った後、友人の愛が呆れた顔で私を見た。
「あんた、またあの人の言いなり?この前も正月来るなって言われたばっかじゃん」
「うん。でも、今日はミユさんの出産祝いに行くの」
「あの意地悪な義妹の?あんた、優しすぎるよ。自分のこと馬鹿にする人の子供なんて、私は祝えないな」
「子供に罪はないから。割り切ろうと思って」
「まあ、何かあったらすぐ連絡しなよ。あんた、すぐ一人で抱え込むから」
「うん、ありがとう」
三時間後、私は病院に着いた。
「お母さん、病院に到着しました。部屋番号を教えてもらえませんか?受付で名前を記載しないといけなくて」
既読はついたが、返信はない。三十分待っても、返事は来なかった。
「すみません、もう三十分待っているのですが……夫も電話しています。どこにいるんですか?」
ようやく返ってきた返信は、凍りつくようなものだった。
「あら、やだ。本当に来たの?出産祝いに、勝手に中卒夫婦が紛れ込んでるわ」
「え、お母さん。ケン太さんが招待されたんですけど」
「ケン太は家族だから入っていいわよ。でも、あんたはダメ」
私は病室の前で立ち尽くした。
「どういう意味ですか?私も一緒に招待されたと思っていたんですが」
「誰があんたを招待したのよ。家族だけで祝うに決まってるでしょ」
「あの……赤ちゃんのお祝いだけでも、渡させてもらえませんか?一目見たら帰りますから」
「いらないって言ってるでしょ。中卒が選んだものなんて、赤ちゃんに触れさせたくないのよ」
「……分かりました。では、失礼します」
「さっさと消えろ」
私は病院を出た。その直後、義母の声が病室から漏れ聞こえてきたのか、震える声で愛に電話をした。
「あい……私、追い出された」
「は?何があったの?」
私は全てを話した。出産祝いに来たのに、中卒夫婦は他人だと言われ、追い出されたこと。必死に選んだお祝いの品を「汚い金」と言われたこと。ミユさんに「仏頂面で帰って」と言われたこと。
「ふざけんな。あんたがどれだけ気持ち込めて選んだか、向こうは知ってるんでしょ?」
「うん。何度も聞いてきたし、『これが欲しい』ってリクエストまでしてきたのよ。それで、迷惑かけたからって、仕送りを増やすように催促の連絡までしてきたわ」
「どんだけ図々しいのよ。中卒は他人だから出ていけ、でも金はよこせ。それ、人間として終わってるよ」
「だよね」
次の日、義母からの怒号の電話が鳴った。
「昨日はよくもやってくれたわね。ミユに変なLINE送ったんでしょ?あの子は出産直後で疲れてるのよ。それなのに勝手に押しかけてきて。赤ちゃんだって生まれたばかりで免疫もないのに、あんたが来たせいでストレスかかったのよ」
「招待されたから伺ったんですけど、それに、会わずに帰りました」
「ケン太を招待したの。あんたは呼んでないって、何度言わせるの?おかげでミユが泣いてたわよ。せっかくのお祝いを台無しにされたって」
「病室にすら入ってもいないですけど」
「入ろうとしたでしょ。全く空気読めないわね。これだから中卒は。あんたが余計なことをしなければ、昨日はミユにとって最高の日だったの。今後はうちにも来ないでちょうだい」
「実家にもですか?」
「他人はこの家から出てけ。それだけのことをしたのよ。それと、今月の仕送りまだよね。反省してるなら早く振り込みなさい」
「……振り込みます」
「詫びを入れて、少し多めに振り込みなさい。中卒のせいでこっちは大迷惑だわ」
その電話の後、私は愛に頼んだ。
「あい、お願いがあるの」
「何?」
「お母さんの生活を調べてほしい。仕送りがどう使われてるのか。かなりの金額を振り込んでるの。それだけ必要っていうのは、少しおかしくて」
「本気?」
「本気。もう我慢しない。家族になれないなら、他人として向き合うわ」
「オッケー。そう来なくちゃ。任せな。調査事務所の探偵の腕の見せどころだよ」
一週間後、愛は私の家に来て、資料を机に広げた。
「調査終わったよ。結構やばいの出てきたわ。愛が『やばい』っていうのは、相当ね」
「教えて」
「まず、お母さんね。近所には『亡き夫の遺産と年金で悠々自適に暮らしてます』って言ってる」
「遺産?夫のお父さんって、確か借金残して亡くなったはずだけど」
「そう。遺産なんてゼロ。遺族年金は月8万円。つまり、あんたの仕送り25万円がないと生活できないのよ。なのに、近所では『息子夫婦が中卒同士で結婚した。恥ずかしいから付き合いない』って言いふらしてるみたい」
「お母さんならやりそうね」
「次。仕送り25万円のうち、月10万円をミユに横流ししてた」
「……ミユに?」
「そう。ミユの出産費用50万円も、全部仕送りから出てる」
「出産費用まで……」
「ミユは、お母さんの貯金だと思ってるみたい。お母さんが『お母さんの貯金から出してあげるわ』って言ってたらしい。全部あんたの金なのにね」
「つまり、私が稼いだお金で出産して、その出産祝いの場から私を追い出したってこと?」
「そういうこと」
「……一周回って、笑えてきたわ」
私は深く息を吐いた。そして、決意を固めた。
「あい、もう一つお願いがあるの。お母さんに仕送りの件で、伝えたいことがあるの」
翌日、私は義母に電話をかけた。
「お母さん、仕送りの件でお伝えしたいことがあります」
「何?仕送りのこと?ちゃんと振り込みなさいよ。金額を増やすっていう相談なら、受け付けるけど」
「今月から、仕送りを停止します」
「はぁ?何言ってるの、あんた?」
「先日、お母さんは私たちを『他人』だとおっしゃいましたよね。『家族だけで祝う』『他人はこの家から出てけ』と」
「それがどうしたのよ」
「では、他人に仕送りする義務はありませんよね」
「ちょっと待ちなさい。それは話が違うでしょう。大体これは親子の話。嫁がでしゃしゃってくるな」
「お母さんは勘違いされてますが、仕送りは私の給料から出しています。ケン太さんのお金じゃないんです」
「ケン太の口座から振り込まれてるわよ。大体、あんたは根に持ってるようだけど、出産祝いに来るなって言ったのはミユと赤ちゃんのためよ。出産後で精神的に不安定になってるのだから、守っただけ。それの何が悪いって言うの?」
「でも、お母さんは仕送りをもらう立場ですよね。それなのに、あんな態度って」
「子供を守るとそうなるの。でも、仕送りは生活のこと。家族としての義務でしょう?」
「出産祝いでは『他人』で、仕送りでは『家族の義務』ですか?」
「当たり前でしょ。都合がいいとか、そういう話じゃないの。息子が母親を養うのは当然のことよ。それに、あんたの給料から出してるって嘘ばっかり。25万円もあんたに出せるわけないじゃない」
「会社の経営者は、私ですが」
「え?ああ。以前、私が経営をしていると言っても、『中卒にそんなことできるわけない』って信じてもらえませんでしたっけ?営業も契約も経理も、全部私がやっていますよ。仕送りはトラブル防止のため、夫の口座に毎月私が入金していました。六年間、合計1800万円ですね」
「……嘘よ。中卒のあんたに、そんな稼ぎがあるわけない」
「宅建もFPも独学で取りました。中卒でも勉強はできるんですよ。信じないなら、振り込み記録をお見せしましょうか。夫の口座の入金履歴は、全部残してますので」
「……」
「そんなお母さんが『他人』と追い出した人間が、六年間あなたの生活を支えていました。しかし、私は『他人』ですよね。だから、仕送りをやめるんです。夫も同意見です」
「いいわ。なら、離婚させる。なんでそうなるんですか?」
「中卒の嫁なんかと別れさせてやるわ。息子は母親の味方よ。あんたが出て行けば、息子の稼ぎは全部うちに戻ってくるんだから」
「お母さん、随分都合のいい話ですね。そんなお母さんに、夫からの伝言があります」
「何よ?」
「『母さん。前に仕送りはアイが出してるって伝えたよな。あの時、信じなかっただろ。今回の件で俺も愛想が尽きた。あとは自分で生きてくれ』……だそうです」
「……そんな」
「ケン太さんは何度も伝えようとしていました。でも、あなたは聞く耳を持たなかった。離婚はしません。むしろ、母さんとは距離を置くと言っています。分かりましたか?私たちは、本当に他人になるんです」
同時刻、ミユの元にも愛が訪れていた。
「初めまして。アイの友人のアオイって言います。探偵やってるものです」
「は?誰?あの中卒女の友達?」
「いや、仕事っていうか、何というか……ちょっと質問したくて。ミユさん、お母さんに出産費用を出してもらってますよね?」
「そうだけど。母の貯金からだし、何か問題でも?」
「じゃあ、お母さんが何で稼いでるか、知ってます?年金とか貯金とかでしょ?遺族年金、月8万円だよね。そこから生活して、あんたに月10万円も援助して、出産費を50万円も出せる?大卒なのに、計算合わないのは気になりませんか?」
「何が言いたいの?」
「お母さん、あんたに嘘ついてますよ」
「嘘って何の話?」
「ケン太さんの口座から、毎月お母さんに振り込まれてるお金がある。それがどこから来てるか、お母さんに聞いてみなよ」
「兄が母にお金送ってるなんて、聞いたことないんだけど」
「そりゃそうだよ。お母さんが隠してたんだから。あと、あんたが『中卒のバカ』って追い出した相手が何者か、ちゃんと調べた方がいいですよ。大卒の肩書きが吹き飛ぶから」
「脅してるの?」
「事実を伝えてるだけですよ。私は探偵なんで、嘘は言わないですから。確かめるかどうかは、あんた次第ですけどね」
その夜、ミユは義母に詰め寄った。
「お母さん、これどういうこと?出産費用を兄さんの仕送りから出してたって、本当?」
「誰にそんなこと言われたの?」
「あの中卒の友達って探偵に言われたんだけど。私への毎月の援助も、全部仕送りだったの?」
「あ、あれは……」
「自分の貯金って言ってたのに!」
「ユ、落ち着きなさい」
「お母さんはあんたのためにそのお金を使ってたんでしょ?アイさんが稼いだお金でしょ?私が『バカ』って言った相手のお金で出産してたってこと?恥ずかしすぎるんだけど!」
「黙りなさい!私だって好きでこんなことしてるわけじゃないわよ!お父さんが借金残して、遺族年金8万円で暮らせると思う?息子に頭下げて仕送りもらうしかなかったのよ!でも、近所に『息子の仕送りで生活してます』なんて言えるわけないじゃない!」
「だからって!」
「大体、あんただってアイさんにあんな態度取ってたじゃない!私だって、あんたに二十年間『ブスのくせに』って言われ続けたのよ!せめて中卒の嫁より上でいたかったの!それの何が悪いのよ!」
「知らないわよ、そんなの!お母さんの見えのために、私まで恥かいてるじゃん!」
「あんただって、中卒は家族じゃないってお母さんが教えたから、そう思ってたんでしょ!」
「あんただって中卒の兄嫁をバカにしてたでしょ!大卒大卒って偉そうに言ってるけど、就職すらできなかったくせに!」
「それは……大卒って肩書きしかなかったんだから!」
「お母さんに言われたくないわよ!就職できなかったのは、大学の成績が悪かったからでしょ!中卒の兄嫁が会社経営してて、大卒の私は就職もできない……そんなの、認めたくなかっただけよ!」
二週間後、義母から私に泣きつくような電話がかかってきた。
「アイさん、お願い。仕送りを再開して」
「どうしてですか?私は『他人』ですよね?」
「言いすぎたわ。認めるから」
「そうやって、いきなり泣きついてきたのは、お母さんにはカードローンがあるからですよね?」
「な、なんでそれを……」
「調べてもらったんです。聞いた時は驚きました。カードローンの返済は毎月引き落とされるわけですが、仕送りが止まったら払えないですよね。200万円も借りているんですから」
「でも、あれは生活のためで……」
「審査の時、収入欄に何て書きました?」
「う、それは……不動産収入って書きました」
「義理の実家の不動産収入と偽って申告した。なんでそんなことまで?」
「私の親友は、とても優秀な調査事務所の探偵なんです。ああ、ちなみに彼女も中卒ですよ。中卒に追い詰められちゃいましたね」
「こんなことって……」
「話を戻しますが、嘘の申告をしたのなら、それは虚偽申告ですよ。銀行に知られたら、一括返済を求められますね」
「ま、待って。それだけは……」
「お母さんは中卒を馬鹿にしていましたが、その中卒のおかげで生活ができていたんです。それをよく理解してくださいね」
数日後、ミユからも電話がかかってきた。
「アイさん、あんた、旦那に全部ばらしたわね」
「ええ、スクショを見せました。『このようにとても精神的に不安定ですので、どうぞ支えてください』と言ったまでです」
「あんたが変なこと言ったせいで、離婚を切り出されたんだけど」
「そりゃ、人を平気でバカ扱いする人と家族をやるのは、難しいと思いますよ」
「……!」
「援助があることもバレて、『兄嫁の金で生活してたのに追い出したのか』って呆れられて、もう口も聞いてくれない。ご主人さん、まともな方ですね。あとはご夫婦で話し合えば良いのでは?あなたがきちんと反省していれば、旦那さんも許すかもしれません。まあ、無理でしょうけど」
「なんでよ!」
「元々、実母があの人ですし、結婚するつもりはなかったんでしょう。ご主人は。子供ができたことで無理に結婚を決めたそうですけど、相手側の親戚からも反対されていたなら、無理に婚姻関係を続けることもないですよね。養育費は、うまく話し合えば払ってもらえるんじゃないですか?その辺りの後始末くらい、自分でしてください」
数日後、義母からまた電話がかかってきた。今度は、泣き叫んでいた。
「アイさん、お願い。助けて!ローンは一括返済を求められて、ミユは離婚しそうで、近所には嘘がバレて居場所がないの!もう何もないの!あんたしか頼れる人がいないの!」
「お母さん、中卒の『他人』に助けを求めないでください」
「それは言いすぎたって、認めてるでしょ!」
「逆切れですか?実際、中卒じゃない。学歴がないのは事実でしょ」
「私が中卒だったのは、両親が二人とも病気で亡くなって、施設に行って、頑張って働いてきたからです」
「その努力があるなら、実家を敬うくらいできるんじゃない?」
「ずっと努力してきたんですよ。結婚が決まった時、お母さんに認めてもらいたくて、料理教室に通いました。中卒だからせめて家事くらい、って、毎日お弁当の練習をしていました」
「そうだったの?」
「初めてお母さんの家に行った日だって、好みが分からなかったから、ケン太さんに手土産の好みを何度も聞きました。でも、私が持って行ったお土産は、包みも開けずに『こんな安物』って言われましたよね?それでも、諦めなかった。一度でいいから『ありがとう』って言ってもらえたら、それだけで報われると思ってましたから」
「あ、あれくらい言ったわよ!」
「いいえ。一度も言われませんでした。施設で育った私には家族がいなかったから、お母さんが初めてのお母さんだったんです。だから、何を言われても耐えられた。嫌われてるんじゃなくて、まだ認めてもらえてないだけだって、自分に言い聞かせてた。でも、出産祝いを渡した時に分かりました。赤ちゃんのためにって選んだおくるみを、『中卒が触ったものなんていらない』と捨てられた。あの瞬間に、全部分かったんです。お母さんは最初から、私を家族にする気なんてなかったって」
「それは……」
「六年間の仕送りも、料理教室も、贈り物も、全部意味がなかった。だから、もう終わりにします。お望み通り、他人として生きていきます」
「お願いよ!それならせめて、今回だけ!今回だけでいいから、仕送りを!」
「夫婦で話し合って決めたことです。そして、夫からの最後の伝言があります。『母さん、仕送りを再開する気はない。でも、学歴で人を見下すのをやめたら、いつか話くらいはする』……そう言っていました」
「するわ!もう見下したりしないから!ごめんなさい!」
「その言葉、信じられません。だって、六年間お母さんが変わらなかったのは、見てきたので」
「アイさん……」
「さようなら、お母さん。もう、お母さんじゃありませんけど」
数日後、私は愛と一緒に、育った施設を訪れていた。
「ねえ、今度の休みに施設に顔出さない?」
「施設?どうして?」
「今年中学卒業する子がさ、進学せずに就職するんだって。不安がってるから、先輩として話してやってよ」
「うん。分かった。行くわ。私たちの話をしてあげたいな」
「でしょ?中卒でもちゃんと生きていけって、あんたが一番の証拠だもん」
「愛もね。私はまあ、相変わらず地味に探偵やってるだけだけど」
「地味じゃないよ。愛がいなかったら、私はまだ我慢してたと思うから」
「当然でしょ。あんたと私、施設で一緒に育った家族じゃん」
「そうだね。家族って、やっぱり思い合っていくものなのね」
その後、義母はカードローンの一括返済を求められ、虚偽申告の件で銀行からブラックリスト入りした。遺族年金月8万円だけでは家賃も払えず、築五十年のワンルームアパートに引っ越した。近所付き合いは全て途絶え、『遺産で悠々自適』と嘘をついていた人々からは、完全に無視されていると聞く。ミユは夫から家計の嘘を理由に離婚を突きつけられ、養育費を多く払って別れた。就職先も見つからず、赤ちゃんを抱えてパートを掛け持ちする生活。義母に頼ろうにも、義母も生活が困窮し、『大卒なのにどうして』と嘆いているのだとか。
一方、私たち夫婦は会社を順調に成長させ、穏やかな日々を送っている。愛とも定期的に交流し、私たちは姉妹のように接している。家族は血のつながりだけじゃない。それを、私たち二人が証明していく。



