「ねえ、明日も帰るからご飯よろしく」――それが、私の安らかな日々を終わらせた、嫁・えり子の決まり文句だった。毎回來るたびに、買ってきた肉を全部食い、風呂まで使って、お礼の一言もない。斷っても來る、文句ばかり言う。私は我慢の限界で、夫に「なんとか言って」と頼んだ。すると夫は「明日來るならちょっと話してみるよ」と約束した。でもその翌日、彼女はとんでもないことを打ち明けてきたんだ。「実は…まに殴ら…

「ねえ、明日も帰るからご飯よろしく」――それが、私の安らかな日々を終わらせた、嫁・えり子の決まり文句だった。毎回來るたびに、買ってきた肉を全部食い、風呂まで使って、お礼の一言もない。斷っても來る、文句ばかり言う。私は我慢の限界で、夫に「なんとか言って」と頼んだ。すると夫は「明日來るならちょっと話してみるよ」と約束した。でもその翌日、彼女はとんでもないことを打ち明けてきたんだ。「実は…まに殴ら...

「ねえ、明日も帰るからご飯よろしく」

またあの声だ。週に何度もうちに来て、買ってきた肉を全部食べ、風呂まで使って帰る。お礼の一言もなく。名前を呼ばれるたび、私は何度も言ってきた。

「えり子さん、その呼び方やめてって何度もお願いしてるわよね」

「あ、なんで?お母さんとかじこさんとか、他に呼び方があるでしょう?」

「ないだろう。ババーはどうこくり回してもババーだし」

私はため息をついた。息子の嫁、えり子は毎回來るたびに、ご飯がまずいとか臭いとか、風呂を沸かせとか、わがまま放題。断っても來る。

よほど居心地がいいんだろうと思っていた。

でもその態度はもう限界だった。

「はっきり言うわ。迷惑なの」

「うん。で、せめてお盆とお正月だけにして欲しいんだけど」

「無理」

「なんでよ」

「だるいし」

私は夫に頼んだ。

「あなたからもなんとか言ってよ」

「まあ確かにひどいな。明日来るならちょっと話してみるよ」

そして翌日、夫はえり子と話をしたらしい。私が呼び出して、実家の用事を手伝いに行ってることになってたと言う。

「は?私は呼んだことなんて一度もないわよ」

「分かってる。でもおかしいと思わないか?あれだけ來るなと言ってるのに何度も來て、意味の分からない嘘をついてる」

私の中に違和感が芽生えた。

のえ子は真夏でも絶対に半袖で起きない。

そういえば彼女はいつも長袖だった。腕を隠すように。

まさか、まさが手を上げるなんて? どうやっても考えられない。

私は夫の正を信じていたから。

でも夫は言った。えり子さんが私に呼び出されたと嘘をついてることよ。そこは正にも適当に話を合わせておいた、と。

そして数日後、えり子がまた來た。今度は私が直接聞くことにした。

「あなたには私が呼び出してると言ってるらしいわね。どうしてそんな嘘をつくの? そこまでしてなぜ頻繁にうちに來るの? 」

「別に」

「それとあなたが真夏でも長袖を着てるのはなぜ?

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結婚当初は肩を出してたわよね。でもここ12年はずっと長袖で着ている。正直に言ってちょうだい。もし困ってるなら力になりたいの」

しばらく沈黙が流れた。彼女は俯き、そして靜かに言った。

「実は…まに殴られてます」

「え、嘘? 」

「長袖ではお母さんが思ってる通りです。を隠すために來ています。ここ1年くらいで急にこうなって、私もびっくりしてるんですよ」

私は息をのんだ。信じられなかった。でも彼女の目は本気だった。

「あなた敬語使えるのね」

「はい…今まですみませんでした。わざと生意気にしていました」

「どうして」

「仲良くなったら甘えてしまうじゃないですか。そうしたらその家から帰りたくなくなるからです」

彼女は言った。家では夫の言いなりで反論もできない、そのストレスをここで発散してたんだと。

「お母さんが早く帰りなさいよって追い出してくれないと、家に帰る気になれなかったんです」

私は胸が締め付けられた。こんなに苦しんでたのに、私は気づかなかったんだ。

「分かってあげられなくてごめんなさい」

「言わなかった私が悪いんです」

私は夫に話すと約束した。正に知られたくないと言う彼女の願いを聞き入れ、私たちだけで伝えることにした。

しかし夫の父、元警察官のじじは違和感を覚えた。

「辛いなら正と一刻も早く離れたいはずだ。なのに無駄に先ばしにしている」

「確かに、お前じゃ話にならん。俺が探りを入れてみる」

そして数時間後、じじが私に言った。

「妻から聞いたよ。息子がとんでもないことをしたね」

「お父さんまで…ありがとうございます」

「すまなかった。私たちの育て方が悪かったんだ」

「そんなことはありません」

「私は女性に手を上げる男を許せない」

じじは言った。正とは縁を切る、と。そして私に、娘でいてくれないか、と。

「実は私の命は長くない」と私が言うと、じじは遺言書を破り捨てると言った。妻と私にわずかだが残したいと。

「それは私がもらう権利なんてありません」

「気を使うほどの額じゃないよ」

私は涙をこらえた。

ありがとうございます、と言うのが精一杯だった。

「一刻も早く離婚して新しい人生を歩みなさい。そのための手伝いならいくらでもするよ」

「嬉しいです。でも警察は行きません」

「なぜだ? 」

「彼が捕まるのは本望じゃありません。私はこの生活から抜け出せればいいんです」

「分かった。ただどうかあと1ヶ月待ってください」

「何かあるのか? 」

「夫の資格試験の結果が出るんです。それに受かれば昇進するはずなので、それだけ見屆けさせてください」

じじは渋々うなずいた。

でもその後、私はじじと二人きりになったとき、気づいてしまった。

彼は私に、遺言書は現役時代から本当に書いていたものだと言った。私は遺言の話に食いついたけど、じじは「ピンピンしてるのによくもあんな嘘つけたわね」と笑った。

私は言った。「嘘つきには嘘で対応するしかない」

そう、私たちはえり子を信じていない。私は最初から彼女の話を疑っていた。

そしてじじは言った。「どうするの?

「探るに決まってるだろう。正を守れるのは俺らしかいない」

そう、私たちはえり子の嘘を見抜いた上で、彼女を泳がせていたんだ。

1週間後、じじからの報告が入った。

えり子はうちに來た日、毎回日をまたぐまで帰らないらしい。

うちを19時過ぎに出て、電車で20分、タクシーでも30分ちょっとで帰れるはずなのに。

彼女は実家を出た後、駅前で待ってる男の車に乗り、郊外のホテルへ直行しているという。

私は愕然とした。

だから正が私をコキ使いすぎだと怒ってたのか。終電の時間まで働かせるなんて鬼かよってぶち切れてたんだ。

「嘘つき女ね」

「私もすっかり騙されちゃったけど」

そして2週間後、私は正に電話をかけた。

「えり子さんのことなんだけど」

「しょっちゅう呼び出してるんだろう」

「それは誤解よ」

正は半信半疑で、夕方にうちに來ると言った。

そして翌日、正は父と母に呼び出され、全部聞いた。

彼はえり子に詰め寄ったらしい。

お前は実家を1時間ちょっとで出て、うちに帰ってくるまでの45時間、何してたんだ、と。

えり子は最初、散歩やカフェと言い張ったが、証拠を突きつけられて観念した。

不倫相手の車に乗り、ホテルへ直行していたのだ。

私は正に言った。

「証拠は全部ある。じじが元警察官だから、尾行はお手のものらしい」

正はえり子に離婚を告げた。彼女は泣いて謝ったが、もう遅かった。

「もういい。あとは弁護士からの連絡を待ってくれ」

しかしそこで終わらなかった。

えり子は逆ギレして、私に電話をかけてきた。

「おい、クソババア」

「あらあら、過去最高にご機嫌なめね」

「てめえのせいで離婚されそうになってんだよ」

「てめえのせいでしょうよ。じじ使ってこそこそつけ回すようなことをしやがって、訴えてやるからな」

「どうぞどうぞ、脅しじゃないわよ。親ってのはね、子供を守るためなら刑務所だってあの世だって怖くないの」

私は彼女が自分の不倫を認めて謝ってきたとき、ざまあみろと思った。でも彼女はまだ諦めてなかった।

「私は離婚なんてしない」

「お揃いのイニシャルを入れるほど好きな人がいるんだから、そっちと一緒になればいいじゃない」

「誰がお揃いって言った? 入れたのは私だけよ」

「まあそっか。お相手は既婚者だしな」

「ここまで知ってるの? 」

「あなたを駅で下ろした後、彼の車をつけたら、子供用の自転車が置いてある一軒家に帰って行ったわよ」

沈黙が流れた。そしてえり子は急に態度を変えた。

「分かりました。全ておっしゃる通りです」

「本当にすみませんでした」

「急になんなの? 」

「夫が忙しくて寂しかったんです」

「心に開いた穴を埋めたかっただけなんです」

私は冷笑した。

「そうですか。お母様、お父様には大変失礼な言動をして申し訳なく思っております」

「はい、どうかお体に気をつけて長生きしてください」

「言われなくてもそうするわ」

「では失礼します」

彼女は電話を切ろうとしたが、私は引き止めた。

「ちょっと待って」

「夫からの伝言でしょうか」

「お前は遺産0な」

彼女は絶句した。

「え、それは話が違うというか」

「最後に罪を認めて丁寧に謝れば、ゆい言所のことなんてスルーしてくれるだろうとでも思った?

「いえ、別にそういうわけじゃ」

「夫はあえて餌をぶら下げたのよ。遺産が入ると思って男に見ついでたんじゃないの? 安っぽいホテルから少し高いところになり、高級焼肉店にも行ってたわね」

「いや、悪いけどうちの夫はまだまだ長生きするわよ」

えり子は絶望したような聲で言った。

「そんなこと言わないでください…私たち一緒に食卓を囲んだ仲じゃないですか」

「あなたが勝手に押しかけてきたんでしょ」

「本当に一緒にいると落ち著いたんです。嘘じゃありません」

「よく言うわよ。1時間ちょっとでさっさと帰ってたくせに」

「ああ…騙された自分が悔しい」

「でも楽しかったですよね」

「いいえ、全く」

「お母さん、本当は可愛いと思ってたんでしょ? 」

「全然思ってなかったわよ」

「悪態ついてたのだって、半分は演技だったかもしれないけど、半分はあんたの本性なん でしょ?

「違います…本当の母のように思ってたんです」

「もう騙されないんだから」

「霧りであっても、私はお2人の娘です」

「明日からは他人よ。2度とあんたにご飯は作らないわ」

その後、正とえり子さんの離婚はすぐに成立しました。不倫相手の奥様にもお伝えした結果、てっきり離婚になるかと思いましたが、離婚して自由になんかさせたくないとのことで、結婚生活を継続される道を選んだそうです。

そう、復讐の仕方もあるんですね。確かに離婚してしまえばえり子さんとくっつくかもしれません。でも自らの幸せを犠牲にしてまで、音夫を追い詰めるだけの毎日が幸せなのか、私には分かりませんし、正解もないのでしょう。

不倫相手の男は、一生鳥かごの中です。正は慰謝料を彼女たち雙方からそれぞれ200万円ずつ取り立て、えり子さんは財産分与もなく、実家から借金をして支払ったそうです。実家からは返済の連絡以外するなと縁を切られ、彼女はどこかで寂しく暮らしているのでしょう。

正は資格試験に合格し、無事昇進しました。私は今、週に何回かうちによってご飯を食べて帰る正と、楽しい食卓を囲んでいます。唐揚げでも文句は言われないし、イライラもせず、感謝の気持ちでいっぱいです。

殘りの人生を夫と楽しみたいと思います。