「今度の法事、あのブス嫁も連れてくるの?」――母のその言葉で、私はすべてが凍りつくのを感じた。結婚してから義母は何かと私に意地悪をしてきたけど、まさか実の息子を呼び捨てにされた上に、廊下に薄い布団を敷いて「そこで寝なさい」と言われるとは思わなかった。我慢の限界だった。私は夫に告げた。「お母さんは、これから小さなストレスを抱えることになると思う」。夫は笑って「許すまじ」と言った。私は、広島で出…

「今度の法事、あのブス嫁も連れてくるの?」――母のその言葉で、私はすべてが凍りつくのを感じた。結婚してから義母は何かと私に意地悪をしてきたけど、まさか実の息子を呼び捨てにされた上に、廊下に薄い布団を敷いて「そこで寝なさい」と言われるとは思わなかった。我慢の限界だった。私は夫に告げた。「お母さんは、これから小さなストレスを抱えることになると思う」。夫は笑って「許すまじ」と言った。私は、広島で出...

「今度の法事、あのブス嫁も連れてくるの?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の手が止まった。母の口から出た「ブス嫁」という言葉に、俺は怒りを通り越して呆れてしまった。

「母さん、いい加減にしてくれ。俺が選んだ人なんだから、そんな風に言うなよ」
「だって嫌いなんだもん」
「なみの何がそんなに気に入らないんだ?」
「気が強そう。料理下手そう。昔遊んでそう」

全部、想像でしかない。母の「勘」という名の偏見に、俺は何度も辟易してきた。近所の誰々が離婚するというのも、全部この「勘」で言い当ててきたらしい。

「なみも母さんと距離があるって気にしてたぞ。話しかけてもそっけないって」
「だってまともに話したらケちょんケちょんに言いたくなっちゃうでしょ。そしたらかずが悲しむと思って」
「その気遣いをなみに向けてくれないかな」

母がピーマン嫌いを克服したと言った時、俺は「大人になったね」と返した。母は「私もピーマン嫌い克服してみるわ」と言ってきた。なみとピーマンを同列に扱わないで欲しかったが、歩み寄ってくれたことに少しだけ希望を持った。

数日後、法事の日。なみは母の運転で向かっていると連絡してきた。
「亭主に運転させて隣で口開けて寝てるの?起き楽で羨ましいわ」
「起きてますが」
「冗談よ」

最初から、この調子だった。親族の集まりに来たなみは挨拶をしようとしたが、母は「奥の和室を用意してあるから、そこで映画でも見て時間潰してくれたらいいわ」と追い返そうとした。

「結婚式以来ですし、親戚の皆様にもご挨拺をさせていただきたいのですが」
「人前に出せる顔ですか?」
「はい」
「冗談よ」

母は「冗談」という言葉を使えば何を言っても許されると思っている。俺はその時、はっきりと言った。

「母さん、冗談にすれば何でも言っていいと思ってませんか?」

母はそれでも笑っていた。なみは「私はかずさんの妻として恥ずかしくない働きをしたいと思っています」と宣言したが、母は「まあご立派でびっくりだわ。猿と思ってたらチンパンジーだったくらい驚いちゃった」と嗤った。

法事の最中、なみはマイクと電話をしていた。マイクは広島で出会った男で、なみが「変なストレスを与えてしまう、JSA(地味なストレス与えちゃう)」という冗談を言うほどの仲だった。

「義母から早速先制パンチ食らっててさ」
「ああ、ジャパニーズ義母は本当にそこ以上があるだぜ」
「いい人もいると思うよ。僕の友達も義母に苦しめられたやつたくさんいる」
「息子が可愛いが故の行動なんだろうけどね」
「でもその息子が愛した女だ」

マイクは「もし今回の法事で何かあれば依頼したい」というなみに、「JSAに関してはお金もらわない」と約束してくれた。

そして、数時間後。事件は起きた。

「ねえ、買い出しすぎるわよ」
「さすがにウイスキー5本、焼酎5本は持てないのでタクシーを待っているところです」
「まあセレブね」
「車で行きたかったんですが、お父さんにお酒を進められて飲んでしまったので」

母はなみが「夫(父)に色目を使った」とまで言い出した。

「そんなことしません。する意味がありません」
「まあ、夫には男の魅力がないって言いたいの?」
「その揚げ足取りやめてくれませんか?会話が成立しないので」
「私を保釈扱いするなんてひどいわ。これでも一生懸命生きてるのに」

夜が更け、俺は飲み疲れて寝てしまった。目が覚めると、母がなみにこう言っていた。

「あなたの寝る部屋がないのよ」
「いや、かずさんと一緒でいいですけど」
「だから親戚を私の部屋に寝かせて私はかずと一緒に寝ることになるでしょ」

そして、なみの布団は廊下の床に敷かれていた。

「嫁の布団は廊下の床に敷いた。そこで寝んな」

朝、なみは何も言わずに始発で家に帰っていた。俺が電話をすると、なみはすべてを話してくれた。廊下でバスタオル1枚で寝かされたこと、腰が痛くて眠れなかったこと。

「なんで黙って帰ったの?」
「よく寝てたから起こさなかった。ごめんね。先に出て」
「何かあったんだな。俺が酔いつれてしまったばかりにすまない」
「かずは悪くないよ。親戚と楽しそうに飲んでるの見れて私も嬉しかったし」

俺はなみに言った。
「親か妻かという2択しかないなら俺は迷わず君を選ぶ」

その時、なみからお願いされた。

「かず、1つだけ許可が欲しいの」
「何?」
「お母さん、ここからしばらく小さなストレスを抱えることになると思うの」
「あ、もしかしてマイク?」
「そう、2人で広島行った時に会ったマイク」
「あれ本当にやってたんだ?」
「どうなるかわからないけどお願いしたの。廊下に寝かされて黙ってるほど私も人じゃないから」

俺は笑った。我が親とはいえ許すまじ。

翌日、母に会いに行った。
「黙って帰るなんて音知らずね」
「廊下が硬くて寒くて眠れなかったので始発で帰らせていただきました」
「嫌み?」
「いえ、正式なクレームです。冗談では済まされないLINEとか昭和の嫁いびりにこれ以上耐えるつもりはありません」

母は「生きてりゃ人に嫌なこと言われたりとかよくある話でしょ。気にしすぎじゃないの?」と言った。
「そうでしょうか。あんたが近寄らなくなるのはどうでもいいのよ。かずだけでももう一泊すると思ったのにがっかり。どうせあなたが何か言ったんでしょう」
「はい。廊下で寝かされたことを伝えました」
「はあ。なんで言っちゃうの?」
「だめでした」
「だめでしょ。事実なのに」
「事実だからよ」

なみは言った。
「お母さん、お父さんや親戚の前ではいい姑のふりを演じてますよね」
「当然よ。正直に言うアホがいるもんですか」
「まあいいです。とにかくここからしばらくは色々と大変なこともあるかと思いますが、事業自得だと思って返し飲んでください」
「どういう意味?」
「ドラマも映画も予告で終わるからドキドキできると思いません?」
「はあ?」
「マイクとエージェンツの本気をどうぞお楽しみに」

なみは最後に「日本語喋りなさい。意味がわかんないのよ」という母に、「日本語喋ってますけどね」とだけ言い残して去っていった。

2週間後、母からなみに電話があった。

「助けて」
「どうかされました?」
「あなたの仕業かと思ったけど、どう考えても無理なことばかりだし。何が一体どうなってるのやら」
「何があったんです?」
「必ずスマホを充電器にさして寝るのに朝起きたら必ず抜けてて。毎朝5%なのよ。他には洗濯物を干して取り込むと必ず私の服にだけ亀虫がくっついてる」
「それだけですか?」
「ランチに行くと私のコップだけ臭いし、自転車のサドルが毎回1番上まで上げられてるし、どのスーパーに行っても同じインド人の男が私を見てニヤニヤ笑うの。もう耐えられない」

なみは冷静に返した。
「気にしすぎじゃないですか?生きてたらそれくらいあると思いますけど」
「ひどい。私はこんなに苦しんでるのに」
「私に同じこと言ったの忘れたんですか?私もくだらない夢に苦しんでいました。そんな時に寄り添ってくれましたっけ?」
「それは無理ですよね。当事者でしたもんね」

なみは「因応報」という言葉を出して、すべては母の自業自得だと伝えた。母は「インド人がどうして私に返しに来るのよ」と泣き言を言ったが、なみは「このくらいで終わるといいですね」とだけ返して電話を切った。

なみに電話をかけた後、俺は母に会いに行った。

「母さん、大事な話がある」
「あら、かず、また近いうちに帰ってきてよ」
「それはもうないと思う」
「え?なんでそんなこと言うの?」
「絶望したよ」

俺は母のノートを見つけた。ターゲットを決めてどんなデマを流すか、それを詳細に書いたノートが、父が押入れの収納から見つけてくれたのだ。

山本さん家は奥さんの不倫がバレて離婚になった。でも実際は不倫なんてしてなかったらしい。田中さん家も、お嫁さんが懸命に義父の介護をしてるのは遺産をもらって浮気相手と逃げるためだというデマを流した。

「母さんが噂の出所で、そこから尾ひれがついて山本さんの奥さんを追い込んだんだよな」
「やだわ。私のせいにしないでよ」
「田中さん家の件もそうだろ」
「お嫁さんが懸命に義父の介護をしてるのは遺産をもらって浮気相手と逃げるためだというデマを母さんが流したんだよな」
「信じられない。何を根拠に言ってるの?」
「ターゲットを決めてどんなデマを流すか。それを詳細に書いたノートがあるのは分かってる」
「え?父さんが押入れの収納の中から見つけた」
「嘘」

母は言い訳を始めた。
「あれは近所のゴシップを書き留めてるだけ」
「だったら書き方がおかしいよな。『田中家の嫁、浮気プラス遺産狙い』ということにする。いや、『ということにする』ってのがありえないんだよ」

俺は言った。
「もう母さんと会わないから。結婚する弟夫婦にも関わらないでやってくれ」

母は泣き叫んだ。なみも父と離婚すると言い出した。なみの不気味な予告からおかしなことばかり起きる、と母はなみを責めたが、なみは言い返した。

「周知ゲームなので詳細は言えませんが、正道に生きていたらあんなにストレスがかかることは頻繁には起きないし、息子たちやご主人から絶縁されることもないんですよ」
「夫がどうしたの?絶縁は息子だけじゃないの?」
「離婚するです」
「なんで?」
「恥ずかしくて町を歩けないからですよ」

父は離婚した。母は町中から後ろ指を指される側になった。田中さんや山本さんに慰謝料請求が殺到しているという。

なみは最後にこう言った。

「本当にみんな離れていくの?」
「そのようです」
「あなたと田中と山本に謝って全員が許してくれたらどうかしら?」
「やってみたらどうですか?確実に1名は許さないと思いますけど」
「あんたでしょ?」
「いいえ、違います。田中さんです。出ていった奥様のその後知らないんですか?」
「知るわけないじゃない」
「精神を患って入院してるんです。今も」

なみは母からの謝罪を拒否した。
「お母さん、またいつもの冗談ですか?もう信じませんからね」

数日後、なみはマイクと電話で話していた。
「マイク、色々ありがとう。真実突きつけて言いたいこと言ってすっきりしたよ」
「そうかい。そうかい」
「なんでインド人の方は義母が噂の根源だって分かったの?」
「主催議員」
「そうでした」

マイクは言った。
「もう我慢するな。自分がどうしたら笑っていられるかを考えろ」
「ありがとう。発言がイケメンすぎてキュンとした」

その後のこと。母は田中さんと山本さんの両家から慰謝料請求をされた。田中さんに至っては入院までしているので、かなり長期になるだろう。父は早々に離婚して町を出ていった。別れ方も徹底していて、母の手元には1円玉一つ残らなかった。引っ越すお金もないため元の家にそのまま住んでいるそうだが、今度は自分が後ろ指を指される側になった。

「嘘つき」「虚言女」などという言葉を投げかけられる毎日だとか。

俺はなみとの結婚式で久しぶりに再開した父が元気で何よりだった。なみには可愛いお嫁さんがいて、悪意に触れず幸せな結婚生活を送って欲しい。

今は近々マイクに会いに沖縄へ行く予定だ。美味しい沖縄そばを食べて朝まで飲んで、赤い琉球ガラスのコップを買って帰ろうと思う。

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