「マミー、さっき送った写真、見た?」
「はあ?何の写真?」
「楽しい思い出を共有しようと思ってね。お姉ちゃんの旦那さんと、温泉旅行に来てるの。奪っちゃってごめんね。彼とすごく相性がいいんだよね。」
「あんた、自分が何をしてるか分かってるの?」
「もちろん分かってるよ。でもしょうがないでしょ。私たちは相思相愛なんだから。その邪魔をするのは良くないよ。」
私は妹からの開いた口が塞がらない言葉に、ただ呆然としていた。妹のマミは、私の夫であるアキラと一緒に写っている写真を送りつけてきたのだ。しかも浴衣姿で、旅館にいるのは明らかだった。彼女はまるで勝ち誇ったように話を続ける。
「お姉ちゃん、いつも社会的な地位とかでマウント取ってくるじゃん。だからアキラさんもそういうところが嫌だったんだよ。もし本当に愛し合ってたら、こんなことにはなってないわよ。形だけの夫婦でしょ?」
「違うわ。そんなこと…」
「子供だっていないんだし、さっさと離婚した方がお互いのためよ。手続きもそんなに面倒くさくないでしょ?私、お姉ちゃんのためを思って言ってるんだからね。いいから離婚届を用意しておいて。じゃあ、私はこれからまたお風呂に行くから。よろしくね。」
電話を切った後も、マミの言葉が頭の中で反響していた。怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだったが、そんな時、今度はアキラから電話がかかってきた。
「キラ、今どこにいるの?」
「どこって…それはもうお前に言ってあるだろ。」
「あんたが『出張』なんて嘘をついていることは分かってるのよ。さっきマミから連絡があったの。あんたと楽しそうに旅行してる写真が送られてきたわ。」
「は?マミが?」
「そうよ。あんたは私を裏切ってたってことね。よりによって妹に手を出すなんて、どういうこと?」
「いや、違うんだ!俺だって最初からそういうつもりじゃなかったんだ。マミから『離婚してシングルマザーになったから、話を聞いて欲しい』って相談されたんだ。お前には言い出せない内容だって言うから、兄として会っただけなんだよ。そしたら、なんか迫られて…それで、ちょっとした遊びのつもりだったんだ。」
「遊び?あんた、自分が何を言ってるのか分かってるの?」
「お前との生活はもちろん楽しかったけど、ちょっと刺激がなくてマンネリしてたんだよ。だから、スパイス程度に…」
「ふざけるな!そんな言い訳が通ると思ってるの?」
「頼むよ。こんなこと言われるようなことをやってるのはそっちだろ。とりあえず、冷静になろう。明後日の朝にはチェックアウトするから、帰ったらちゃんと話をしよう。それまで連絡はしてこないでくれ。俺も混乱してるんだ。」
「あんた、ここまで言われてるのに不倫旅行を満喫するつもりなの?」
「高い旅館なんだよ。途中で帰るのはもったいないだろ。」
「あんたがそんな態度なら、もう帰ってこなくていいわよ。私もやることはやるから。」
「ちょっと待て!マミともしっかり話をしないといけないんだ。そのための時間であって、決して楽しんでるとかじゃない!」
「あ、そう。マミがあなたと結婚するつもりみたいよ。そこでプロポーズでもすれば、きっと喜ぶわよ。」
「………俺は、そこまでの気持ちは…」
「だったらさっさと帰ってきなさいよ!」
電話は、アキラの一方的な言葉で切れた。彼は『混乱しているから連絡をしてくるな』と言い残した。私は深い絶望と共に、ソファに崩れ落ちた。
それから5時間後。今度は母から緊迫した電話がかかってきた。
「リサ、大変なの!サトシがすごい高熱を出して、うなされてるのよ!」
「え?サトシが?どうして母さんがサトシを見てるの?」
「マミから『出張だから預かってくれ』って言われてたのよ。でも、うちに来た時から元気がなくて、夜になったら急に容体が悪化して…もう救急車は呼んだんだけど、なかなか来るのに時間がかかって…!マミにも何度も電話してるのに、全然繋がらないのよ!」
「何をしてるのよ、あの人は…!分かった、とにかく母さんはサトシのそばにいてあげて!私の方でもマミに連絡を取ってみる!それと病院が決まったら教えて、すぐにそっちへ行くから!」
「お願い…。なぜか分からないけど、マミにだけは全く連絡が取れなくて…」
あの日、アキラから『連絡をしてこないでくれ』と言われたのは、まさにこのタイミングだった。私は必死に彼とマミに電話をかけたが、どちらにも繋がらない。デジタルデトックスだと称して、2人とも電源を切っているようだった。
2日後。私は葬儀場に立っていた。真っ白な花に囲まれた、小さな遺影。それが、私の最愛の息子、サトシだった。容体が急変したその夜、救急搬送されたものの、帰らぬ人となっていた。
葬儀場に、マミが現れた。
「お姉ちゃん、マジで鬱陶しいんだけど。なんであんなに着信履歴を残してたの?…って、何その格好。お葬式?誰が死んだの?」
「…サトシが、亡くなったのよ。」
「は?意味が分からないんだけど。サトシは実家に預けてたでしょ。ちょっと熱があったくらいでしょ?明日には治ると思ってたよ。」
「あんたは、病気の息子を置いて不倫旅行に行ったのよ!母さんが『体調が悪いんじゃないか』って聞いた時も、『心配ない』って答えたんでしょ?」
「だって、妊娠したとか大事な話だったらどうしようと思って…。それに、お姉ちゃんの子どもが熱を出すなんて、何回もあることじゃん。なんで今回だけこんなことになるのよ…」
「もういい。あんたには関わりたくない。帰って。」
「ちょっと待ってよ!私だって混乱してるんだから!」
そこへ、母が現れた。その目は、私が今まで見たことがないほど怒りに燃えていた。
「マミ、あんた…よくも…!サトシは苦しみながら、あんたの名前を呼んでたんだよ!それなのに、あんたはどこにいたんだ!」
「お母さん、私だけを悪者にしないでよ!今はそんな話をしてる場合じゃ…」
「あるに決まってるでしょ!息子を一人にして、不倫なんてして!あんたはどれだけこの家族を不幸にしたら気が済むんだ!」
「だって、好きになったんだから仕方ないじゃん!」
「大人なら、理性を持って行動をしなさい!前の旦那さんだって、あんたのそういう考えなしなところが嫌で愛想を尽かしたんでしょ!」
「あいつのことは今関係ない!説教はいいから、葬儀場はどこ?私、行くから!」
「もう葬儀は始まってるわ。今から来たって間に合わない。そして、あんたはもう私の娘じゃない。私たち家族だと思わないでちょうだい。絶縁よ。」
「…え、絶縁って…そんなのひどいよ!お父さんは?お父さんは何て言ってるの!」
「お父さんは、最愛の孫を失って、気も狂わんばかりに落ち込んでるの!食事も喉を通らないって言うのに、あんたの話なんてできるわけないでしょ!」
「そんな…。せめて葬儀場だけでも教えてよ…!」
10分後。今度はアキラから電話がかかってきた。
「お前、何てことをしてくれたんだ!」
「あら、あんたから連絡が来るなんて意外ね。旅行は満喫してるんじゃなかったの?」
「満喫とかじゃないって言ってるだろ!ずっとマミと話し合いをしてたんだよ!それより、お前、俺のことを会社に連絡しただろ!」
「したわよ。サトシの容体が急変して、マミに連絡を取る必要があったの。でもあの子は電源を切ってて、あんたも出ないから、会社の人に事情を話して連絡手段がないか聞いたのよ。出張って言ってたから、仕事用のスマホを持ってるかもと思ってね。」
「そんなのあるわけないだろ!そんなことされたから、俺は上司に『不倫のために出張を利用した』って激怒されて、信用を失ったんだよ!これから仕事も振ってもらえなくなるかもしれない!どうしてくれるんだ!」
「別に、私が知ったことじゃないわ。信用を失うようなことをしたのは、あんた自身でしょ。」
「…それと、俺はお前と離婚するから。慰謝料も請求するからな!」
「は?あんたの方から離婚したいの?あんたこそ不倫をしたんでしょうが。こっちこそ離婚するわ。慰謝料も払ってもらいましょう。」
「マミは、最初から俺のことは遊びだったって言ってたよ。お前の妹は、そういう女なんだよ。」
「知ってるわ。あんたもマミも、同類のクズってことね。せいぜい慰謝料を稼いで、これからの養育費でも用意しておきなさい。ああ、ごめんね。あなたに養う子どもはいなかったんだった。私のお腹の子は…もう、いないの。」
アキラとの電話を切った後、私は慰謝料などの金銭的な問題を弁護士に一任し、離婚手続きを進めた。あれから3ヶ月が経ち、私は実家で両親と暮らしていた。父はまだサトシの死を受け入れられず、抜け殻のようになっている。
そこに、マミが突然現れた。
「やっと連絡してきたわね、このクソ女が!さっさとアキラを私に渡しなさいよ!あんた、まだ離婚してないでしょ!」
「私はもうアキラと離婚してるわ。あんなクズに未練なんてないもの。」
「嘘つかないでよ!じゃあ、なんでアキラは私と会ってくれないのよ!旅行が終わってから、一度も電話に出てくれないの!マンションにも行ったけど、あんたが実家に匿ってるんでしょ!」
「執着してるのは、あんたの方じゃない。アキラはちゃんと言ってたわよ。あんたとの関係は遊びだったって。最初は言い訳だと思ったけど、どうやら本当だったみたいね。」
「…じゃあ、何?アキラは私のこと、選んでなかったってこと?」
「そうみたいね。あんたから言い寄ったんでしょ?でも、あんたもアキラも、どっちもクズってことよ。」
「私のどこがクズなのよ!?私はただ…あんたよりも自分の方が上だって証明したかっただけよ!勉強でも、仕事でも、なんでいつもあんたばかり評価されるんだって思ってたんだから!」
「そんな理由で、私の家庭をぶち壊したの?」
「そうよ!それが何か悪いの!」
「もういいわ。あんたの倫理感は、完全にぶっ壊れてるみたいだから。話しても無駄ね。ただ、これ以上家族に迷惑をかけるのは許さないから。あんたはもう、私たちの家族じゃない。もしまた家に来るようなことがあれば、今度は警察を呼ぶから。」
「あ、そう。別にいいわよ。私にはサトシがいるから。最愛の息子がそばにいるから、それで十分なの!」
マミは、まるで本当にそこにサトシがいるかのように、虚空を見つめて微笑んだ。
「マミ、しっかりしなさい。サトシ君はもう、いないのよ。」
「は?何言ってるの?サトシは、さっきまで私と話してたよ?…ついさっきまで、いたんだよ。」
母が言うには、マミはサトシが生きているという妄想に取り憑かれているらしい。アキラが会社で信用を失い仕事を干され、慰謝料の支払いに追われて生活が苦しい中、マミは存在しない子供と語り合いながら暮らしている。近所の人たちは、その姿を見て恐怖を覚え、誰も彼女に関わろうとしない。いつか現実に気づいた時、彼女がどうなるのか。想像するだけで恐ろしいが、もう彼女に何かを言ってあげられる人は、ここにはいない。
私は静かに、両親のいる家へと戻った。失ったものは大きすぎる。しかし、それでも、共に悲しみを分かち合える両親がそばにいてくれる。今はただ、そのことに感謝しながら、ゆっくりと未来を歩んでいこうと思う。



