「あの写真、何?」お姉ちゃんがスマホを画面ごと私に見せてきた。そこには、私と純平さんがベッドで寄り添っている写真が写っていた。
「あ、見てくれたんだ。純平さん、すっごく可愛くない?お姉ちゃんの前だと、ああいう顔しないんでしょ?」
「は?何考えてるのよ」
「見たままだけど。お姉ちゃんの婚約者、貰っちゃった」
「ふざけないで」
「あ、そうそう。私、純平さんの子供、妊娠しちゃったから」
お姉ちゃんが言葉を失った。私は携帯の画面を見せながら言った。
「後で検査結果の写真、送ってあげるね。奪っちゃってごめんね。私、純平さんと幸せになるから」
「……本当に純平の子なの?」
「ガチ。最近は純平さん以外と関係なんてないし」
「おめでとう。よかったね」
「……え?何その反応?」
お姺ちゃんは泣きもせず、怒りもせず、ただ微笑んでいた。私は拍子抜けしてしまった。
「普通、婚約者取られたら泣いたり怒ったりするでしょ?」
「泣けばいいの?『よくも純平を』って言えば満足?」
「いや……そうじゃなくて」
「脳破壊されてるんだね。しばらく立ち直れないわ」
「はぁ?私の方が可愛いから純平さんが選んだんでしょ。お姉ちゃんが負け惜しみ言ってるだけじゃん」
「はいはい。じゃあ、お母さんには私から連絡しておくね。明日には愛花が事情を話すって」
「え?なんで?」
「とにかくありがとう。愛花のこと大好きよ。純平のことはよろしくね」
気味が悪いくらいに落ち着いているお姺ちゃんを残して、私はその場を離れた。負け惜しみもいいところだ。女の価値は可愛さで決まるんだから。
それから二週間後。
「まさみ、お前の元婚約者、相当やらかしてるみたいだぞ」
私の担当弁護士で、幼馴染でもある俊介が書類を机に広げた。
「やっぱりね。イケメンで高学歴なのに、まともなわけないと思ってた」
「いや、そうじゃなくて。愛花だけじゃない。不倫相手は俺も驚き通り越して呆れたんだが、全部で四人だ」
「は?四人?」
「しかも今まで証拠を掴ませなかったんだから、相当なものでしょ」
「……不倫はしてるだろうとは思ってたけど。ここ数年、明らかに帰りが遅くなったし、スマホのパスワードも変えてたから。でも、まさか四人とはね。愛花のおかげでようやく証拠を掴めたってわけか」
「そう。愛花ちゃんがお前の妊娠を暴露しただろ?純平も焦ったんだろうな。さすがに逃げられないと思って、他の不倫相手を切ろうとして連絡が雑になった。そこを探偵に写真で押さえられた」
「なるほどね」
「ついでに言えば、俺も動けるようになった。弁護士として銀行や携帯会社に開示請求ができるからな」
「やるじゃん。本物の弁護士みたい」
「本物なんだよ。まあ、これでようやく肩の荷が下りるわ。婚約破棄の前に、きっちりと落とし前をつけたかったし」
「あとはこっちに任せろ。この状況で負けるなら弁護士辞めてやるよ」
「期待してる。愛花には本当に感謝だわ。後で礼を言っておくよ」
「いい性格してんな、お前」
「ありがとう。褒めてないから」
数日後。私は純平さんの家で、夕食の準備をしていた。久しぶりの幸せな時間だ。
「あー、もう幸せすぎ。今、純平さんのためにご飯作ってます」
スマホに向かって呟く。すると、お姉ちゃんから返信が来た。
「お幸せそうで何よりね」
「もう、嫉妬?私はお姉ちゃんとは違って愛されてるから」
「そう。じゃあ、私は今日も残業だから。忙しいの」
「は?仕事できるアピール?キモい。お姺ちゃんって高学歴で有名企業に勤めてるけど、女の価値は可愛さが全てでしょ。私みたいに顔よし、スタイルよし、愛嬌よしが最強なんだから」
「そうですか。じゃあ、最強の愛花ちゃん。慰謝料、払ってくれるよね?」
「は?慰謝料?」
「不倫した上に妊娠でしょ。当然だから。二百万円、しっかり払ってね」
「二百萬?ふざけないで。向こうに魅力がないからそうなるんでしょ。お姉ちゃんに問題があるんだよ」
「日本の法律はそうなってないの。純平君を含めて、私は四人の相手に慰謝料請求するから」
「は?どういうこと?純平さんが私以外の女とも関係持ってたの?」
「私を入れて五人同時だったってこと。頭の中身まで下半身についてるんじゃないかって思ったわ」
「じゃあ……私の慰謝料は誰が払うの?」
「愛花が自分で払うのよ。どうぞご自由に」
翌日、私は偶然、大学時代の先輩に会った。
「久しぶりだな、まさみ」
「うわ、ガリ勉先輩じゃん」
「お前、相変わらず口が悪いな」
「ていうか、私、ダサいガリ勉に興味ないんだけど」
「俺はお前の担当弁護士だぞ」
「は?マジ?」
驚いて食いつくと、俊介が笑った。
「愛花ちゃんへの慰謝料請求も、純平君への請求も俺がやるから」
「へー、そうなんだ。じゃあ今夜とか空いてる?お寿司食べたい。カウンターの高級なやつ」
「は?どこから出てきたんだ、その話」
「せっかく久しぶりに話したんだし、今日は楽しみましょうよ」
「無理」
「は?無理って何?」
「日本語。俺、お前みたいなタイプじゃないから」
「ちょっと待って。私から誘ってあげてるのに、断るの?」
「タイプじゃない人に誘われても嬉しくないでしょ」
「私だよ?可愛くてスタイル抜群の愛花ちゃんだよ?」
「知らん。そんなに食いたいなら純平と行ってこい」
腹が立って、つい口が悪くなる。だが、ふと俊介の顔を見ると、昔ながらの癖のある笑顔を浮かべていた。
「……まあ、飯くらいなら行ってやるよ。ただし、今夜は予定があるから、詳しい日程は後で連絡する」
「ほんと?やった!俊介さん大好き!」
数日後。私はスマホ片手に姉へ連絡した。
「お姺ちゃん、本当にありがとうね」
「何が?」
「俊介さん!あの人、お姉ちゃんの担当弁護士なんでしょ?おかげで連絡先が分かってさ、今日この後、二人で食事に行くことになったの」
「へえ。そうなんだ。……というか、純平はどうしたの?」
「ああ、あのクズ男?もういらない。お姉ちゃんが欲しいなら返してあげるよ。慰謝料をまとめて請求されて、もうゴミだから」
「いや、ごめん。私もいらない」
「純平さん、かわいそう。っていうか、お姉ちゃんも同じでしょ?二百萬の慰謝料払えるの?」
「それ聞いちゃう?余裕だけど」
「え、そんなに貯金あったの?意外」
「ないよ。給料はコスメと服に全部使ってるから」
「は?じゃあどうやって払うの?」
「俊介さんが払ってくれるから大丈夫」
「は?なんでそうなるの?」
「今日の夜、私、俊介さんと二人っきりで食事に行くんでしょ?男と女が夜に二人きりでご飯に行って、その後が何かあるって……普通、察するでしょ?それで俊介さんが慰謝料くらい払ってくれるってこと。それに、もしもの時はお姉ちゃんの弁護士を降りてもらうかもしれないし。そうなったら、結局払わなくても済むよね」
「……お前、おめでたい頭してるね」
「嫉妬やめてください。婚約者を取られた後、幼馴染みの男まで取られちゃって、私って罪な女」
「なんで俊介がお前に惹かれる前提なのよ」
「だって私だよ?可愛くてスタイル抜群の私。男がほおっておくわけないじゃん」
「そうですね。妊娠してるくせにどこまで楽観的なの?まさか俊介さんがその子も育ててくれると思ってるんじゃない?」
「俊介さんなら育ててくれるよ。男に相手にされない枯れた女には分からないでしょ」
「……女の幸せは男に持てられることだけじゃないよ。まあ、仕事だけやって一生独身で頑張ってね」
「はいはい。頑張りますよ。私はこれから俊介さんと高級寿司に行ってくるから、負け犬人生を楽しんでね」
数時間後。
「マジで最低!ありえないんだけど!」
高級寿司屋の個室を飛び出した私は、追ってきた俊介に怒鳴った。
「どうしたんだよ。お前が望んだ高級寿司だったのに」
「そういう問題じゃない!普通、女と食事する席に他の女を呼ぶ?しかも、この私との食事で!」
「そのために呼んだんだろ。お前の姉と一緒に、慰謝料の話し合いをするためにな」
「は?お姉ちゃん同席って何?三者面談かよ!」
「まあ、そういうことだな。お前が飛び出したせいで話し合いにならなかったけど」
「やってられるか!こっちはメイクして、服も可愛いの選んだのに!男と違って金も時間もかかってるんだよ!」
「頼んでないからな」
「持てない男ってマジでキモい!」
「そういうことを言う男は誰にも相手にされないからな。……って、相手にされない男との食事にそんなに気合い入れてきたのか。苦労なこった」
「紛らわしいことしないでよ!食事に誘うなんて、もう告白でしょ!」
「飛躍しすぎだろ。怖いわ」
「もう腹立つ!慰謝料二百万チャラにできると思ってたのに、どうしてくれるんだよ!」
「逆切れするな。そもそも、お前は俺のタイプじゃないって言ったろ」
「だったら、あんたのタイプは誰なのよ!」
「聞いてどうすんだよ。……まあ、まさみかな」
「は?お姉ちゃん?」
「そう。これで納得するだろ?」
「はぁ?ありえない!あんなブスがいいとか、趣味悪すぎでしょ!」
「見た目だけの中身スカスカの女よりはマシだろ」
「は?それ、私のこと?」
「他に誰がいるんだよ。まさみは昔から努力家で、それを鼻にかけたりもしなかった。そんな姿を見てたから、俺も頑張れたんだ」
「はあ?女の魅力がかけらもないブスがいいとか意味不明!」
「見てくれだけが魅力だと思ってるお前の方が意味不明だわ」
「なっ……!」
「ていうか、今まではっきり言われてこなかったみたいだけど、お前って別にモテないからな」
「は?何言ってんの?私がモテないわけないでしょ!みんな私を愛してくれてたんだから!」
「本気で愛されてたら、純平に捨てられてないだろ」
「それはお姺ちゃんも一緒じゃん!」
「あの純平君は見る目がないんだろうな。まあ、俺から言わせれば、不倫相手に子供まで作られてる時点でお前は適当に扱われてたんだよ」
「うるさい!」
「ああ。でも感謝はしてるぞ。お前のおかげで、まさみがいい女だって再確認できたからな。そこだけはサンキューだ」
「当て馬!この私が当て馬になるなんて!」
「いや、お前は当て馬にもなってないだろ。自分に魅力がないって自覚した方がいい。まさみと同じ土俵にすら立ててないんだから」
その夜、私は悔しさのあまり眠れなかった。あのクソ男め。しかも翌日には、お母さんから電話がかかってきた。
「愛花。慰謝料の話は聞いたよ。お前、本当にやったのか?」
「お母さん……違うの。悪いのは純平さんで、お姉ちゃんにも問題があるんだよ!」
「いいから、明日実家に来なさい。徹底的に話をつけるから」
数日後。姉からの連絡で、私は実家に呼び出された。
「愛花。お前、私に頭を下げる気はあるの?」
「は?何言ってんの?」
「慰謝料、どうやって払うつもり?」
「俊介さんに頼もうと思ってたけど……あの男はダメだった。じゃあ、お姉ちゃんが立て替えてよ。私、妊娠してるんだよ?かわいそうだと思わない?」
「思わないよ。自業自得でしょ。勝手に不倫して、勝手に妊娠したんだから」
「悪いのは手を出してきた純平さんでしょ!あと、純平さんに不倫させたお姺ちゃん!私は悪くない!」
「その主張でよく泣き落としをしようと思ったね。余計無理だわ」
「なんで私ばっかりこんな目に遭うの?!」
「なんで被害者ぶってるの?そもそもお前、学生の頃から私と比べられるのが嫌だったんでしょ?」
「は?何言ってんの?」
「私が愛花と比べられなかったと思ってる?愛花ちゃんは可愛いね、愛嬌があるね、それに比べてまさみちゃんは……って言われる経験、何度もしてきたんだよ」
「それは事実だからしょうがないじゃん!」
「じゃあ、お前が努力してこなかった結果も事実でしょ。不倫したのも、妊娠したのも、男に相手にされなかったのも、全部事実。受け入れなさい」
「嫌だ!二百万も払いたくない!貯金もなくて、二百万も払って、子供も抱えて、これからどうしたらいいの?!」
「真面目に生きればいいよ。まあ、それができたらこんなことにはなってないか」
「お姉ちゃん!お願い!助けて!」
「助けたいって思える態度を取ってこなかった自分を恨みな。顔がどれだけ良くても、中身が腐ってたらそうなるのよ」
数日後。私は実家にいた。お母さんは私の顔を見るなり、土下座を命じた。
「愛花。お前がやったことを全部認めて、二百万圓を返済するまで、ここで暮らしなさい。コスメも服も買うな。毎日、掃除も洗濯も炊事も全部やりなさい」
「ひどいよ……私は悪くないのに」
「悪くない?お前が自ら報告してきたんじゃないか。『お姉ちゃんの婚約者を奪いました』ってな。それがどれだけの罪か、身に染みて分からせてやる」
私は毎日怒られながら、家事をこなす日々を送った。コスメも服も買えない。お母さんは借金の取り立てを厳しくすると言っている。私が自ら選んだ道の結末が、これだった。
その後、元婚約者の純平は、不倫相手の中に人妻がいたこともあり、職を失って泥沼の裁判中だと聞いた。私はといえば、ようやく立ち直ったお姺ちゃんと、幼馴染の俊介と、時々気軽に飲みに行くようになっていた。
「お前さ、元気になったか?」
「うん。……いつか、私も誰かと向き合えるようになったらいいな」
「そうだな。まあ、ゆっくりやろう」
その日、私は借金の返済計画を立てながら、窓の外を見つめた。後悔はある。でも、この生活は、私が私自身で選んだ結果だ。
「愛花。掃除が終わったら、夕飯の支度をしなさい!」
お母さんの声が響く。私は立ち上がり、ぞうきんを手に取った。
「はーい。今行くよ」
そう言って、私は今日もコツコツと返済と向き合い続ける。



