「来週から1週間旅行で家を空けるから。お前らは行かねえけどな。愛人と温泉旅行に行ってくるわ。」 夫は笑いながら、そう言った。もう隠す気もないらしい。3ヶ月前から続いていた浮気。それだけじゃなかった。『お前、離婚したら生活できないだろ。パートの稼ぎしかないし』と、私を見下すように続けた。『だから黙って受け入れろ』って。…

「来週から1週間旅行で家を空けるから。お前らは行かねえけどな。愛人と温泉旅行に行ってくるわ。」 夫は笑いながら、そう言った。もう隠す気もないらしい。3ヶ月前から続いていた浮気。それだけじゃなかった。『お前、離婚したら生活できないだろ。パートの稼ぎしかないし』と、私を見下すように続けた。『だから黙って受け入れろ』って。...

旅行の計画が彼の口から唐突に告げられたのは、いつもの夕食の時間だった。

「来週から一週間、旅行で家を空けるから。」

一週間の旅行?それならまだ小さい陽太も連れて行くのだろうか。長期の旅行は初めてだ。

「ああ、旅行だけど、お前らは行かねえよ。」

「え、じゃあ誰と行くの?」

「そんなの愛人に決まってるだろう。一週間ほど温泉旅行に行ってくるわ。」

息が止まった。目の前の男が、何のためらいもなく、平然と言い放った。隠す気もないのだ。私は長い間気づいていた。彼はそれを知っていた。

「今更隠す必要もないだろう。お前、うすうす気づいてたみたいだし。三ヶ月くらい前からだよ。」

三ヶ月。陽太の運動会に来なかったあの日も、その人と一緒にいたのか。あれは仕事だと言っていたのに。

「嘘ついて悪かったな。もう隠さないから。」

「なぜ結婚生活を続けているの?」

「お前が俺と離婚したら生活できないだろう。パートの稼ぎしかないし。俺も子供がいる女を捨てるほどやばい男じゃないからな。」

浮気をしている時点で十分にやばいのに。捨てられないだけましだと思えと、黙って受け入れろと、彼は言う。

「子供産んでお前も劣化したしな。文句あるなら出ていけよ。」

その言葉に、私はただ拳を握りしめることしかできなかった。

「陽太がいるのに、出ていけるわけないでしょ。」

「だったら我慢してろよ。一週間くらい大したことないだろ。」

旅行当日。彼は軽い足取りで出かける準備をしていた。

「そろそろ出るから、陽太のことは頼むぞ。あ、でも生活費は今月分ちょっと減らすから。旅行に使うから悪いけど。」

「旅行までこっちのお金から出すの?」

「当然だろ。家計は俺が管理してるんだから。お前は黙って受け取る側じゃん。お前は我慢して、陽太にはパパは仕事で出張だって説明しとけよ。お前さえニコニコしてれば、悪く収まるんだ。母親なんだから、陽太のためにそれくらいできるだろう。」

私は何も言い返せなかった。ただ、「行ってらっしゃい」と言った。彼は「留守は任せた」とだけ言い残して、玄関を出ていった。

その瞬間、私は友人に電話をかけていた。

「あいつが旅行に行ったわ。もう隠すこともしないみたい。だから、こっちも覚悟を決めたわ。」

「お、ついに。」

「うん。もう無理。まだ隠してるなら話し合いの余地もあった。でも、あいつは私たちのことを見下してきた。陽太の運動会まで休んで愛人と会ってたのに、平気な顔して開き直るし。生活費まで減らして、よくもここまで人を傷つけられるなと思ったわ。」

この半年間、私は我慢してきた。最初に浮気を知ったのは半年前。彼の口座に知らない女への送金記録を見つけた時だ。友人に止められなければ、その場で怒り狂っていたかもしれない。まだ証拠が足りないから、我慢しろと言われて耐えた。

当初の証拠はホテルの予約メールくらいしかなかった。それだけでは慰謝料請求も厳しい。すぐに離婚することもできなかった。今の収入では一人でやっていけなかった。だから、資格を取ってこっそり就職活動を続けた。証拠も、こっちで固めてきた。友人の夫が探偵で、そのコネも使えた。

「その我慢がようやく身を結ぶわ。よく頑張ったよ。」

「アイ、本当にありがとう。あなたがいてくれて心強いわ。」

「私もずっとむかついてたから。あんたが我慢してる間、隣で見てるの本当に悔しかったしさ。慰謝料も養育費も、今まで我慢していた分も含めてきっちり取り返してやろ。」

「まず、離婚届けを今日提出するつもり。」

「あれ?もう書いてあるの?」

「昔大喧嘩した時に、脅しで書かされたの。」

「ああ、なるほど。でも、ただ提出しましたって言っても私の怒りが収まらないのよね。だから、一番効果的な方法で、あいつに離婚を告げるわ。」

翌日、彼から電話があった。浮かれた声で、旅行が楽しいと語る。

「いやあ、マジ温泉最高だわ。高級旅館で飯も部屋も最高だし。さおりもすごく喜んでるよ。あ、伝えてなかったっけ?愛人の名前。」

「へえ。愛人の名前はさおりさんっていうのね。」

「あれ?伝えてなかった?言ったつもりになってたわ。悪いな。」

謝るところがそこなのか。私は呆れて何も言えなくなった。

「ところでお前の方は何してんの?」

「普通に陽太の世話してるだけよ。」

「ちゃんと育児してんじゃん。お前にはそれくらいがちょうどいいな。お前の母親も結局そうだったんだろ。父親が浮気しても、金がないから別れられなかった。お前も同じだよな。血は争えないってやつだよ。」

私は彼が母親のことを話すのを聞きながら、彼の言葉が心に突き刺さるのを感じた。母は去年、熟年離婚した。父に捨てられた形だった。そして今、父は一人で荒れた生活をしているという。

同日夜、私は友人にその話をした。

「さっき、陽太の父さんに母さんの話をされたの。血は争えないとか言われて。」

「うわ、何それ?めちゃくちゃむかつく。けど、あんたの母親とあんたは違うでしょ。あんたは自分で動いてるじゃない。」

「うん、分かってる。でも、一瞬本当にそうなのかなって思っちゃったの。」

「ずっと言われてきたんだから、当然だよ。でも今、あんたは自分の力で動いてる。あの人の言葉に振り回されないで。」

そして、もう一つの朗報が舞い込んだ。ひそかに受けていた就職の面接結果が出たのだ。

「採用だって。来週から働けるよ。正社員で。」

「本当に?よかった。これであいつの言う『離婚したら生活できない』って理屈は、完全に終わったね。」

旅行四日目。彼からまた電話が来た。

「おい、聞いてるか。今日も最高に楽しかったわ。あ、そうだ。言っとくけど、さおりと来年も旅行の約束したわ。お前にはもう興味ないし。正直、この一週間で確信した。俺、もうお前とは無理だわ。」

「そうなんだ。」

「驚かないんだな。」

「驚くようなことでもないし。」

「ま、俺はこれから、お前は必要最低限って感じだな。金はやるし、これからも家には住ませてやる。お前は陽太の世話と家事だけしてりゃいいから。それが一番向いてるだろ。」

一方、電話の向こうでは、彼と愛人の甘い会話が聞こえていた。

「本当に奥さんとはもう終わりなの?」

「あんなのもう興味ないって言ったろ。お前が本命なんだから。」

「奥さんと別れたら、籍も入れてくれるよね。」

「もちろん。ただ、いきなり離婚ってなると親戚とかうるさいからさ。家庭内が冷え込んでる期間を作って、自然消滅みたいな感じにしたいんだ。」

彼は、私が何も知らずにただ黙って彼の帰りを待っていると思っている。帰宅前日、彼からはまた指示の連絡が来た。

「明日は帰るから、一週間ちゃんとできてたか。家のことも陽太のことも。お前にはそれしかできないんだから、これからもその調子でいいぞ。あ、そうだ。明日の夜は何か作っておいてくれよ。旅行の疲れもあるから。それに家の中もちゃんとしてあるんだろうな。一週間も好きにさせてたんだから。ゴミとか落ちてたら容赦しねえぞ。」

「大丈夫。すごく綺麗にしてあるわ。本当に何も落ちてないくらいに。」

「へえ。やるじゃん。ま、頑張ってるみたいだし、帰ったらうまい店にも連れてってやるよ。」

翌日。彼が帰宅した。

「おい、これどういうことだよ。家の中、何もないじゃねえか。家具も陽太の荷物も全部ない。何がどうなってるんだ?」

「何もないってことはないでしょ。テーブルの上、見てないの?」

テーブルの上に置かれた書類を、彼は一枚ずつ手に取る。

「離婚届けのコピー……受理済み?養育費の請求書?証拠の写真?弁護士の名刺?ちょっと待て、これ全部何なんだよ、マジで。」

「見てわからない?これでお別れだから、色々準備してたのよ。離婚届けは一年前、あなたが自分で署名したものを提出したわ。旅行を楽しんでいたみたいだけど、おかげで浮気の証拠も全部揃った。詳しいことは弁護士から連絡が行くから。私への連絡はもういらない。」

「ふざけるな。こんなことして。ちょっと待てよ、せめて話し合おう。お前だって離婚したら経済的に困るだろ。落ち着け。」

その日の夕方、彼の元に見知らぬ女が訪ねてきた。

「こんにちは。突然すみません。この数時間、ものすごい勢いでLINEを送ってるみたいですけど、さすがに迷惑なのでやめた方がいいですよ。」

「お前、誰だよ。」

「初めまして。水希さんの友人のアイです。水希さんは今、夕飯の支度で忙しいので、私が窓口を任されました。」

「は?なんで友達が出てくるんだよ。水希と直接話させろよ。」

「水希さんは忙しいですし、今後のご連絡は私当てにお願いします。法的な話なら弁護士にどうぞ。離婚の件は、あなたが脅しのつもりで署名したものを、水希さんがどう使うのも水希さんの自由です。それに慰謝料は200万と、確かに相場より高いですけど、証拠が山ほどあるからです。隠しもしないで堂々と浮気して、証拠写真を撮ってくださいって言ってるようなものですよ。ホテルの予約記録、お見せしましょうか?もちろん今回の旅行分だけじゃないですよ。さおりさんとのLINEも全部揃ってますし。養育費と合わせて、裁判所が妥当だと認める金額です。払えないなら、裁判所がどうするか判断します。」

「ま、待ってくれ。水希と話したいんだ。頼むよ。陽太に合わせろよ。父親だぞ。」

「陽太君は現在、ご実家で預かってもらっているそうです。陽太君もあなたを怖がっているそうで、今は合わせる予定はありません。落ち着いたらご連絡しますとのことですよ。」

「くそ。なんでこうなったんだ。」

「全部、あなたが選んだ結果では?」

数日後、彼は私に泣きついてきた。

「おい、洗濯機の使い方教えろよ。洗剤入れすぎて泡だらけになったんだよ。」

「そういう話、私にしてどうするの?」

「頼む。マジで困ってるんだよ。」

「あなた、結婚してから家のことは全部私に丸投げしてきたよね。何年もそうしてきたくせに、困った時だけすがるの、おかしくない?」

「飯も作れねえし、掃除もできねえ。こんな生活、もう無理だ。」

「それ、私がずっと感じてたことだよ。ようやく少し分かったみたいね。けど、そんな状況なら、浮気相手と一緒に住めばいいじゃない。あなたのことはもう知らないから。」

数週間後、彼がまた怒鳴り込んできた。

「おい、どういうことだよ。なんで離婚したことが会社にまで知られてるんだよ。お前が言ったのか?」

「別にあなたの会社に何か言ったりしてないわよ。けど、あなた話し合いで慰謝料の支払いが確定したのに、絶対払わないって聞かなかったじゃない。だから給料からの天引き手続きに入ったの。もちろん、そうなれば会社にはバレるでしょうね。」

「ふざけんな。会社人生終わったじゃねえか。せっかく昇進できそうだったのに。」

「あなたが自分のしたことを反省して、慰謝料と養育費を払えば、こんなことにはならなかったわ。もうあなたの意見はどうでもいいけど、お金は払ってもらうから。」

その後、彼も愛人も、お互いの配偶者から慰謝料を二重に請求されるという結末を迎えた。愛人の夫に証拠が渡り、話がとことん不利になったのだ。愛人は貯金がない中で職場での立場も悪くなり、二人は共倒れした。彼は給料の大半を差し押さえられ、家事も一人ではまともにできず、荒れた生活の末に会社も辞めることになった。

数週間後、彼がまた私の実家に現れた。

「なあ、頼むよ。俺たち、やり直そう。俺、変わるから。」

「あのさ、どの口がそれ言ってるわけ?」

「それは、その……」

「育児も家事も全部丸投げして、その上あなたは私が離婚できないと思って好き勝手言ってくれたじゃない。自分より立場が下だと勝手に思って見下して、人としても扱わなかった。それなのによりを戻そうだって?どこまで馬鹿にすれば気が済むのよ。」

「本当に反省してるんだ。それにお前、パートの稼ぎじゃ生活できないだろう。」

「正社員になったわよ。資格も取ったから、手当てもつくし、貯蓄もある。あなたの給料より、今は上よ。」

「う、そんな……」

「分かる?私にとって、あなたは必要ないの。『留守は任せた』って言ったわよね。でも、私はあなたに何かを任せることはしないから。これからは自分で生きてね。」

あれから、私は陽太と二人、穏やかな毎日を送っている。彼には色々な苦労をかけたから、これからは愛情を注ぎながら幸せに暮らしていこうと思う。私は、あの人のいない生活の中で、正社員として新しい一歩を踏み出した。

Thumbnail