「式場の打ち合わせは全部あなたがやりなさい。私は忙しいの。全部あなたが決めていいわ。ただし、谷家の格式に恥じない内容にしなさい」
そう言われた時、私はただ頷くことしかできなかった。婚約者・たヤさんの母親、霧谷さんは最初から私を「中卒の嫁」としてしか見ていなかった。
「わかりました。頑張ります」
「そうね。立派にやりなさいよ。費用にケチをつけてはいけないわ。こういうのは見えが肝心なんだから」
「ですが、あまり高額だと大変ですし、きちんと予算を立ててやりますね」
私がそう言うと、霧谷さんは鼻で笑った。
「何言ってるの?全額あなた持ちに決まってるじゃない。うちは1円も出さないわよ」
「全額ですか?でも両家の結婚式なんですよ」
「だから何?花嫁が主役なんだから、花嫁が全額負担するのが当たり前よ。最低800万は必要ね。桐谷家の名を恥じない式にするなら」
「800万全額はさすがに厳しいです」
「文句あるの?中卒のあなたが桐谷家に嫁げるだけでも感謝すべきなのよ。うちは全員大卒。あなたみたいな中卒がうちに入るだけで恥なの。せめてお金くらい出しなさい。それがあなたにできる唯一の貢献でしょ」
「お母さん、確かに私は学歴はありませんが、15歳から会社を経営しています。『唯一』というのは侮辱です」
「会社?あの弁当屋のこと。中卒が弁当屋やってるのを経営って呼ぶのね。偉いわ、尊敬しちゃう。自己評価だけは立派で」
「規模で経営を判断するものではないのでは?小さくてもお店を持ってる人は皆経営者です」
「規模は大事よ。うちは都内に20棟のビルを管理してるの。弁当屋と一緒にしないでちょうだい。とにかくちゃんとしてね。経営者なら800万くらい出せるはずだし」
その夜、私はたヤさんに相談した。
「たヤさん、お母さんから式の費用800万全額私が出すように言われたんだけど」
「ああ、ごめん。嫌な思いさせて。母さんは学歴のことになると頑固でさ。またなんか言ってるってくらいで受け流しといて」
「あの、止めてくれない?全額はさすがに」
「分かった。俺からも言うよ。でも今会社がバタバタしててすぐには動けないんだ。一旦立て替えてくれないか?後で半分出すから。約束する」
「本当に?」
「ああ、ていうか当たり前だろ。俺とお前の結婚式なんだしさ。女に全額出させるとか格好悪いじゃん」
その言葉に、私は安心してしまった。15歳で両親を亡くし、一人で弁当屋を守ってきた私にとって、家族になれるという約束は何より嬉しかった。
三週間後、たヤさんがまた相談を持ちかけてきた。
「あのさ、悪いんだけどもう一つ相談があるんだ」
「相談?どうしたの?」
「会社の設備投資で急に資金が必要になった。1200万ほど融通して欲しくて」
「1200万?たヤさん、前に渡した分と合わせたら2700万よ」
「分かってる。でも今回の投資がうまくいけばまとめて返せるんだ」
「会社の不動産はビル20棟管理してるんでしょ?その利益で1200万が出せないの?」
「ビルの修繕費が重なっててな。一時的な資金繰りの問題だ。一気に建てたから一気にメンテが必要でさ。お前だって店舗の改装で赤字になったこともあるだろう」
「それはあったけど」
「俺たちは規模が違うから、これでもまだマシなんだよ」
「それはそうかもしれないけど」
「俺たちは家族になるんだろ。家族の会社を助けるのは当然じゃないか。15歳から一人で生きてきたお前に、家族を作ってやりたいんだ。だから今は俺を支えてくれ。頼む」
「分かった。融通してみる」
「ありがとう。さすが未来の花嫁だ」
半日後、私は経理部長のり子さんに帳簿をお願いした。
「り子さん、ごめんなんだけど、資金が必要になったの。お願いできる?」
「かしこまりました。何の資金でしょうか?」
「たヤさんにお金を出すことになって、合計2700万」
「お嬢様、またですか?入れると3500万になります」
「さすがに少々行きすぎでは」
「でも私もお弁当屋の改装工事で資金繰りに困っていたし。銀行で借りると利息もあるわ。身内から借りたい気持ちも分かるの。実際私もおばさんから借りてたから」
り子さんは深く息を吐いた。
「お嬢様、はっきり申し上げますが、たヤ様は綾野さんを見ていません。綾野さんのお財布を見ているのです」
「り子さん、そんなこと言わないでよ。彼だって頑張ってるし」
「私は綾野さんを赤ちゃんの頃から見てきました。ご両親が亡くなったのが15歳の頃。進学を諦め、ご両親のお弁当屋を守ると、お一人でお弁当を作っていたのを覚えています。あの小さな弁当店を今の規模にしたのはお嬢様自身です。そのお嬢様が3500万を絞り取られている。このまま黙って見ているわけにはいきません」
「でも、たヤさんは私を認めてくれた唯一の男性なの」
「学歴がないことは恥ずかしいことではありませんよ。15歳で社会に出て一人で会社を作り上げた。それは大学4年間で得られるものよりはるかに価値があります。それを認められないのは周りではなく、お嬢様自身では?」
「学歴がないことは恥ずかしいこと。そういう偏見は確かにあります」
「どうかご自分をこれ以上責めず、目を覚ましてください」
「ごめん、り子さん。今はたヤさんを信じたい。ちゃんと話し合うわ」
「わかりました。ですが、私は私でやるべきことをやらせていただきます」
一週間後、霧谷さんから思いもよらない言葉が告げられた。
「あの野さん、ちょっといいかしら?結婚式だけど、桐谷家の親族には全員欠席してもらうことにしたから」
「全員ですか?」
「親族に相談したら、中卒の嫁の身内と同席するのは恥ずかしいと言われてね。ま、当然の反応よ。仕方ないわ」
「私の身内は両親が亡くなった時にお世話になった方が数人だけです。たった5人ですよ」
「人数の問題じゃないの。格の問題よ。中卒の身内と大卒の桐谷家の人間が同じ空間に座る。想像するだけで背筋が寒いわ。あなたの亡くなったお母さんも中卒だったんでしょ?その時点で無理ね」
「母のことは関係ないはずです」
「関係あるわよ。環境がそうさせるの。学歴のない家からは学歴のない子しか育たない。あなたには学歴がないから理解できないのでしょうけどね」
私はたヤさんに助けを求めた。
「たヤさん、お母さんが親族全員欠席にするって、もちろん止めてくれるよね?」
「それなんだけど、母さんの言う通りにした方がいいと思う」
「へ?」
「母さんや親族を敵に回すのは得策じゃないんだよ」
「得策って何?3500万出して式の準備も全部やって、それで親族全員欠席なのに我慢しろって?」
「家族ってのは、たまには犠牲も必要なんだよ。結婚したらフォローするから」
「犠牲?全部私ばかりじゃない」
「大げさだよ。式が終われば全てうまくいくから。俺の家族が仲いいのも、助け合っているのも知ってるだろう」
「たヤさん、俺の家族が君の家族になるって言ったよね」
「ああ、言ったぜ」
「その家族が私を中卒だからってひどい扱いをしてるんだよ。それでもまだ我慢しろって言うの」
「今は便にしてくれって。頼むからさ」
その夜、私はり子さんの部屋を訪ねた。
「り子さん、ごめんなさい。り子さんの言う通りだった」
「何かありましたか?お嬢様」
「お母さんが親族全員を式に出さないって。たヤさんも止めてくれなかった。ふざけんなと思った。なんかショックよりも怒りが大きくて」
「お嬢様、それは当たり前の反応です。むしろ今まで目を背けていたのでしょう」
「3500万出して、式の準備を全部やって。それでも中卒だから恥ずかしいって何なの?たヤさんに『犠牲も必要だ』って言われたわ。犠牲って、全部私ばかりなのに」
「怒っていいのですよ。怒って当然です。あなたはずっと我慢しすぎていました」
「お金のことはまだ我慢できた。学歴で見下されるのも慣れてた。でも母のことまで馬鹿にされて。亡くなった母の学歴まで貶されて。それだけは絶対に許せない」
「お母様は弁当店を誰よりも愛していらっしゃいました。学歴がなくてもお父様と二人で素晴らしいお店を作った。私はそれを見てきました。あの方たちの娘であることを恥じる必要は一切ありません」
「り子さん、お願い、助けて。私、あいつらに復讐したい。このまま馬鹿にされたままなんて嫌」
「もちろんです。実はお話ししたいことがあったのですよ。お嬢様が目を覚ましてくれるのをずっと待っておりました。きっと復讐に使える情報ですから」
三日後、私は式場に最終確認の電話を入れた。もちろん霧谷さんにも確認を取った。
「結婚式について最終確認させてください」
「何よ、もう話すことなんてないでしょ」
「新郎側の参列者がゼロである以上、式の形式が成立しません」
「だから何?中卒の嫁なんていらないし、親族全員欠席で新郎側の参列者0人じゃ、中止するしかないね」
「本当に中止でいいですか?」
「ええ、もちろんよ。中止になって恥をかくのはあなたの方でしょ。中卒で結婚式もあげられなかった女って、最高に惨めね」
「わかりました。式の中止と婚約の破棄を進めさせていただきます」
「あら、破棄?いいわね。でもいいの?中卒で婚約なんて、もう誰にも相手にされないわよ」
「ご心配なく。それでは全ての手続きは私が責任を持ちます。もちろんキャンセル料はあなた持ちよ。自分でキャンセルした式なんだから」
翌日、私は霧谷さんに電話をした。
「お母さん、きちんとキャンセルしました」
「キャンセルしたのね。ご苦労様。結婚式が近かったし、キャンセル料で大損じゃない?中卒らしい間抜けね」
「ええ、800万はほぼ戻りません。全額私の損です。だって私が出したので。桐谷家は1円も出ていませんし、全額中卒の嫁が払いましたから」
「分かってるじゃない」
「お母さんは親族の皆さんに、桐谷家の費用で出すと説明されていましたよね?」
「え、何のこと?」
「調べて知っていますよ。親族の集まりで『中卒はお金がないから費用はこっち持ち。それなのに中卒は態度がでかくて嫌になる』と。だから親族の方の私の印象が悪かったんです。だってお母さんが嘘ばかりしていたからな」
「何を言ってるの?」
「中卒の弁当屋に全額負担させていた事実。親族の皆さんはどう思われるでしょうね?」
「余計なことを言うんじゃないわよ」
「余計なこと?お母さんがおっしゃったんですよ。中止にして困るのはあなたの方だと。今のところ困っているのはどちらでしょうか?」
「とにかく変なことを言うんじゃないわよ。誰も中卒の話なんて聞かないんだから」
その直後、たヤさんから電話がかかってきた。
「あの野、母さんに余計なことを言ったな。今怒り狂って大変なんだよ」
「事実を伝えただけよ。あなたとも結婚しないから」
「いいか?あの野、よく聞けよ。あの金は全部お前が自分から出したものだ。贈与だよ。返す義務はない」
「そうよ。あなたは毎回『後で返す』と言っていたじゃない」
「口約束なんて証拠にならない。それにな、お前が騒いだらどうなるか教えてやるよ。お前が中卒だってこと、取引先にばらすぞ。お前の弁当屋、それなりに儲かってるんだろう?中卒って聞いたら取引先はどう思うかな。信用が落ちるだろ。婚約した途端、本性現したわね」
「うるせえよ。家族にならねえ奴に気を使うわけねえだろ。とにかく黙って引き下がれよ。騒ぐならお前の会社を終わらせるからな」
一時間後、たヤさんの元にり子さんが訪れた。
「初めまして、たヤ様。私、綾野様の会社で経理部長を務めております。り子と申します」
「はあ?り子って名前、あいつが言ってたな。確か暇そうな使用人だろ。使用人が何の用だ?」
「使用人ではなく、会計士の資格を持つ経理部長です。綾野様のお金は全て私が管理しております。そのため、いくつかお伝えしたいことがございまして、ご連絡いたしました」
「俺は話すことねえんだよ」
「では、勝手に話しますね。まず、これまでの資金について、あなたは『贈与だ』とおっしゃいました。しかし、綾野様へのLINEで『後で返す』『3ヶ月で返せる』と送信されていることを確認しております。これは貸し付けであることの十分な証拠です。スクリーンショットは全て保存済みです」
「ま、なんだよ、そんなの。いくらでも捏造できるし」
「では、捏造の証拠をお出しください」
「それはその……」
「また、綾野様に対し『中卒をばらす』とおっしゃいましたね。綾野様の取引先は11年間の実績を見てお付き合いくださっている方々です。学歴で契約を切るような会社はございません。むしろ心配すべきは、たヤさんの方では?」
「はあ?なんでだよ」
「婚約者から3500万円を騙し取り、自社の運営に流用していた不動産会社。こちらの方がよほど信用を失う情報かと思いますが」
「お前、好き勝手言いやがって」
「それにしても、ひどいあり様ですね。不動産の負債総額1億5000万円。ビルの売却状況。親族からの出資金5000万円の焦げ付き。こんな状況でよく『経営してる』と偉そうに言えたものです」
「会社のことも分かんねえくせに、偉そうなこと言うなよ」
「そうですね。私は経営には関わっていませんが、『お前の会社を終わらせるぞ』。これは立派な脅迫ということは理解しています。失礼ながら、大学を出ていらっしゃるのに、この程度の法律もご存知ないのですか?」
「ふざけんな」
「ふざけているのはどちらでしょう?15歳から一人で生きてきた女性の孤独に付け込み、家族になると嘘をつき、3500万円を騙し取った。これは経営ではなく、詐欺と呼ばれるものですよ。お金ではなく、法的な罰を受ける覚悟を用意しておいた方がよろしいでしょうね」
一週間後、たヤさんから電話がかかってきた。
「あの野の親族から電話が鳴り止まないんだ。頼む。なんとかしてくれ。叔父は子供の学費のために出資したんだ。おじさんは退職金を突っ込んでる。全員の人生がかかってるんだよ」
「それは私ではなく、あなたが説明することでは?」
「頼むよ。3500万の返済だけでも待ってくれ。俺一人じゃどうにもならない」
「待てないし、待つ理由がありません。あなたの親族のお金問題は、親族であるあなたが何とかするべきでしょ。私は弁護士を通して、きちんと貸したお金を返してもらうだけなので」
その直後、霧谷さんからも電話がかかってきた。
「あの野さん、親戚から『式の費用は嫁が全額出してたのか』って問い詰められて。しかも会社の出資金まで消えてるなんて聞いてないわ。たヤが全部隠してたのよ」
「お母さんが知らなかったことには同情します」
「でも私を馬鹿にして見下していたのはお母さんの判断ですよね」
「それは中卒だから」
「中卒だから3500万絞り取ってもいい。そういう理屈ですか?そもそも中卒と見下しながら、それだけのお金を用意できるという時点で矛盾していることに気づけないなんて」
「絞り取ったのはたヤよ。私は知らなかったのよ」
「でも『中卒の嫁なんていらない』とおっしゃったのはお母さんですよね。あの一言で、私の中で決断ができました。ありがとうございます。お母さんのおかげで目が覚めましたので」
一時間後、たヤさんの実家では、母と息子の激しい言い争いが起きていた。
「たヤ、会社が赤じって、本当なの?親戚から聞いたわよ」
「本当だよ。3年前からずっと赤字だ」
「なんで黙ってたの?お父さんが残した会社を」
「俺だって必死だったんだよ。父さんが急に亡くなって、1億以上の負債を背負わされて。だからって婚約者の金を騙し取るなんて」
「母さんだって加担してただろ。あいつに800万出させたのは誰だよ」
「あれは式の費用で、会社のお金のことなんて知らなかったのよ」
「母さんがあいつを追い出さなきゃ、こうはなってない。俺が必死にあの野をつなぎ止めてたのに」
「中卒は恥よ。親族全員欠席って言ったのは、あの女が恥ずかしかったからよ」
「あの金がなければ、会社は今日にも潰れるんだよ」
「なら最初からそう言いなさいよ。私に嘘をついて」
「順調だって言えるわけないだろ。母さんは父さんが残した会社を誇りにしてるのに、俺が潰しましたなんて」
「あんたが無能だからこうなったのよ。お父さんに申し訳ないと思わないの?」
「無能は分かってるよ。だから金のある女を見つけるしかなかったんだ」
「あんた、今自分で何を言ったか分かってるの?嫁を金づるとしか見ていなかった。それをこの母親の前で平気で」
「母さんだって同じだろう。嫁を馬鹿にして、金だけ出させてた。中卒だからって見下たくせに、その中卒の金で暮らしてたんだよ、俺たちは」
数週間後、たヤの会社は潰れ、親戚からも絶縁された。たヤは弁護士費用すら払えず、霧谷さんは私に泣きついてきた。
「お願いだけでも聞いてちょうだい」
「お母さん、この際だから言いますね。私が中卒なのは事実です。両親を亡くして、高校に行けませんでした。偏見を持たれるのも分かるんです。初めて取引先に学歴を聞かれた時のこと。『中学までです』って答えたら、相手の顔が変わりました。『じゃあ結構です』と言われましたから」
「ああ、そうよ。中卒はそういう扱いを受けるのよ」
「悔しかったです。でも泣いたらお弁当が作れないから、我慢して厨房に立ちました。学歴がないから信用してもらうのに、人の3倍の時間がかかりましたよ。何度も『中卒のくせに』って言われて。でも、その中卒の女が作った金で、大学卒のあなたの息子の会社が運営されていたんですよ。学歴って何ですか?」
霧谷さんは押し黙った。
「それは、お母さんも短大卒で、お姑さんから20年間『学歴のない嫁』と見下されてきたと聞きました」
「なぜそれを……」
「たヤさんが話していたんです。お父さんのご親族が集まるたびに、お母さんだけ席を外すよう言われていたって。だから学歴にはうるさい人だと」
「あの子がそんなことを……」
「その悔しさを、なぜ私にぶつけたんですか?同じ苦しみを知っている人が、なぜ同じことを繰り返すんですか?」
「私は……」
「もういいです。私はこれから、中卒だったことを誰にでも話します。隠す必要なんてないと、やっと分かりましたから。お母さん、あなたが私を踏みにじったから、そう決心できた。それだけは本当のことです。もう連絡しないでください」
半年後、り子さんが報告に来た。
「お嬢様、一つご報告があります」
「何?」
「実は地元の中学校からキャリア講演の依頼が来まして。中学校で、『中卒から会社を作った社長の話』を生徒たちに聞かせて欲しいそうですよ」
「私でいいのかな?」
「お嬢様以外に適任者がいると思いですか?15歳で社会に出て一人で会社を作った。その経験は、どんな大学教授の講義より価値がありますよ」
「そっか。うん。そうだよね。分かった。講演の話、受けるよ」
「かしこまりました。ではそのように連絡しますね」
「ねえ、り子さん」
「はい。何でしょうか?」
「ありがとう。15歳からずっとそばにいてくれて」
「何を今更おっしゃるのですか?私はお嬢様の家事使用人ですよ。おそばにいるのは当然のことです」
「もう使用人じゃなくて、今は経理部長でしょ」
「肩書きが何であっても、お嬢様の家族であることに変わりはありません。これからもずっとそばにおりますよ」
「うん。ありがとう、り子さん。私の家族でいてくれて」
その後、桐谷家の不動産会社は倒産し、親族8家族の出資金5000万円は全額消失。中卒の嫁に式の費用を全額出させていたことや、3500万を騙し取った事実が広まり、二人は親族から完全に孤立した。大卒の自分が受けてきた苦しみを中卒の嫁にぶつけた結果、全てを失った。たヤは3500万円の返済訴訟と脅迫罪で告訴され、大学卒の経歴は「中卒の女性から金を騙し取った男」という評判に塗り替えられた。不動産業界での再就職は絶望的で、借金にまみれた人生どん底の日々が続いている。
一方、私はお弁当会社の経営に専念し、翌年には年商5億を突破した。中卒ということにどこか劣等感を抱えていたが、今はもう誰にも頭を下げる必要のない場所にたどり着いた。学歴ではなく、11年間の努力と、そして支えてくれたり子さんの愛情が、今の私の背中を押してくれる。学歴だけが全てじゃない。その言葉を今は自分に言い聞かせながら、胸を張って生きていく。



