「優香の成人式、俺は行かないから」。その一言を口にした瞬間、妻の顔が凍りついた。数日前の夜、リビングで俺は何気なくそう言った。優香は俺たちの一人娘で、ずっと成人式を楽しみにしていた。なのに俺は、同じ日に重なった妹の娘・みつの成人式に行くと決めていた。「は?何言ってるの?娘の成人式よ」。妻の声は震えていた。「みつの方が華やかだし、成人式映えするだろ。優香は地味だから」。そう言い放った俺に、妻は…
「優香の成人式、俺は行かないから」 俺がそう言うと、妻の顔が一瞬で強張った。 「は?何言ってるの?娘の成人式よ。行かないってどういうこと?」 「だって俺、みつの式に行くって決めたから。そっちはお前一人で十分だろ」 「冗談でしょ。今、冗談言ってるんだよね?」 「本気だよ。妹に頼まれたし、断れないだろ」 妻の声が震えていた。優香は俺たちの一人娘だ。晴れ姿を見るのをずっと楽しみにしていた。それなのに俺は、同じ日に重なった妹・えりさんの娘・みつの成人式に行くと言い放った。 「みつには本当に俺しかいないんだ。えりさんが離婚したのは知ってるだろ。大変なのも分かる。でもそれは向こうの事情でしょ。優香だって楽しみにしてたのに」 「楽しみにしてたって、そんなこと言ってたか?」 「言ってたわよ。『もう成人しちゃうし、家族写真も最後になるかも。だから記念にちゃんと撮影したい』って。ああ、俺は聞いてないけどな」 「けど写真ならなおさらみつの方が良さそうだ。みつの方が華やかだし、成人式映えするっていうか。優香は地味だから、写真も別にって感じ」 「ひどい……娘のことそんな風に。信じられない。あなた、本当に父親なの?」 「事実だろう。娘に嘘ついてどうすんだよ。みつはダンサーだしスタイルもいい。その分努力してるし、メイクとかダイエットとかさ。優香はまあ普通で、お前に似て地味だしな」 「あなた、本当にそんなこと思ってるの?」 「思ってるよ。だからみつの式の方が楽しみなんだ。妹も俺が行くの喜んでる。お前がいれば優香は満足だろ」 「あの子の気持ちはどうでもいいわけ?」 「うるさいな。もう決めたんだよ。みつの式に行くって妹に約束したし、今更変えられないだろ」 「少しでもこっちに来る気はないの?」 「無理。朝から晩まで付き合わないといけないしな。みつにはもう父親がいないから、俺が行ってやらないとかわいそうだろ」 「あなた、何言ってるの?娘の一生に一度の成人式なのよ」 「写真撮って後で送ってくれればいいし。大げさすぎるんだよ。それに優香は俺に似てないしな。みつの方が俺に懐いてるし、可愛がりがいがあるっていうか」 「懐いてないのは、あなたの行動のせいでしょ。ああ、大輔、あなた前もこういうことあったわよね。優香の入学式の時、みつが熱出して大変だって、そっちを優先して遅刻したじゃない」 「あの時は仕方なかっただろう。えりが頼ってきてたんだし、出せる人いなかったんだから。それに遅刻したけど行っただろ。今回は最初から行かないだけだし。何回同じ話してんだよ」 「理解してる?」 「理解?娘より妹を優先することを?」 「そういう言い方すんなよ。たかが成人式だろ。そんなに騒ぐか」 「たかがじゃないわよ。一生に一度の大切な日って言ってるでしょ」 「俺が見られなくても別に問題ないって」 「信じられない。本気で言ってるの?」 翌日、妻はえりさんに直接電話をかけていた。 「えりさん、大輔がみつの成人式に行くって言ってますけど、優香の成人式と同日なんです。ご存知でしたか?」 「ああ、知ってましたよ。でもお兄ちゃんが来てくれるって言ってくれたので、みつきすごく楽しみにしてるんです。お姉さんも分かってくださいますよね?」 「分かるわけないでしょ。優香のことは考えないんですか?」 「優香ちゃんにはお姉さんがいるじゃないですか。みつにはお父さんがいないんです。離婚したのは数年前で、みつもまだ不安定で。だからせめて成人式くらいはお兄ちゃんに来て欲しいんです」 「でも大輔は優香の父親なんですよ」 「だから何ですか?お姉さん一人いれば十分でしょ。みつは本当に誰もいないんです。お兄ちゃんだけが頼りなんです。それにみつき、お兄ちゃんのこと『パパ』って呼んでるんですよ」 「パパって?」 「そうですよ。小さい頃からずっと、お兄ちゃんが本当のパパみたいに可愛がってくれてたから。まあ、パパは冗談ですけど。それくらいみつも懐いてるってことです」 「でもそれは……」 「お兄ちゃんも、みつのことは実の娘みたいに思ってるって言ってましたし。優香ちゃんより可愛いって」 「何それ?聞いてないんだけど」 「あら、言ってませんでした?お兄ちゃんいつも『みつの方が素直で可愛い』って褒めてくれるんです。優香ちゃんは反抗期なのか、最近冷たいらしいですね。お兄ちゃん、『優香とは会話も減ってつまらないけど、みつとは楽しく話せる』って喜んでましたよ。だから成人式もみつの方を選んだんでしょうね」 「離婚して大変なのは分かるけど、だからってうちの家庭のことを考えないのはどうかと思います。大体、父親がいなくて大変だという理由なら、あなたのせいで優香は成人式に父親がいない状態になるんですよ。こっちだって大変になるの分かってます?」 「私だって好きで頼ってるわけじゃないですし。お姉さんには私の気持ちなんて分かりませんよ」 「分かりたくもないんだけど」 「ひどい。お姉さんは恵まれてますもんね。一人で子供を育てるのがどれだけ大変か、知らないからそんなこと言えるんですよ。あと、この際だから言っときますけど、もっと家族のこと考えてくださいよ。お兄ちゃんも私たちのために来てくれるって言ってるんです。本人の意思を尊重した方がいいですよ」 「家族?私たちも家族ですけど」 「お兄ちゃんの本当の家族は、私とみつきなんですから。優香ちゃんはお姉さんの連れ子でしょ?」 「は?優香は大輔の実の娘よ」 「知ってますけど。血が繋がってても、心が繋がってなきゃ意味ないですよね。それに優香ちゃん、お兄ちゃんに全然似てないですしね。本当に実の子なのかなって、みんな不思議がってますよ」 「なんて失礼な……!」 その頃、俺はえりさんからの連絡で、みつの成人式の準備に奔走していた。 「おい、えりになんか言ったか?妹が困ってるんだから、助けて当然だろ」 「なんくせ?私は事実を言っただけよ。娘の成人式と同じ日だって」 「だからなんだよ。お前が行けば十分だろう。いちいち絡むなよ。めんどくせえ」 … Read more